第66話 入学式当日ー朝

また桜の季節がやってきた。


学ランだった中学生とは違い、

高校はネイビーブルーに赤いネクタイのブレザーだった。

僕は、初めてのネクタイに少し大人になった自分を感じた。


制服の色は、学年によっての色違いはなく、

全生徒均一されていたけど、

胸ポケットに施された校章の所につけるバッジで学年を見極めた。


「陽ちゃ~ん」


かなちゃんがキッチンから僕を呼ぶ声がした。

ちょうどドレッサーの鏡を見ながらネクタイを結ぼうとしていたので、


「なに~?」


そう叫ぶと、


「お祖父ちゃんがライン通話してるよ!」


と言ったので、


“そうだった!

お祖父ちゃん、地方撮影が入ってるから入学式に来れないから、

制服に着替えたらラインでカメラ通話してって言われてたんだった!”


と思い出し、キッチンへと急いだ。


「お祖父ちゃん、おはよう!

変装してない決まったお祖父ちゃんを早朝から見るのは清々しいね!」


そう意地悪して言うと、


「陽ちゃ~ん、そんなつれない事言わないでよ~


でも新しい制服がばっちり決まってるね!」


と返してくれた。


「どう? かっこよく見える?」


そう言ってクルっと一回りすると、


「うん、うん、

凄くかっこいいよ~


あ~ なんで撮影なんて入れるんだ、

マネージャーの馬鹿野郎!

今日は大切な陽ちゃんの入学式だって言っておいたのに!


あのやろ~」


と来たところで、


「蘇我さ~ん、

ちょっと、困りますよ~

勘弁してください!


社長に怒られるのは私なんですから~


これまでもご家族イベントの度に色々と調整したじゃないですか~

もう無理なんですよ~


自分が人気俳優だと言う事を自覚して下さい!」


とマネージャーに泣きつかれていた。


「波多野さん、こんなお祖父ちゃんでごめんね。


でも、見捨てずにすっとお世話してくださってありがとうございます~」


「良いんだよ! 陽一君。


今日は入学おめでとう!

プレゼントに万年筆送っておいたから、

ぜひ使ってね!」


「わざわざありがとうございます!

是非使わせていただきます!」


「いえ、いえ、じゃあ、この我儘の変態さん、

撮影が始まる前に連れて行っちゃうね」


「お願いしま~す!」


「あ、ちょっと待って、待って!

陽ちゃん、スクリーンショット! スクリーンショット!」


お祖父ちゃんは慌ててそう言うと、

カシャッと写真を撮るような音をさせた後、


「陽ちゃ~ん、ちゃ~ん、ちゃ~ん」


とこだますように消えていった。


通話が切れてかなちゃんを見ると、

かなちゃんは涙をこらえてお腹を抱えて

声を殺しながら笑っていた。


「お祖父ちゃん、

強烈だね。

スクリーンの中だとあんなにカッコいいのに、

何故家族の前ではあんななんだろうね?」


「ハハハ~ ハ~可笑しい!

僕の入学式の時を思い出したよ!


もう、早朝から変装に力入れてさ、

あれが良いとか、これが良いとか、

結局決めたのって売れない画家?

って言うような変装だったからね~


おかげで青木君には僕がお父さんを紹介するの躊躇するのは

変な格好してるからだとか誤解されるし……


まあ、半分は当たってるけど、

蘇我総司だってバレるのが怖いから紹介を渋ってたんだけどね~


でもそれがきっかけで青木君とは凄く仲良くなれたんだけどね~」


「でも、いつもスクリーンのようなお祖父ちゃんだったら、

カッコよすぎて今頃は、

お祖父ちゃんと結婚するって離れなかったかも?!


だからあんな変な変装歴のある変態お祖父ちゃんで

良かったってことにしとこうね!」


そう言うと、


「あっ、そう言えば、忘れるところだった!

矢野先輩に、陽ちゃんに入学式の朝、

先輩の所に立ち寄るようにって言われてたんだった!」


「え? 先輩の所に?


それ絶対行かないと駄目な事?」


「入学のプレゼントか何かあるんじゃないの?

どうしても今日あげたかったとか?


先輩、最近は忙しいみたいだし、

ここの所、帰りも遅いし……」


かなちゃんに、入学式に行く前にどうしても

矢野先輩の所に寄ってと言われたので、

僕はしぶしぶ立ち寄ることにした。


先輩の家の前まで来ると、

中からいい匂いが漂ってきていた。


ドアのインターホンを鳴らすと、

先輩が中から出てきた。


「陽一君、おはよう!」


先輩がそう言ってニコッと笑うと、


「おはようございます」


と頭を下げた。


卒業式依頼、先輩には初めて会う。


あの夜、先輩の腕に抱かれて眠っていたことを思い出して、

急に心臓が跳ねだした。


「少し時間あるんでしょう?

上がってもらってもいいかな?

時間は取らせないから」


先輩にそう尋ねられ、凄く躊躇した。

でも断るのも変だし、そこは言われるままにした。


先輩の家に久しぶりに上がった。

内装は、僕の知ってる先輩のうちとはがらりと変わっていて、

詩織さんが頻繁に訪れているのが目に見えて分かった。


以前はここに来るのがあんなに好きだったのに、

途端に居心地の悪い場と化した。


キッチンを見ると、ちゃんと朝の準備がしてあって、

料理をしない先輩の割には、と驚いた。


「良い匂いがしますね」


僕がそう言うと、先輩はキッチンに準備された朝食を見て、

気まずそうに、


「あ、あ~ うん、そうだね」


と他人事のように言ったので、

詩織さんが準備してくれたんだと言う事がすぐに分かった。


キッチンのクッキングのものでさえ、

花柄とかお洒落なものにがらりと入れ替わっている。


スパイスなんて僕が全部揃えたのに、

お洒落な柄のついたおそろいの小瓶に綺麗に詰め替えられて、

スパイスラックなるものにズラッと並んでいた。


「あの……

何か用があるんだったら早くしてもらえると……」


いたたまれなくなって僕がそう尋ねると、


「あ~ そうだったね。

ちょっとこっちに来てくれるかな?」


そう言って先輩は僕を寝室へと連れて行った。


“え? ここに僕を入れるの?

情事の後なんて見たくないんですけど……”


入ってすぐに先輩のベッドが目についた。

ドキッとするとともに、

訳の分からない感情が込み上げてきた。


“これは変わってない……


ベッドのサイズも同じだし、

枕も僕のあげたクッションもそのまま……


お布団の柄も前のままだし、

詩織さんはここはタッチしなかったのかな?”


そう思わせるような空間だった。


ベッドだけではない。

寝室だけは、何処も変わってなかった。


それを見て、今まで切羽詰まっていた気持ちが和らいで、

涙が出そうだった。


“僕の知っている先輩見つけた……”


そんな気持ちだった。


そんな感じで立ち尽くしていると、


「これ見て」


そう言って先輩が僕に見せたのは、

一枚の絵だった。


「これは?」


「僕が初めてコンクールで賞を取った絵なんだ。

陽一君に持っていてもらいたくて実家に帰って探してきたんだ。


それでね、額縁なんだけど、僕が掘りたくて、

陽一君にどれがいいかパンフレット渡しておきたくて……」


「そんな大事なものもらってもいいの?」


「うん。 ずっと何がいいか考えてて、

ハッと閃いてさ。


そう言うと、余程の事みたいだけど、

そんなことはなくって、でも、

思い出の絵なんだ。


それで陽一君の入学祝考えてた時、

これだと思って……


僕だと思ってって言ったら変だけど、

ずっと陽一君に持っていてほしくて……


僕の思い出の絵で悪いんだけど、

額縁は陽一君の好きな模様をって思ってね……


これでも一応彫り物で賞を取ったこともあるんだよ」


そう言って先輩は、はにかんだ。


僕はそんな大事なものをもらっても良いのか躊躇した。


「遠慮しなくていいから……


陽一君がもらってくれたら僕も嬉しいし……」


「じゃあ、遠慮なく……


額縁の柄は今すぐは決められないので、

このパンフ持って行って考えさせてもらってもいいですか?」


そう言って僕はパンフを借りていくことにした。


この時は事の流れで先輩のお気に入りの絵をいただくことになったけど、

まさかこの時にはもう既に、先輩があることを決心していたなんて、

その時は自分の事で一杯、一杯で、

先輩の気持ちなんて微塵も理解していなかった。




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