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だるまかろん

勇者になる理由

「勇者さまが通るぜ、早く道を開けろ。」

 と、威張っている勇者が一人いた。

「きみが勇者だなんて、この村は末期だ。」

 僕が言うと、勇者は不機嫌そうな表情で僕を見た。

「早く道を開けろ。」

「嫌だ。道なら他にあるじゃないか、ここは僕の家の敷地の農道だ。なぜこんなところに勇者が迷い込むのか、僕には理解できないね。」

 といって、僕が道を譲らないので、勇者は勘弁したのか、来た道を戻っていく。

「……ちょっと待ってくれ。」

 僕は勇者を引き留めた。

「僕の妹は、エネルギーが足りない。もう三日もすれば消滅してしまう。どうか、水のエネルギーを持ってきて欲しい。」

 勇者は立ち止まり、まっすぐと僕の目を見る。

「水のエネルギーが市場に出回らなくなって、一年が過ぎた。闇市やみいちで購入しようとしても、あまりにも高すぎて買えない。痩せて骨のようになった妹を見ても、僕にできることは何もない。」

 勇者は、ポケットの中から、青色の光を放つ宝玉を取り出して見せた。

「水の迷宮ダンジョンへ行き、この宝玉に「水」エネルギーを閉じ込めれば、水のエネルギーは手に入る。だが、あいにく俺には食料がない。ダンジョンへ行けば、俺が飢え死にしてしまうぜ。」

 勇者が「食料がない。」と嘆くので、僕は潤沢にある米を炊いて、食事を提供することにした。

「少し、時間をくれるなら、簡単な食事を提供することを約束しよう。旅の疲れもあるだろうから、僕の家で少し休むといい。」

 僕が交渉すると、「ググググググ……。」と勇者のお腹の音が鳴った。

「本当か、それは良かった。今、とても空腹なんだ。助かるぜ、百姓さんよ。」

 百姓、と言われたのは何年ぶりだったか、僕は思い出したくなかった。僕の元カノは僕のことを「百姓」と呼んでいたからだ。

「百姓と呼ぶな。その呼ばれ方は元カノを思い出す。」

 僕がそういうと、勇者は少し笑って、「彼女がいたのか。」と不思議そうに僕の顔を見るので、僕は心底不快な気持ちで食事の支度をする。

「俺にも彼女がいたから、同情するぜ……。」

 米が炊けるまでの間、勇者と元カノの話をした。

「別れ際、彼女は俺に言った。“もっと実力のある勇者で、もっと頭のいい勇者になってね”なんてさ……、立ち直るまでに一年を要したぜ。」

「そうか……、それは同情する。」

 勇者も恋愛には苦労するものなんだな、と僕は思った。

「いざとなったら勇敢に戦えない俺は、彼女の命を常に危険にさらしていた。」

 いつ敵に襲われるか分からない状況でも、勇者は立ち向かわねばならない。僕は勇者になることを甘く見ていたことに気づいた。

「そうか……、それは大変だったな。さて、話は変わるんだが……。」

 このまま農家でいれば、僕の物語は平和なまま終わる。だが僕は、迷宮ダンジョンに行くことを諦めようと思わなかった。妹を助ける方法があるならば、どんな手段を使ってでも助けたい。

「僕も迷宮ダンジョンに同行させてくれないか。妹を助けたい。」

 勇者は少し考えた。

「……捕食者プレデターが勇者になるのは、相当な苦労を強いることになる。お前に覚悟はあるのか?」

 勇者は眉間にシワをよせ、僕の胸ぐらをつかんで脅すように問うのだ。

「覚悟はある。僕は絶対に妹を助ける。」

「本当か、本当にそれでいいのか?」

「ああ、本当だ。」

「もし、失敗すれば、二度と妹に会えなくなるかもしれない。本当にいいのか?」

「ああ、そのリスクは承知している。」

「最後の警告だ。本当にいいのか?」

「ああ、僕がどうなっても構わないが、妹だけは助けたい。もし、僕が迷宮ダンジョンで死んでしまったら、妹に“水”のエネルギーを届けてくれ。」

 選択肢の長いゲームのような会話のあと、勇者は僕の胸ぐらをつかむのをやめた。

 「俺は勇者だ。誰も死なせねえよ。」

 勇者はそう言って、ポケットの中から指輪を取り出した。

「……あまり僕の趣味ではない指輪だな。」

 僕が言うと、勇者は失笑した。

「……俺の彼女は、捕食者プレデターだった。この指輪は、彼女に渡すはずだった。捕食者プレデターが魔道士になれる道具だ。エネルギーを体内に取り込み、それを対価として魔法を使うことができる。捕食者はエネルギーを使いすぎると消滅する。指輪には残量が表示されていて、残り10以下になると、消えた体の一部は元に戻らない。」

 僕は、勇者から指輪をもらって奇妙な気持ちになった。

「承知した。覚えておく。」

 僕は指輪を右手の小指にはめた。女性用だからか、小指にしか入らない。

「この指輪に対して、一つ質問がある。」

「何だ?」

「この指輪は婚約指輪か?」

 勇者は一瞬、はっとして、目を逸らした。

「……ああ、渡すはずだったが、彼女の姿は消えた。水の迷宮ダンジョンで魔物に体内のエネルギーを食べられた。俺がもう少し早く、この指輪を彼女に渡していれば、生きていたかもしれない。」

 僕は、その形見のような指輪を見るたび、複雑な心境になった。その心境の原因は指輪の美しさか、人間の情のようなものなのか僕には分からない。ただ僕は、この指輪をとても気に入り、何度も眺め、彼女に思いを馳せたのだ。

「その彼女の名は、何という名前だ、教えて欲しい。」

「……フォトン・ニコラス・マリア。愛称はマリアだ。」

 僕は、その名前を聞いたとき、思考が停止した。

「……その名前は、僕の元カノの名前だ。」

 勇者は驚き、冷や汗を流す。勇者は、「何か変な気でも起こすのではないか…?」と焦っていた。勇者は素早く短剣を身構え、まるで獲物を狩るような目で僕を見た。

「マリアは、僕の“元彼女”であって、それ以上も以下もない。僕は勇者を殺すほど気が狂ってはいない。」

 僕が言うと、勇者は後ろに隠し持っていた短剣を床に置いた。

「その短剣は自由に使っていい。初期装備はそれで十分だ。素人が重量のある剣を使えは、一瞬でエネルギーを使い果たして消滅する。」

 勇者に渡された短剣は、あまりにも弱そうな装備だった。僕は笑いを堪えながら、その短剣で自分の腹を刺した。

 その短剣は、僕の腹に突き刺さることはなく、血の一滴も流れない。

「その短剣は、術者の力のエネルギーの加え方次第で、鋭くも鈍くもなる不思議な短剣だぜ。」

 と勇者は言う。

「僕がそんな嘘に騙されるとでも思ったか。そんな陳腐な装備で素人が戦えば、一瞬で墓場行きだ。」

 僕が言うと、勇者は余裕の表情で笑う。

「試しに使ってみるといいぜ。捕食者にとっては、自分の命を削るようなものだから、慎重になれよ。使い方は簡単だ。“バイブレーション”と唱えて標的に意識を集中させて剣を向けるだけだ。」

 バイブレーションだなんて、随分と格好つけた言い方に、僕は腹を抱えて笑った。

「笑わせないでくれ。バイブレーションって……エネルギーを振動させる攻撃方法なのか。発想は面白いがそんなネタで僕を騙せるとでも思っ……ドゴンッ!」

 僕の家の庭のプラムの木が爆発した。

「……。」

「……さっそく爆破したか。指輪に自分のエネルギーの残量があるだろう、今の値は?」

 僕は思考するのをやめた。大切に育てたプラムの木が根っこから飛び出し、二メートル程度、動いていた。恐る恐る、指輪の数値を確認した。

99500:100000

「一度で五百ジュールか……。」

 勇者は顎に手を当て、真面目に考察した。

捕食者プレデターは千ジュールが限界とされているところを、きみは十万ジュールと表示されている。百倍もある者は、かなり珍しい……、何かの病気を疑うくらいだぜ。きみは空気のエネルギーでも食べているのか?」

「僕の食糧は窒素エネルギーだ。水のエネルギーのような味は無いが、しっかりと体内に蓄えている。僕は妹を助けたい、その思いだけで体を創り変えた。」

 勇者は僕を尊敬の眼差しで見つめた。

「俺は捕食者プレデターではないからな。エネルギーの味は知らないぜ。だが、本当にエネルギーに味があるとするなら、不味いものを食べ続ける、それは相当な苦難であったことは察する。きみを尊敬するぜ。そういえば、名前を聞いていなかったな、俺の名前はフゾロイだ。きみの名前は何だ?」

 勇者は僕の短剣を不思議な布で覆い、エネルギーの流れを遮断する。

「……ゴッドだ、僕を神と崇めろ、ミスター・フゾロイ。」

「神は嘘をつかない。真面目に答えろ百姓。」

「名乗るほどの者じゃない。好きに呼んでくれて構わない。」

「急に格好をつけるなよ。百姓と呼ぶぞ、いいのか。」

 その瞬間、フゾロイの後ろに彼女の影が見えて、僕は息を止めた。

「ああ、構わない……。」

 マリアは、プラムの木が好きだった。あのプラムの木は、マリアが植えたと、それを彼に伝える勇気が僕にはなかった。


 僕の村には勇者と魔導師がいた。僕の国では、「勇者」は敵を倒してエネルギーを放出する職業であり、「魔導師」は勇者が放出したエネルギーを集めて貯蔵する職業である。勇者=魔導士の方程式が一般化され始めていた。

 

 僕の村の住人は、エネルギーを食べることで生きる者、捕食者プレデターと呼ばれた。農作物や家畜を育てて農業を行い、勇者や魔導師に食事を提供する代わりにエネルギーを得ていた。

 

 最近、村では「水」のエネルギーの買い占めが起こり、闇市で転売して儲けようとする連中が現れた。両親が他界し、妹と二人暮らしの僕には、水のエネルギーを手に入れられるほどの金はなかった。


 このまま自分でエネルギーを調達できなければ、飢え死にしてしまう。だから僕は勇者になろうと考えたのだ。

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