第8話 氷解
夕日も暮れかけ、時計はいつの間にか夕方過ぎを指し示していた。
俺と三栖さんは、三栖さんが知るまでの情報、つまりは、七花さんが未来から来たとか、未来の俺がどうこうとか、本当の目的は伏せた上で、ただ、俺が友達づくりをしているということだけを、五日沢に話した。
ついでに、違和感問題についても、少しだけ話した。
「……なるほど、話は理解した。確かに、他の人が一ノ瀬と喋っているところはほとんど見たことがないな。というか、今思い返して見れば、俺たち男子グループの中で、一ノ瀬の話がでたこともほとんどないな……。成績の話ではよく出るが、それ以外はなにもない。言われて気づく違和感というものは、本当に存在するのだな」
五日沢は、理解を示してくれた。
実は、俺はこの五日沢と喋る時にも、違和感を全く感じなかった。
あの特有の、同一極が接し合っているかのような、名状し難い違和感を、この男からは感じなかった。
そして、五日沢の話で出てきたことだが、男子グループでも俺の話題はあがらないらしい。
杞憂であってほしいが、どうも何かある気がしてならない。
「それで、だ。もちろん協力する。友達になろう、ということで友達になったことはないのだが、これもまた新鮮で良いものだ。一年越しに自己紹介するが、俺は
「ありがとう。俺は一ノ瀬翔。俺のことも、下の名前、翔と呼んでくれ。よろしく」
欧米らしく、ここで握手でもすれば、格好がつくのかもしれないが、生憎日本には、そういう文化が薄かった。
そのかわりに、目と目を合わせることで、お互いを認識する。
目で挨拶をするという文化も、俺は好きだ。
五日沢―いや、享に対する印象は、義理堅くて、どこか少し性格も硬いような、そんな印象を受けた。
喋り方も、声も、性格も、見た目も、こう言ってはなんだが、漢っぽい、と形容するのが一番近しいと思った。
ふと三栖さんの方を見る。
それでも彼女は顔を崩すことはなく、俺と目が合うと、笑って見せた。
こういうところが、異性に好かれる所以なのだろうか、と、俺はふと思った。
……知らんが。
「翔はその、本当に男子の友達がいないのか?」
「……ああ。お生憎様、そもそも友達と呼べる存在がほとんどいない」
「確か、四谷さんと仲がよかったよな。幼馴染か何かなのか?」
「そうだ。唯とはかなり前からの知り合いでな。友達が一向にできない俺のことをいつも気遣ってくれる、優しい奴だ」
俺の言葉を聞いて、三栖さんが驚いた顔をした。
「一ノ瀬くん、結構四谷さんに塩対応してたのに、本当はそんな風に思ってたんだね」
「……まぁ、そうだな。正直、あいつとはもはや家族の関係に近い。関係が近ければ近いほど、感謝の言葉は言いにくくなるからな」
「「……家族!?」」
「……そういう、意味じゃないぞ。別に俺と唯の間に、変な関係はない。だが、俺とあいつの関係を形容するにはこの表現が適切だと思っただけだ。……唯には言わないでくれ」
なるほど、と二人ともが頷く。
現実の幼馴染というものはこんなものだ。変な関係はなく、ただ淡々と、まるで兄弟かのように一緒にいる、それだけの関係だ。
それを何と呼ぶのかわからなかった為、敢えて家族という言葉をつかったにすぎない。
ただ、あいつに何か不幸がふりかかったとしたら、俺は全力で助ける。
例え何を失うことになろうとも。
俺にとって、唯はこの世に二人いる、世界で一番大切な人のうちの一人だ。
「……で、だ。俺がこの話を言い出したのは、実は前座なんだ」
「前座……?」
「あー…まだ、治ってなかったんだね」
三栖さんは何か答えを得たかのような顔をしている。
「……実は…な」
次にどういう言葉が来るかを予想してしまいそうになる。
その瞬間に、まだ判断できるほど相手を知らない理論に立ち返って、意味のない推理癖を仕舞い込んだ。
「俺は……女性が苦手なんだ」
「……。……え?」
つい、素っ頓狂な声が出る。
だって、どう考えたっておかしい。
前に見た、三栖さんと享の問答。
あれはどう見たって、女性慣れしている奴の行動だった。
「……そうなんだよね。享と私が疎遠になってしまう頃、丁度中学一年生の頃もそうだったの。治ったと思っていたのだけど、教室で享が女子としゃべっているのを見たことはなかった、本当にまだ治ってないとは……」
「いや、ちょっと待て。それはおかしい。じゃあ、奏さんは実は男性だ、とでも言うのか?」
二人は、そんな俺の疑問を聞いて……あろうことか大笑いし始めた。
堅物享でさえも、笑いを堪えきれずに溢れている。
「一ノ瀬くんってユーモアもあるんだね……!!」
「……翔、そりゃないぞ」
「……おい。俺は本気で疑問に思っているんだ」
「ごめんごめん……。私は、実は男性!……なんてことはなく、本当に女子高生だよ!享はね、昔から仲が良かった私には耐性があるんだ」
「そうなんだ。俺が奏を女性、つまりは恋愛対象として見ていないことに関係するのかもしれないが、全くもってアガることはことはない」
「まぁ私もそういう対象として見てないけど、いざ言葉にされると、なかなか酷いセリフだよね、それ」
「確かに」
俺がそう言うと、今度は三人で笑った。
「そろそろ本格的に暗くなる。あとは、帰りながら話そう。」
その俺の提案によって、俺たちは共に帰ることとなった。
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