第91話 ヒロ君こんにちは

「ねえ、前から思ってたんだけど、

城之内君とは本当はどんな関係なの?」


と急に先輩が迫り出してきた。


「先輩怖いよ。 何だか怒ってる?」


先輩の気迫迫る態度に、僕は少し尻込みをしてしまった。


「ごめん、ごめん、別に怒っている訳じゃ無いんだよ?


息子同然の陽一君に変な虫がついたら嫌だな〜って思ってさ……」


「先輩、気にしすぎ!


まあ、迫られてはいるんだろうけど……

今のところは単なる先生と生徒だよ?」


「今のところ? それって……


それに迫られてるって……


陽一君にとって彼って本当に只の先生?」


彼はそのことについて執拗に聞いてきた。


「もう! だからそうだって言ってるじゃ無いですか〜


先輩って心配性ですね〜」


「いや、でも海での2人は只の先生と生徒には見えなかったけど?」


「まあ、他の人が見たらそう見えるのかもしれませんね〜


なんせまだ高校生の僕にプロポーズをする様な人ですからね」


そう言った途端、先輩が


「え?」


と僕の方を向いて静止した。


その時の表情が僕は忘れられなかった。

何といえばいいんだろう……


とても言葉には出来ない……


少なくとも、息子同然のように僕を心配しているという顔ではなかった。


余りにもの長い間僕の事を凝視していた先輩は

危うく障害物にぶつかるところだった。


「先輩、危ない、危ない!

ちゃんと前見て運転してくださいよ!


僕、まだ死にたく無いので!」


そう言うと、先輩はちょっと顔色を変え、

進行方向を向くと、そのまま車を走らせた。


その間先輩は一言も言葉を発せず、

そこには異様な空気が流れていた。


「先輩? 大丈夫?

急に黙り込んで一体どうしたの?


僕、何か変なこと言った?」


「……」


「ねえ、先輩! 怒ってるの?」


それでも先輩は何も話してくれなかった。


無視しているというよりは、

僕の声が耳に届いてないというような感じだった。


僕は何だか泣きたくなって来た。


ただ黙って運転する先輩の顔を見てはため息をついて、

俯いて自分の足元をずっと見つめていた。


そんな僕の行動も目に入っていないようだった。


でも車は進む物で僕たちはあっという間に病院に着いてしまった。


“無事についてよかった~

でも先輩どうしたんだろう? 急に黙り込んでしまって……”


結局あの後、僕は一言も先輩と話せないまま、

ヒロ君と対面した。


ヒロ君は新生児室にいた。

小さいながらも、もそもそと動いて、

口をフニュフニュと動かしていた。


「うわ〜 ちっちゃ〜い! 

ちゃんと動いてる~! 可愛い〜!」


ヒロ君の可愛さに、一瞬にして僕は先輩との微妙だった空気を忘れてしまった。


ヒロ君は4週早く産まれたらしかった。


体重は2580gと悪くない。


体重はそこそこあったけど、早産になるので、

まだ保育器に入ったままだ。


体には、心拍数や酸素濃度などを検査するパッチがはめられ

沢山のコードに繋がれていたけど、

暫くモニターをするというだけで、自分で呼吸は出来ているようだった。


「うわ〜 裕也にそっくり!」


先輩が後ろから話しかけて来た。

独り言なのか、僕に話しかけたのか分からなかったけど、


「先輩もそう思った?

僕も丁度そう思ったところなんだ!」


と返した。


僕達のセリフにお父さんがデレデレとしながら、


「そうか? そんなに俺と似てるか?」


ともう目に入れても痛くないという様な顔でヒロ君を眺めて居た。


ヒロ君は赤ちゃんのくせに、

シワシワのサルみたいな感じではなく、

キリッとした鼻筋の通った綺麗な顔をしていた。


「でもこの色……」


「だよな。 隔世遺伝だな」


顔はお父さんにそっくりだったけど、

色はお祖母ちゃんに近い色だった。


髪は殆どない坊主で、

金色の産毛みたいな感じで、

まるで白雪姫か?というような色白さだった。

まつ毛も赤ちゃんの割にはもう生えているのが見えて居て、

それもうっすらと金色をして居た。


「これね、多分後になると要の様な色に変わると思うよ。


要も生まれた時はこんな色だったんだ」


お祖母ちゃんに言われ、


「へ〜 かなちゃん、こんな色してたんだ」


とヒロ君の顔をマジマジと見つめた。


「陽ちゃんとあ〜ちゃんは最初から黒い髪をしてたけど、

陽ちゃんの髪はクルクルのフワフワだったからね〜


遺伝って面白いよね〜」


とお祖母ちゃんが横で僕の頭を撫でた。


今ではお祖母ちゃんよりも大きくなった僕に、


「陽ちゃんも本当に大きくなったよね」


そういってしみじみとして居た時、看護師さんがやってきて、


「要さん、起きられましたよ。

皆さんにお会いしたいそうなので、

お静かにお部屋へどうぞ」


と、かなちゃんが麻酔から目覚めた様なので、

病室に案内された。


かなちゃんの出産は全身麻酔で行われた。


だからかなちゃんはまだヒロ君に会ってない。


僕たちが病室に入って最初の一言は、


「ヒロ君は? 大丈夫なの?」


だった。


未だ管につながれたままのかなちゃんだったけど

自分もしんどいんだろうに、

頭にあるのは子供のことだ。


僕は


「あ〜 これが母親なんだ」


とやけに感動した。


予定よりも随分と早く生まれたヒロ君。

そりゃあ心配するのも当たり前だろう。


「大翔は大丈夫だよ。

2580gの健康な男の子だ。

今は保育器に入ってるけど、

呼吸が落ち着いたら保育器から出ても大丈夫だそうだぞ」


そうお父さんに言われ、ほっとしたような表情をした。


「会えるの?」


と尋ねるかなちゃんに、

バイタルを測っていた看護師さんが、


「呼吸と体温に問題がなければ後でお連れいたしますね。


それよりも吐き気とかはありませんか?」


と尋ねていた。


「少し吐き気が……」


との、かなちゃんの返答に、


「吐き留めを点滴に入れておきますね」


と吐き気留めの薬を取りに行ってくれた。


「吐き気がおさまったら簡単な食事を用意しますので、

お腹空いたら言ってくださいね〜」


薬を点滴に入れながらそう言って、

看護師さんはナースセンターに戻っていった。


看護師さんが戻ったのと同時にお父さんが


「お疲れ、よく頑張ったな。ありがとう」


とかなちゃんの髪を撫でながら、唇にキスをしていた。


僕は少し恥ずかしくて目を逸らした先に先輩がいたので、

先輩と目があってしまった。


両親のキスシーンを見た後で、

先輩と目が合うのも居たたまれない……

きっと先輩もかれらのキスシーンは見たはずだ。


色のついたものではなくても、

ティーンの僕にすると、

公衆面前でというのは少しぎこちないものがある。


やっぱり大人な分恥ずかしいとか、ドギマギとしたりとか、

焦ったりとかはしないのだろうか?


僕は、急に先輩の顔を見るのが、死ぬほど恥ずかしくなって目をそらした。


そっぽを向いてドキドキしていると、


「急だったから、何も持たずに来たんでしょう?


何かうちに帰って取って来て欲しい物とかある?」


という先輩の問いに、


「そうだね、赤ちゃんの物さえ慌てて忘れちゃったから、

取りに行ってくれたら……


ボストンバッグが僕たちの寝室のクローゼットに入ってるから……


白と紺のストライプと

グリーンとブルーのストライプに恐竜のアップリケが付いたやつ……


もうちゃんとパックしてあるからそれを持ってきてくれたら……」


とかなちゃんが返したので、

僕と先輩はまた一緒に家まで行くことになった。


駐車場まで歩きながら、


「先輩、今日は本当にありがとう」


僕はお礼を言う事により、

先輩の機嫌を探ってみた。


「無事に生まれて良かったね」


と、ニコニコとして返事した。


“あれ? 機嫌治ってる?”


一体何が先輩の機嫌を損ねるトリガーだったのか分からない。


「ねえ、家による前にちょっとコンビニに寄ってもいい?


お腹空いてない?」


そう言われて、まだ何も食べてない事に気付いた。


コンビニに寄ると、

直ぐにお弁当の所に直行した。


「先輩は何にする?」


「僕はオニギリとお茶で良いから、

陽一君は好きなもの頼んで。

僕ちょっと電話入れて来るから」


そう言って先輩は外に出て行った。


“もしかして詩織さんかな?

僕、お邪魔だったらタクシーでも行けるのに……”


そう思いながらもちゃっかりとカツカレーを選んでカゴに入れた。


飲み物を選んでいると、


「ごめん、待たせちゃった?」


と先輩が戻ってきた。


「いや、大丈夫。

今飲み物を選んでいる所!」


そう言って僕もお茶を選んだ。


「先輩、デザートも良い?」


僕がそう尋ねると、


「プリンだよね?」


と僕の大好物のデザートを覚えていてくれた。


お金を払って車に乗り込むと、

家へ向かって再度走り出した。


家へ着くと、先輩には車で待って貰っていて、

その間におにぎりを食べるよう伝えた。


両親の部屋のクローゼットを開けると、

直ぐにボストンバッグが置いてあるのがわかった。


それを掴み車に戻り荷物をトランクへ入れ助手席にると、

先輩が大口を開けておにぎりにかぶりついている所だった。


その顔が傑作で、僕は直ぐに5歳の時の自分に引き戻されてしまった。


「先輩、凄い顔!

顎にご飯粒ついてるよ!」


そう言ってケラケラと笑い、ご飯粒を指でつまみ、

ポイっと自分の口の中に入れると、

先輩は言葉にできないような泣きそうな表情をして僕を引き寄せて抱き締めた。


「あっ……」


僕の口から吐息が漏れると、

先輩はハッとした様にしてその手を離した。


“何で? 何で? 何で〜?”


病院へ戻る間僕はドキドキとして

心臓が壊れるんでは無いかと思った。


そして僕達はその間、

また一言も話さなかった。


でもそこには優しい空気が流れていて、

僕は病院までの道のりが永遠に続けば良いと思った。


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