リスク中毒のタクシー運転手は避けるべき

ちびまるフォイ

リアルなフェイス

「あ、タクシー!」


もうダメかというタイミングだったが、タクシーが通りかかって助かった。


「ちょっと遠いんですが。〇〇駅までお願いできますか」


「おまかせください」


「あと、できれば急いでください。電車に間に合わなくなるんで」


「はい」


タクシーが動き出す。

窓から見える風景は自分が想像していたルートを離れていく。

カーナビは『もとの道へ戻ってください』と何度も言い続けている。


「ちょっと運転手さん!? どこへ行く気ですか!?」


「こっちの道のほうが危険なんですよ」


「はぁ!? 近道とかじゃなくて!? うわわっ!」


タクシーは意味なく斜面に登ったり、崖下にジャンプしたり、ギリギリのコーナリングをしたりでまるで落ち着けない。


「ひぃぃ! 運転手さん! 普通の道を! 普通の道を通ってください!」


「お客さん、ちょっとそれは無理な相談ですね」


「なんで!?」


「実は私、これでも昔はハリウッド映画とかのスタント運転手をしておりましてね」


「そ、そんなこといいから! 地雷原をフルスピードで抜けないでくださいぃ!」


「ハリウッド映画のカーチェイスや爆発を数多く経験しているうちに、

 見の危険を感じるようなひりつく緊張感にすっかり魅せられてしまったんですよ」


「誰か助けてーー!!」


もはや安全バーのないジェットコースター状態。

タクシーはスピードを上げていく。


どこからか現れた黒塗りの車がタクシーの両脇につけると、窓から銃を出してタクシーに向けて撃ってくる。


「俺がなにしたっていうんだよぉ!」


「頭を下げてください! 私がリスクを高めるために呼んだエキストラですが、銃は本物です!」


「あんた頭おかしいよ!!」


「本物じゃないとリスクを感じられないでしょう!?

 なにごとも、成功か失敗か。生きるか死ぬかのギリギリがいいんですよ!!」


追いかける車と激しいカーチェイスを繰り広げる。

運転手はハンドルを放り出すと、窓から身を乗り出して銃で応戦し始める。


「前見てください! 前ぇぇぇ!!」


「これこそ、リスクを感じる醍醐味ですよ! お客さん!!

 感じてください! この生と死で揺れる緊張感を!!」


「降ろしてーー! 誰か降ろしてーー!!」


車は猛スピードででこぼこのオフロードを突っ切る。

迫ってくる障害物をギリギリまで待ってから急ハンドルでかわしていく。


視聴者がいれば拍手を送るような見ごたえのある映像も、

同乗している身としては心臓に悪すぎて何度か三途の川を下見してしまった。


「お客さん、見えてきましたよ! 〇〇駅です!

 線路に入って電車に追われるのもスリリングですよ!」


「普通に! 普通に駅の前で停めてください!!」


「せっかくリスクを感じられるチャンスなのに……」


「お願いしますぅあぁぁぁーー!!」


目的地付近に迫ったとあってタクシー運転手は山場を作ろうと車体を揺らす。

レーサーでも血の気が引くほおきわどいドリフトを決めて、駅のロータリーでタクシーは停まった。

道路に刻まれたタイヤ痕が火を上げている。


「お客さん、到着しましたよ」


「はい……」


車が止まっているのにまだ揺れているような感覚が残っていた。

お金を払ってからタクシーを降りたとき、駅の前には通行止めの鎖がかけられていた。


「あれ……? 駅員さん、駅に入れないんですが……」


「ああ、終電はもう行っちゃったからね」


「え!? 終電はまだじゃないですか!?」


「今日から終電は30分早くなったんですよ」

「うそぉ!?」


とぼとぼとタクシーへと戻っていった。

駅に向かったはずの客がUターンしてきたので運転手は驚いていた。


「お客さん、どうしたんです?」


「いや実は……終電が繰り上がったって話で、間に合わなかったんですよ……」


「そんな……!? うあぁぁぁーー!!」


「う、運転手さん!?」


タクシー運転手は急にハンドルに頭を打ち付け始めた。

夜のとばりにクラクションが鳴りまくる。


「なんてことだ! なんてことだぁぁぁーー!!」


「終電がそんなに問題なんですか!?」


「ちがいますよ、私はあなたを電車に間に合わせることができなかった。

 あなたは急いでいるといったのに!! プロ失格です!!」


「あ……いや、それは単に俺が終電時間を間違えていただけで……」


「お客さんは何もわかっていない! 危険だと思って、無理だと思えることをリスクギリギリで達成するから最高なんです!

 でも最終的に失敗したら元も子もないんですよ!!」


タクシー運転手は急にドアを開けて運転席から降りた。


「運転手さん!? いったいどこへ!?」


「リスクをかわしきれなかった私は運転手失格です。

 今日をもって私はこの仕事をやめます」


「せめて俺の家まで送ってからやめてくださいよ! あ、ちょっと! 運転手さーーん!!」


あれだけ無意味なカーチェイスを繰り広げた結果に間に合わなかったことが、本人のプロ意識にそうとうなダメージを与えたのか。

タクシー運転手は肩を落としてトボトボと去っていった。


それからというもの、あのリスク中毒の運転手のタクシーと出会うことはなかった。

本当にやめてしまったのだろう。


トラウマにもなりかけたカーチェイスの傷跡も癒えはじめ、あの出来事じたいも忘れ始めた頃だった。


「……だいぶ、髪伸びたなぁ」


視界を覆う前髪をわずらわしく感じて美容院へと向かった。

店に入ると、見覚えのある顔がにこやかにハサミを持って待ち構えていた。


「いらっしゃいませ さあ、こちらへ座ってください!」


「あなたはタクシーの!?」


「またお会いしましたね。あの後、運転手はやめて美容師になったんですよ」


「ずいぶんとまた振り幅の大きい転職しましたね……」


「ええ、今ではこれが自分の天職だと思えるほどです」


「それはよかったです」


「今日はどれくらい切ります?」


「全体的に軽く切ってください。印象が変わらないくらいで」


注文を聞いた元運転手はあきらかに必要ないであろうバリカンを取り出した。


「ちょっと!? 注文聞いてました!?」


元運転手は変わらぬ笑顔で答えた。



「やだなぁ、お客さん。なにごとも成功するか失敗するかギリギリがいいんですよ」

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