ショタ王子に婚約破棄、されました。
ロキ屋
ショタ王子からの引導
「ロミロア・ハルク!僕は、君との婚約をここに破棄する!」
その張りのある高らかな声は、まるでマイクでも通したかのように、部屋中に響き渡った。
声をあげた、ブロンドの髪に青色の瞳を持つ、ものすごく整った顔をした青年…いや、少年、ギルドラード・フィルドールは、どこか誇らしげで、自信たっぷりという表情を浮かべている。
その表情をまっすぐに見つめながら、婚約者である、ロミロア・ハルクは思った。
(まぁ、なんて可愛らしい表情。)
思わず頬がにんまりと微笑みそうになるのを、気力で抑えたが、穏やかになってしまった目つきは隠すことができなかったらしい。
ロミロアの顔つきを見たギルドラードは、心底不愉快そうに眉を吊り上げ、まるで汚物を見るような冷たい視線をロミロアに向け、口を開いた。
「ずいぶんと余裕そうだな?」
その顔もまた可愛らしいのは間違いないのだが、さすがにチクリと心が痛む。
いつからギルドラードはこのような冷たい目を、自分に向けるようになったのだろう。
いったい、いつから嫌われてしまったのだろうか。
婚約した当時から、つい去年まで、まるで親鳥を慕う小鳥のように、自分の後ろをついてきて、天使のような笑顔を向けてくれていたのに。
去年、ギルドラードが王立貴族学園初等部に入学してからは、自分の事を避けるようになり、あまつさえこのような視線を向けられるまでの関係になってしまった。
「何か言いたいことはないのか?」
ギルドラードなりの、精いっぱいの低い声で、威圧的に問われた言葉に、
(何もないけれど…)
ロミロアはそう思いながらも、さすがに『はいわかりました、さようなら。』というのもあっけなさすぎるかな、と考えたりした。
「そうですね…それじゃあ、ご理由だけお聞かせいただけますか?」
一応、そう口にはしたが、理由なんて本当は分かっている。
昨晩の、ギルドラードの9歳の誕生祭。その態度を見れば、一目瞭然であった。
◆◆◆
昨晩の誕生祭。
主役のギルドラードは、ロミロアの妹、シャリーンとともにおそろいの白いドレスを着て、パーティー会場へ入ってきた。
それだけでも十分驚くべきことなのに、本来『婚約者』と踊るはずのファーストダンスをギルドラードはシャリーンとともに躍った。
会場にいる全員が、『あぁ、この二人は思いあっているのだな。』と認識した。
そして『思いあっていることを、アピールしたいのだな。』とも。
会場にいる貴族たちの同情の視線を一身に受けながら、ロミロアは思った。
(なんてお似合いの二人かしら。)
シャリーンは、ロミロアとは血のつながった妹ではあるが、腹違いということが影響しているのか、ロミロアよりもはるかに『華』がある。
地味なロミロアとは違い、ギルドラードの隣にいてもそん色も違和感もなかった。
(可愛らしい組み合わせね…)
ついつい自分の立場を忘れて、見入ってしまったほどだ。
宰相・マーガスから、珍しくダンスに誘われて、耳元でこうつぶやかれた時、ようやくロミロアは自分の立場、を思い出した。
「ロミロア嬢、これあれですよ。ほら、王子が読んでたロマンス小説の。」
つい先日、ロミロアがギルドラードの元を訪ねた際、ギルドラードの机の上に、珍しくロマンス小説が置いてあった。
『真実の愛の物語』
ギルドラードが興味を持つには珍しい小説だったので、ロミロアも興味を持ち、帰り道に本屋に立ち寄って、即購入。即読破。
その小説に出てくるとあるシーンに、確かに現状は酷似していた。
「…婚約破棄からの真実の愛パターン…。」
小説のヒロインは、王子にパーティーへ呼ばれ、おそろいのドレスを着て、ともに会場へ入る。そして、王子は言う。
『僕は真実の恋を見つけた。悪役令嬢、ロージュ。君との婚約を、ここに破棄する。』
「私、婚約破棄される…?」
ロミロアの立場は、つまりはロージュである。
「くくく、そうですね…」
心底楽しげに、笑うマーガスの姿を、苦々しくロミロアはにらみつけた。
しかし、誕生祭は意外にも、その後何事もなく終了した。
◆◆◆
一晩明けての今日。ロミロアはお城へ呼び出され、王・王妃・宰相マーガスが見守る中で、婚約破棄を食らったのだ。
正直、心構えができすぎていて、驚くことも怒ることもできない。
(昨日の誕生祭で発表しなかっただけ、自制心が効くというか…。流石ギルドラード様だわ。)
などと、感謝すら覚えるほどだ。
「…婚約破棄の理由、か。」
ふぅ、とギルドラードは大げさにため息をついた。
…少し演技がかっているような気がするのは気のせいだろうか。
(僕は、真実の愛を見つけた、)
ロミロアは脳内で小説の言葉を復唱したが、
「吊りあわないからだ。」
全く違う答えが、ギルドラードからは返ってきた。
「吊り、合わない…?」
思わぬ返答に、今日一番に驚いた。
「あぁ。君と僕とでは釣り合わない。何より、年齢の面において。」
「はぁ…。」
(そりゃあそうでしょうけど…)
ギルドラードは先日9歳になったばかりの『少年』だ。そして、ロミロアは17歳の『女性』である。
(今更、ですけどね。)
4年前。当時5歳のギルドラードが、どうしてもと懇願し、ロミロアは婚約者に選ばれた。
当初は、ロミロアもロミロアの家族も、年齢の事を理由に何度も断ったのだ。
しかしギルドラードは諦めるという言葉を知らず、ロミロア側も、王家からの申し出を何度も断り続けるわけにもいかず、最終的には折れるような形で、2人は婚約関係を結んだ。
「年齢、ねぇ…。」
『真実の愛に目覚めてしまったんだ…!』というくっさいセリフをギルドラードが口にすることを、少し楽しみにしていたロミロアからすれば、今更年齢のことで婚約破棄をされるなんて、腑に落ちないものがあるが…
(…まぁ、初等部で同い年のシャリーンなどと会話をするうちに、『やはり結婚するなら若い女がいい』と思った、ということでいいかしら…)
勝手に脳内で悪変換し、小さくうなずいた。
「かしこまりました。ギルドラード様。謹んで婚約破棄を受け入れま…」
穏やかな笑みを浮かべ、一礼し、つつましく従順に答えながら、ギルドラードを見つめる。
それだけの簡単な作業。
脳内では完璧に再現できていたのに。
顔を上げ、ギルドラードの顔を見た途端に、急に胸が熱くなり、言葉が詰まった。
(あぁ、そうか…)
ギルドラードは眉の角度をわずかに下げ、少しだけ戸惑ったような表情をしながら、ロミロアから視線をはずす。
(これでもう、ギルドラード様と一緒にいることはできなくなるのね)
とっくに覚悟はできていたはずの、その真実が、冷静だったはずのロミロアの思考を停止させた。
冷静な思考が止まると、熱い感情が胸から迫りあがってくる。
熱はのど元まで届き、ロミロアの声を遮る。
(…だめだ。)
―…寂しい。
彼のそばで、彼の成長を見続けることができなくなることは、すごく寂しい。
のど元を過ぎた熱は、ついに目元にまで差し掛かり、ロミロアは慌ててもう一度お辞儀をすることで、表情を隠した。
(泣いちゃダメ…最後くらい、凛とした姿を見せなければ…)
ロミロアはぐっとのど元に力を入れて、もう一度にこりと笑顔を作りながら顔を上げた。
「謹んで、婚約破棄を受け入れます。」
ギルドラードや周りの反応を気にしている余裕などなかった。
言い終わるや否や、くるりと振り返り、足早に部屋を去った。
◆◆◆
(泣くな、泣くな、泣くな)
顔を上に向けて、足早に城の廊下を歩く。
(あぁもうヤダ、本当に私って、ギルドラード様のことが大好きだったのね。)
彼のそばで、天使のような彼の笑顔を見るだけで幸せだった。
彼の行動、彼の言葉、一つ一つが可愛らしくて、とても大切だった。
それは、いわゆる姉が弟を見守る心情のようなもので…『婚約者』として、『恋』としての感情とは、まるで違うものなのだとしても。
ロミロアにとってギルドラードは、とても大切な存在だったのだ。
喪失感が胸元をどんどんと熱くしていく。
「ちょっと、ねぇ、ちょっと。」
幼いころから神童、と呼ばれ、多くのプレッシャーと闘う、とても9歳児とは思えない能力と内面を持ったギルドラードが、自分の前でだけ子供のように甘えてくれることが、本当にうれしかった。
(でも、よく考えれば、去年から一度も甘えてもらったことも、笑顔を見せてもらったこともないわね…)
思春期なのだろう、などと悠長に考えて。
昨日の誕生祭で、妹と踊る姿を見るまで、いや、見た後にマーガスに忠告されるまで、ギルドラードの隣にいることができなくなるなんて、考えもしなかったのだ。
(いくらしっかり者でも、五歳児ですもの…。五歳児の結んだ婚約を、疑いもしないなんて、私ったらおめでたいわね。)
「ちょっと、おい!」
後ろから追いかけてきた人物に、ぽん、と肩をたたかれて。
振り返ったロミロアの瞳には、こらえきれなかった涙が、こぼれていた。
「…泣いてる、のか。」
走って追いかけてきたのだろう。
息を切らせた、宰相、マーガスが驚いた顔で立っていた。
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