12 後輩はエロ漫画をノリが多いほうがエロいと思っているらしい
とはいえ高校生の財力なんてたかが知れている。動物園に行ったらお財布がすっからかんになってしまった。美沙緒さんはお財布に余裕があるようだったが、しかし俺がないのだからどこにもいけない。なので、大型連休の間、俺の家に美沙緒さんが遊びに来ることになった。
「いちいち歩いて遠くない? 俺がいこうか?」
「あ、え、その、小学校に上がってからあと、家族に友達を呼んじゃいけないって言われてて。先輩は先輩ですけど、家族は友達として扱うと思うので」と、美沙緒さんは不安げに話す。
「友達呼んじゃいけないお家ってホントにあるんだ」
「幼稚園の友達を連れてきてからあとは、友達呼んじゃだめだ、って言われてて。小学生のころ友達になれそうな子に、お家に遊びに行っていいか、って聞かれて、かくかくしかじか、って説明したら、嘘だと思われて嫌われてしまって」美沙緒さんの人生のひどいボコボコぶりに驚きを隠せない。とりあえず将棋指そうか、と百均で五百円だった盤と駒を出す。
美沙緒さんはきれいな手つきでぱちぱちと並べていく。俺はあんまりうまくない手つきで、どうにか駒を並べた。振り駒をする。俺が先手だ。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」頭を下げる。ぱち。ぱち。戦型は角換わりになった。
角がいないと駒組みがしやすい。でもやっぱり俺はうまい人に見せたら「新手か」と言われるような変な囲いになってしまった。対する美沙緒さんはどこで角換わりの定跡を覚えたのか、がっちりとした囲いを作ってきた。
「すごいね、角換わりの定跡覚えたんだ」
「えっと……NHKの、将棋フォーカスの講座を観て……たまたま角換わりの定跡の話をしていて、それで覚えました」
NHKの将棋フォーカスの講座って、あの一定以上の実力がないと理解できないやつか。俺なんかよく分からなくて流して見ちゃうやつだ。
「すごいじゃん、将棋フォーカスの講座って上手くないと分かんないよ」
「そうなんですか? ……自分を褒めても、いいですか?」
「もちろん。美沙緒さんはスゴイ! カッコイイ! 強い!」
「え、えへへへ……嬉しいです」
美沙緒さんは的確な作戦で指してくる。明らかに三手先を読むことができている。俺はあっという間に劣勢になり、思い切って飛車を切って攻めたがかわされてしまった。明らかに負けムード。しかも自陣に思いきり飛車を打ち込まれてしまった。
「……負けましたッ」もう詰みの手順まで見えていたので、俺は投了した。
「あ、ありがとうございました」美沙緒さんは特に喜ぶでもなくそう答えた。
「……あの。この局面で、先輩が飛車を逃げていたら――どうなったでしょうか?」
うわっ、美沙緒さん感想戦始めたぞ。明らかに実力に大きな差ができている。
「うーん。ちょっと戻してみよっか」俺がそう言うと、美沙緒さんはぱぱぱぱと元に戻してみせた。なにこれ、美沙緒さんの上達の速度が尋常じゃない。
「……だめだね。飛車を逃げてもこれじゃどうしても飛車が詰んじゃう」俺はその局面をしみじみとみた。美沙緒さんの攻めがとても的確に成功している。
「美沙緒さん、本当に筋がいいね……もう俺じゃ勝負にならないんじゃないかな」
「じゃあ別の勝負します?」そういうことじゃない。
俺は美沙緒さんが「性的な目で見てくる」というのは、自尊心の低さが原因だと踏んでいる。美沙緒さんは人間として成長する過程で適切に褒められたり実力を認められたりしたことがすごく少ないのだと思う。だから俺が、美沙緒さんが人間らしい自尊心を取り戻して、刹那的な性欲で他人を見ることのないようにしてやらねば、と感じている。
「先輩、先輩はえっちな漫画って読みます?」
いきなり何を言いだすのこの子は。あまりにも唐突すぎてビックリする。
「い、いや、ツイッターにたまに流れてくるのを見る程度だけど……」
「あれって、ノリが多いほうが想像の余地があってえっちですよね」
なんの話なの。ノリが多いほうがいいって……。ノリというのはえっちなパーツを自主規制する黒い長方形か。たしかに味付けノリに似てるな。
「で、大手の漫画アプリの、雑誌掲載作品のアプリ版で、ちょっとセクシーなシーンで白いボカシが入るの、あれ嫌ですよね。セクシーっていってもえっちなパーツが描かれてるわけじゃないのに」
はあ……。よく分からないです……。
美沙緒さんがえっちな漫画について語る理由はよく分からないが、どうやら美沙緒さんは結構過激なやつをスマホアプリで読んでいるらしい。
「美沙緒さんは、普通の漫画とか、普通のライトノベルとか、読まないの?」
「どう選んでいいのか、分からないんですよね……ライトノベルは美●女文庫しか知らないし、漫画は読んじゃいけないって小さいころは言われてて、いまはもう読んでいいって親は言うんですけど、どう選べばいいやらわからなくて」
「俺の蔵書からなんか貸そうか? この本棚俺のだから好きなの貸すけど」
「え、い、いいんですか? やったぁ……!」
美沙緒さんは俺の本棚をしばらく眺めて、
「どうやって選べばいいんだろう……」とフリーズしてしまった。
「表紙のイラストとかで選んでいいんだよ。好きなの持ってきな」
「あの、でも、やっぱりいいです。家族にも、先輩から本を借りたって言ったら怒られるかも」
「じゃあ内緒にしとけばいいんだよ。ぜんぶ親に言う必要ないよ?」
「そう……そうですね。えっと、えっと……」
美沙緒さんは俺の本棚から本を引っ張り出し、表紙を眺めては棚に収める作業をしている。しばらく悩んでから、独りぼっちの女子高生がバイクに乗るようになって友達ができる――という内容の、可愛らしいライトノベルを手に取った。
「これにします。表紙の女の子、すごくかわいい」
「これね、一見して可愛いけど内容はすごく熱血なんだよ。面白いよ。アニメ化されたけどここいらじゃCSか配信でないと見れないな」
「へえ――アニメかあ……あんまり観たことないですね。ライトノベルが原作のアニメ、ぜんぜん知らないです」
「そっかあ。まあ、読んでみるといいよ。最後の熱血展開シビれるから」
「はい! ありがとうございます!」
美沙緒さんは可愛いリュックサックにライトノベルを押し込んだ。美沙緒さんはリュックサックを閉じながら、
「……祖母に。女の子なんだから小さいカバンにしなさいって言われるんです。わたしはカバンに入れたいものがたくさんあるのに」
と、小さい声で言った。
「いいんじゃない? オタクのカバンには夢と希望が詰まってるから重くなるんだ」
俺がそう言うと、美沙緒さんはふふっと笑った。
「ですよね、口紅とハンカチとお財布しか入ってないカバンなんて、退屈です」
美沙緒さんの自然な笑顔に、俺はなんとなくホッとした。
「先輩、先輩はテスト期間ってどうされますか? 連休明けたらすぐですよね」
「そうだな……うーん、部活はできないしなあ……」
「あの。一緒にお弁当食べませんか。本当はわたしがお弁当作れればいいんですけど、わたし料理が壊滅してるので、それぞれお弁当持ち寄って一緒に食べる、みたいな」
「いいよ。楽しそうだ。どこで食べよっか?」
「えーっと……自由スペースあるじゃないですか。リア充がお弁当食べてるとこ」
「あのさ美沙緒さん、そこで一緒に弁当食べてたら俺らもリア充認定されるんだよ」
「アッ」美沙緒さんはそう声をひねり出した。
「もしかして、わたしも人生ガチ勢になれるんでしょうか。その、先輩と」
「人生ガチ勢か。俺もなれるとは思ってなかったな。普通に高校出たら勤めに出て普通に歳とるだけだと思ってた。っていうか人生ガチ勢じゃない人間っていないんじゃないかな。そもそも人生ガチ勢っていう表現がなんか悲しいけど」
「人生ガチ勢じゃない人間は、いない……」
「わかんないけどさ、人間ってみんな必死で生きてるじゃん? 俺らもきっと、その観点から観たらガチ勢なんじゃないかな」
美沙緒さんは、穏やかで柔らかい笑顔を浮かべた。
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