第3話
南米大陸は ペルーの最高峰、ワスカラン山をいただくコルディエラ.ネグラ(黒い山脈)を、彼女は降っていた。
季節によっては摂氏ー20度近くまで気温が下がるこの険しい山間を、山を降る為の装備もなく、船内に残されていた僅かな圧縮食料と共に彼女は進み続ける。
それは 彼女 本来の能力(運動能力は常人の3倍、飲まず食わずで一ヶ月は行動可能)はもちろんの事 、彼の最後の言葉「命ある限り精一杯、生き続けてくれ」が、彼女を突き動かしていた事はいうまでもない。
不眠不休で進み続けた彼女の眼前に、トルコブルーの美しい氷河湖が見えてくる。
山岳地帯のため水温が低いのか魚はいなかった、だがその美しさは圧倒的だった。
何て美しい景色だろう……
数千年にも及ぶ宇宙空間での放浪の旅で数々の星々に寄ったが、これ程美しい星は 余りなかった。
何故か彼女は、 その景色を見ながら 遥か昔に滅びた自らは知らぬ母星、‘カイン.ン.ルペ’の事を思う。
自身も生まれてすらいないはるか昔に滅びた星のことを。
もうしばらく山を降っていると、辺りの景色も熱帯特有のものに変わり、亜熱帯の動植物が目立つ様に成ってきた。
今まで見た事も無いそれらの生き物等が彼女の好奇心を刺激する。
そして、 いつの間にか 彼女は両手を広げて駆け出していた。
その 始めて目にする美しい景色を、これから住み暮らして行くで有ろう未知なる星を、自らの心に刻み付ける様に。
ーーー
山を降りて一ヶ月、彼女はクスコと云う町に辿り着いていた。
インカ帝国の名残を残すこの街にはスペインやポルトガルなどからの移民が暮らしている。
まだ店の数も民家もまばらにあるだけで寒村としているが、だがそこで働く人たちはみな希望に満ち溢れた目をしている。
彼女は人間に近い身体を持ち 、始めて直に目にする本当の人間に戸惑いを感じながらも、初見する全ての物に興味を持ち感動していた。
しばらく町の中を探索したのち、この町でただ一軒だけの食堂に脚を向ける。
お腹が空いていて店から漂ういい匂いに誘われたのと、店の看板の絵柄が彼女には見慣れた模様、星の形をしていたからだ。
その絵柄は彼女の母星‘カイン.ン.ルペ’を現す記号絵柄とソックリだったのだ。
彼女の新しい身体は一ヶ月程なら飲まず食わずでも何とかなる。だが彼女は一月と一週間ばかり何も口にしていなかった……。
宇宙船から持ち出した食料も底をつき彼女は限界だったのだ。
躊躇しながら扉を開けて店の中に入ると陽気な店の主人が、 まるで知り合いに対する様に 気さくに話しかけてきた。
「ハハハハっいらっしゃい! これは可愛いらしいお嬢さんだ。我が店自慢の料理を味わっていっておくれ。」
時間は午後の3時、店の中は昼時の忙しい時間帯を過ぎ、まばらに席が空いている状態だ。
「……あ、あの……」
「さあさあそんな入り口に突っ立ってないで座った座った。ウチの料理を食べたら 他じゃあ食えなく成るよ」
彼女を空いている席に座らせてガッハハハハと豪快に笑う店の主人。そんな店主の態度に彼女は少し引き気味だ。
「あんた ここらじゃ見かけ無い顔だね、出身はどこだい?」
挙動不審な彼女に店の主人の奥さんが訝しんだ視線を送る。
「……や、山の方で、です……」
「そうかい、山の近くかい。道理で見た事がないわけだ、コレだけの美人なら噂に成ってても可笑しくないからね。」
「……」
「……まあ、何にしろ ゆっくりして行っておくれ」
そして夫人はバタバタと忙しそうに厨房の方へ消えて行った。
たった一人とり残されて、 彼女は今迄の事や これからの事を考えながらも、ゆらゆらと眠りの中に……
夢を観ていた、以前に彼と共に立ち寄った有る星の夢を。
その星では7つの月がそれぞれ違う時間帯に現れ、その都度に地表の色が色鮮やかに変わる。本当に綺麗な星だった。
その星で彼等は永遠の愛を誓いあったのだ……
遥か1200年前の出来事。
彼女の頬を一雫の涙が伝う。彼との楽しい夢から覚めて見ると、その肩には毛布が掛けられていた。
ふっと 外を見やれば すっかり夜も更け込んでおり、閉店間際なのかお店の中には店主と夫人だけで他の客はみな帰ってしまった様子。
突然、彼女のテーブルに 暖かそうなスープが置かれた。豆と野菜のよく煮込まれた栄養価が高く体に優しいスープだ。
「余程 疲れていたんだな…… 冷めないうちにさあお食べな」
ただ、ただ笑顔のままに店主はスープを飲むよう彼女に勧めてくる。
「わ、私は、お金を持っていません… だから……」
「大丈夫、貴方は何も気にせずに早くお食べな」
夫人も笑顔と共にスープを飲むように彼女に勧める。2人の目を見つめかえすと、その目に何とも云えない暖かなモノを感じた。
「い、いただきます……」
たしかその前に、もっと何かの祈りの言葉のようなことを言っていたと思うが、事前に知り得た情報から彼女はそうとだけ呟く。
彼女はスープを一掬い口に運ぶ…
不思議と涙が頬をつたう、次から次へと溢れ出す涙。前の体では無かった現象に驚きながら、彼女は泣きながらもそのスープを食べ続けた。
そのスープはとても美味しかった。
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