四分間
へまをやらかしたことは解る。
一番線ホームから過ぎ去ろうとする、ペールオレンジにピンクのラインが入った松戸行の新京成電車を見て。
エスカレーターの中腹まで駆け降りて、両足はあがくのをやめた。駆け込み乗車すら、そのチャンスを得られないと解ったからだ。
やられた、あと十秒早ければ。
松戸駅に着いてからのことに思案を巡らせた。階段を駆け上がって常磐線の各駅停車、いや、北千住まで快速電車に乗れば……よし、行ける!
クールダウンも兼ねて自販機にICカードを
プルタブを開け、一気に飲み干すと冷たい無糖コーヒーが家から最寄り駅までダッシュした身体をひんやりいたわってくれる。
「ん?」
缶を捨てる際、誰かと目があったような感じがした。ベンチ上に目をやる。
「
イラスト下部には「五香たかね」と記載してある。彼女の名前らしい。
彼女は黒のスーツで身を固め、駅務員が所持する赤い旗を両手で抱きかかえている。
現実では場違いなほどピンクで染めた髪の上に、ちょこんと載せたつばのある帽子が一層可愛らしい。こんな二次元キャラ、いつのまに?
周囲はこのキャラに違和感を覚えないようで、せかせかと通り過ぎる。
ということは、「彼女がここに勤務しだした」のは直近ではないのかも……と辺りを見回す博之だったが、電車に乗る列からはみ出した位置に、ひとりの男性を見つけた。羨望の眼差しでこちらを見つめていたからだ。
見るからに典型的な格好で、年齢は三十代辺り。
緑のリュックを背負い、脂肪の少ないウエストまできっちりとベルトを締めている。紺のチェックシャツをズボンの中にインしているのが滑稽で、頭に鉢巻きでもさせれば、秋葉原で有名な〝オタクガチ勢〟を思わせる。
コロナ禍でなければ、休日は聖地で踊っているかもしれない。
彼は、スマホを横に倒してやや上に向けている。だが、朝ラッシュというのもあるだろう。人が邪魔でこちらに近づけない。
数分が経ち、博之たちが乗る電車がホームに滑り込んできた。ドア付近に立って手すりにつかまった後、気になってオタクの彼を見た。
案の定、空いたベンチ付近まで近づいていた。
間近で念入りに、手を小刻みに。なかなか鳴らないので一瞬動画でも撮っているのか?――と思っていると、カシャ、と一回鳴った。一球入魂ならぬ一写入魂だな、そんなことを胸に留めている博之の目前で、静かにドアが閉まる。
少しずつ右に流れるホームを見届けても、彼は全く変わらない。
「二次元キャラも大変だな」
感心する呟きは、発車エンジンでかき消された。見知らぬ彼に「五香たかね」は笑顔を振りまく。彼の手元から発せられる音が、かすかに電車内に聞こえてくるようだ。
こういうのは、正直引く。
でも、たまにならいいかもしれない。
四分間の出来事。朝でも熱視線が絶えない彼から離れるにつれて、博之は自然と笑みが零れる。笑ったのはいつぶりだろうか、そう考えながら。
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