15 後輩は俺が女装して女子大に入ってお姉様がたにオモチャにされるのを想像するとすごくイイと思っているらしい

 きょうも昼休みはピロティで弁当である。なんと九条寺くんもいる。なんだかんだ、美沙緒さんと九条寺くんは共通項が多くて、いくらかは、本当にいくらかは親しくなれたようだった。


 授業のよく分からなかったところの話をする二人を見ていると、なんとなくほっとする。


 どうやら、美沙緒さんと九条寺くんはいつも放課後図書室で勉強をしているらしい。ちょっと羨ましいと思ってしまう俺もいて、いかんいかんと心を抑える。俺が羨ましがってどうする、そもそも美沙緒さんと九条寺くんを親しくなるように仕向けたのは俺だ。


「おーい九条寺ィ。先生がさがしてんぞ」


 唐突に美沙緒さんのクラスメイトがそう声をかけてきた。九条寺くんはいそいで弁当を口に詰め込むと、小さい子供が走るようなフォームで走っていってしまった。


「どうしたの? 九条寺くんきょうは日直?」


「九条寺くん、クラス委員なんです。だれも手を上げなかった結果、先生が勝手に選びました」


「……可哀想に。先生の小間使いやらされてるのか……」


 俺がそう言うと美沙緒さんはふふふと笑って、制服のスカートのポケットから眼鏡ケースを取り出した。可愛らしくて、いかにも高級そうなやつ。


「眼鏡作ったんですよ。クラスのやつらに顔ずっと見られないように」美沙緒さんはケースから取り出して眼鏡をかけてみせた。似合うが、表情が隠れてしまって、なんだかもったいない。


「似合う……けど、いままでコンタクトだったの?」


「いえ、授業中だけかけてます。席がわりと後ろで、最近ちょっと板書が見づらくて。それ以外はなにも問題ないんですけどね」


「そっかあ。いいんじゃない? 似合うよ、すごく頭がよさそうに見える」


 そしてますます、下ネタを常に考えている子には見えなくなった。それは言わないでおいた。


「先輩は視力ってどうなんですか? 眼鏡似合いそうですけど。知的なかんじで」


「知的って……俺視力はわりといいんだ。ただほんのちょっとガチャ目かな」


 俺は左目だけ微妙に遠視が入っている。しかし眼鏡をかけて知的というのはいささかシンプルが過ぎる。……まあ、観る将になったきっかけが眼鏡フェチって人がいるという話を聞いたことがあるので、眼鏡はある意味将棋好きっぽいかもしれない。


 美沙緒さんはほうれん草のお浸しをもぐもぐして、それを飲み込んだあと、

「テストはあさってからかぁ……」とつぶやいた。そう、もうテストはあさって水曜からに迫っている。勉強しないとまずい。完全に掃除を始めたり中学の卒アルを見たくなるタイミングだが、しかし宿題を提出すれば5点もらえる科目もあるのでそこは頑張らねばならない。


「テストが終わればまた部活できるからさ、頑張ろうぜ」


「そうですね。また先輩で古代ギリシャのオリンピックの想像ができる」

 要するに全裸じゃないですか。


「……美沙緒さんは、進学するんだっけ」


「はい。親に、東京のお嬢様女子大に入って花嫁修業してこいって言われてて。嫌なんですけど。本当のところ先輩の入りたい工場勤めでいいんですけど」


「夢のないこと言わないの。でも俺もさ、なんていうか――美沙緒さんと親しくなって、ちょっと東京に興味出てきちゃって」


 美沙緒さんは食い気味に言った。

「じゃあ東京でひとつ屋根の下します?!?!」


「しないよ!!!!」


 そう、俺はいまとても悩んでいる。テストの結果を見てから考えようとは思っているのだが、ちょっと進学に興味が出てきてしまっているのだ。二年生になったしそろそろハッキリ決めないといけない。いつまでもコウモリのごとく宙ぶらりんでいるわけにいかないのだ。


「そっか、先輩が女装して女子大に入ってお姉様がたにオモチャにされるの想像するとすごくイイ……!」


 美沙緒さんは斜め上の発言をして、食べ終えた弁当箱のフタをしめた。


「いや女子大には入らないよ! 俺これでも男!」


 美沙緒さんはふふっと笑った。普通なら大笑いのリアクションだろうに。しかし美沙緒さんは感情表現が大人しいので、これだけ笑っていれば充分大笑いだろう。


「――あの、先輩」


「どうしたの?」


「テスト期間が終わったら、九条寺くんとはどう接すればいいんでしょうか?」


「友達でいいんじゃない? 同級生の友達って大事だよ」


「うーん……わたし、友達がいたことがないんですよ。だから友達ってなんなのかよく分からないんですよ。どうすればいいでしょうか」


「難しいなあ……弁当食べながらお喋りするとか、授業の分からないとこ話すとか……」


「そっか、勉強の仲間として接すればいいんだ。それなら先輩に不義理をしないで済む」


「いや俺に義理をたてる必要なんてないよ? 俺はただの先輩だからね」


「そうですか? でも先輩、わたしは先輩以外の人間を性的な目で見られません。九条寺くんがいくら親切に勉強を教えてくれても、あーなんかわりと気の合う人族がいるなーくらいの感じなんです」


 人族て。表現がオークに拷問されるビキニアーマーの女戦士がいる世界線じゃないの。


 そこまで喋ったところで予鈴が鳴った。もうとうの昔に弁当は片付いているので、それぞれ解散、といった感じ。


「じゃあ先輩、勉強頑張りましょうね」


「うん。それじゃ」

 教室に戻る。変な安堵感。


 午後の授業のあと、掃除をして帰りの会をやって、教室から吐き出された。ふと気になって、図書室を覗いてみることにした。


 奥のほうの机で、美沙緒さんと九条寺くんが、真面目な顔で勉強していた。時折互いに質問して、淡々と勉強している。なんだかすごくホッとしてしまった。


 美沙緒さんだって、同級生と親しくする機会というのは必要なはずだ。……よかった。そう思って美沙緒さんから見えない角度から様子を見ていると、

「あれー将棋部じゃねー? なにしてんのー?」

 と、演劇部の裏方のド派手メイク女子が現れた。ボブカットの横髪をぱたぱたしている。ボブに見えるがサイドを刈り上げているのだ。


「い、いやその、なんていうか」


「図書室で勉強すんの? 図書室で勉強してると本とか気になんない?」


「いや、その、後輩。後輩がどんな塩梅で勉強してるか気になっちゃって」


「へえー。後輩想いの優しい先輩だねー」

 そう言って演劇部の裏方は去っていった。


「先輩! なにしてるんですか? 一緒に勉強しましょうよ」


「あ、や、その……どうしてるか気になっただけで。いいよ別に」


 そう言い、俺はそそくさとその場を後にした。そこからいなくなってから、なんでもっと美沙緒さんに優しくしてやらなかったのかと後悔の念ばかりが募る。


 もう一度図書室に戻ろうか考えた。しかしもう遅い気がする。それでも戻りたくて戻ると、すでに美沙緒さんと九条寺くんの姿はなかった。


 はあーあ、とため息をつく。


 まあ明日の昼に丁寧に謝ろう。そうすれば許してもらえるはず。最後の弁当だし。


 そんなことを考えつつ自転車をギコギコ漕いで家に帰ると、珍しく父さんが帰ってきていた。普段は夜のだいぶ遅い時間にならないと帰ってこないのだが、きょうはずいぶんと早く終わったらしい。


 少し考えて、俺は父さんに言った。

「あのさ、次のテスト、あさってからなんだけど、もし答案が返ってきてそれの成績がよかったら、大学進学を考えていいだろうか」


 父さんはしばらく考えて、

「そのために学資保険に入ってるし、父さんも母さんもそのために身を粉にして働いてる。仙一、ただ働くんじゃなくて働く意義を考えないと、父さんたちみたいになるぞ」

 と、思いがけない答えを言った。


 変に嬉しくなった。レトルトのカレーを食べて、テスト当日に提出して5点もらえる宿題のプリントをこなした。ほかの科目も見落としがないか、ていねいに確認した。

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