第65話 卒業

「ねえ、本当にお祖父ちゃんとお祖母ちゃんも来るの?」


お祖母ちゃんは良いけど、

お祖父ちゃんはちょっと心配なところがあった。


「陽ちゃん、君の気持ちは痛いほど良くわかるよ?

実を言うと僕もね、同じことを彼等に言った事があるんだ!

いや、お祖父ちゃんにだけだな。


嫌だよね? 本当に嫌だよね?

あの変装マニアの変態さん。


あれで自分は決まってるって思ってるんだから怖いよね」


そう言ってかなちゃんが僕の肩をポンポンと叩いた。

そして続けて、


「あ、それからね、矢野先輩も来るから」


とポーンと気軽に言った。


僕は目を白黒させて、


「え? 彼は関係ないでしょう?

家族以外の人が来て大丈夫なの?」


と尋ねた。

別に来て欲しくないわけではないけど、

未だ今は少し気まずかった。


「何言ってるの!

陽ちゃんを小さい時から大切に大切にして来た先輩なのに、

こんな門出の日に誘わなくって、

いつ誘うの!


それに今夜は先輩も呼んでパーティーだよ」


かなちゃんにそう言われて僕はグッと言葉を飲んだ。


高校に合格した時も、凄く喜んでくれて

たくさんのプレゼントを持って来てくれた。

きっと先輩の中では僕は5歳のままなんだ。


「分かったよ。

じゃあ、僕、先に行ってるね」


そう言って家を出た。


学校に着くと、教室で卒業生のためにワッペンが配られた。


それを胸につけると、卒業するんだと言う実感が湧いて来た。


卒業式は小学校でも経験したけど、

その時と大差はなかった。


同じように一人一人に卒業証書が渡され、

卒業式はあっという間に無事に終わった。


女子生徒はグスグスと鼻をすすっている声がしたけど、

僕は式の途中では泣かなかった。


それよりも、お祖父ちゃんが

何かしでかしてくれるか凄く心配したけど、

何事もなく無事に済んでよかった。


きっとかなちゃんとお祖母ちゃんが

目を光らせてくれていたんだろう。


卒業式が終わると、

もう一度教室へ戻り最後のHRがあった。


僕達クラス一同は、担任の先生にお礼にと、

みんなで寄せ書きをした色紙と花束を渡した。


この時はちょっとウルッと来た


そして僕達の中学3年間が終わった。


「なあ陽一、少し話したい事があるんだけど、

ちょっと言いか?」


智君にそう言われ、


「分かった。かなちゃん達に

先に帰る様に言ってくるからちょっと待ってて」


そう言い残して両親の元まで走って行った。


「ちょっと智君と学校に残って皆んなに挨拶して帰るから、

先に帰ってて」


そう言うと、


「卒業式の後って結構告白タイムになるんだよな〜

陽ちゃん、気を付けてね。


変な輩について行くんじゃないよ」


かなちゃんのその声で、


「僕、陽一君が終わるの待ってようか?」


そう先輩に言われたけど、


「いえ、みんな先に帰ってかなちゃんのお手伝いして下さい」


そうやんわりと断った。


皆と別れた後智君のところに戻ると、


「じゃあ、ちょっと人目のつかない所で」


と言って屋上に連れて行かれた。


普段屋上は立ち入り禁止になっているけど、

智君は規則破りの常習犯で

鍵の掛かったドアから屋上への入り方を知っていた。


「ちょっと〜 大丈夫なの?


僕、最後の最後に先生に叱られたくないよ!」


そう言ったけど、智君は、

ハハハと笑うだけで大丈夫と取り合ってくれなかった。


きっと先生に見つかっても、

智君は先生たちのお気に入りだったので

今日はもう最後の日と言う事もあり、

見つかってもきっと大丈夫だろうという思いも無きにしも非ずだった。


「そんな笑ってるけど、用事って何?

屋上まで来ないと出来ない事?」


そう尋ねると、


智君は急に真剣な顔をして、

僕の肩に手を置いた。


そして僕の目をじっと見ると、


「陽一、実を言うとな、俺、幼稚園の頃から陽一が好きだった。


最初は女の子と思ったけど、

男だと分かった今でもその気持ちは変わらない。


小学校では離れてしまったけど、

中学校で再会できて良かった。


幸い同じ高校に行く事になったし、

ここは運命と思いたい!


どうか、俺と付き合ってください!」


と突然の告白をして来た。


でも僕は躊躇も、考えもせず一言、


「無理です」


と即座に答えた。


智君はポカ~ンとして、


「どうして? 俺のこと嫌い?」


と気迫の無い声で尋ねた。


僕は智君の肩をポンポンと叩いて、


「智君はもう知ってると思ったけど、僕ね、

はじめて矢野先輩に会った時から彼の事が好きなんだ」


と真剣に答えた。


「初めて会った時って俺と出会った頃だろ?

その時はもう矢野さんの事が?」


智君が尋ねたので、僕はコクンと頷いた。


「どうして?

彼は親子程も歳が離れてる上に、

陽一の両親の親友じゃないか!


それに、矢野さんには……」


「彼に詩織さんがいるのは分かってるよ。

でも僕は最後の瞬間まで彼の事を諦めない。


だからごめん。

僕には彼だけなんだ。

この10年間、その気持ちが揺らいだことは一度も無い」


僕がそうきっぱり言い切りると、


「本当に、本当に俺とこの事は少しでも考えられないのか?」


と智君も下がらなかった。


「どうしても!」


僕がそう再度言い切ると、


「そうか、やっぱりダメか……


実を言うと、陽一が矢野さんの事を思ってる事は知ってたんだ。

でも最近矢野さんには大切な人が出来たみたいだったし、

陽一も以前ほど矢野さんとは絡んでなかったから

行けるかなと思ったけど、俺の思い違いだったな」


とやっと分かってくれた。


「なあ、陽一の進もうとしてる道はきっと茨道だぞ」


「分かってるよ。

でも僕には彼しか居ないんだ。

智君の告白を断ったばかりで無神経かもしれないけど

出来ればそっと見守っていて欲しい……」


「そこまで言うんだったら分かったよ。

お前の好きな様にしな。


でも何かあったら直ぐに俺のところに飛んでくるんだぞ。


それと葵も心配してたぞ」


「え? 木村君が?」


「ああ、矢野さんが女性と腕を組んでデートらしきとこを見掛けたらしい。

ずっと気になってたみたいたけど、

お前の受験の妨げになりたく無かったからって

ずっと影から見守ってたんだぞ。


メッセージの一つでも入れてやってな」


「分かった。有難う」


そうお礼を言うと、僕達は下へと降りて行って校庭に出た。


そこで智君が在校生達に囲まれ、シワクチャにされたのは言うまでもない。

彼はサッカー部のエースで勿論モテていたから。


僕は智君からさっと離れ目配せをすると、

智君は、早く行けとでも言う様に、

僕に向けて手を振った。


智君にごめんと手を合わせると、

僕は家路に向けて歩き出した。


家に帰ると、


「陽ちゃん、もう遅いぞ〜!」


と既に出来上がったお祖父ちゃんとお父さんがそこに居た。


「陽ちゃんお帰り。

智君は何だったの?

もしかして告白された?」


かなちゃんに図星を刺され僕は真っ赤になった。


そして地獄耳のお祖父ちゃんとお父さんもそれを聞き逃さなかった。


「陽ちゃん! 浮気かいかんぞ!

要ちゃんには矢野君がいるのに他の男に現を抜かすのはダメだぞ!」


ときたからこっちもビックリした。


「お祖父ちゃん!

何言ってるの!

矢野先輩にはちゃんと詩織さんと言う恋人が居るんだから!」


慌てて言い直すと、


「あれ? そうだったっけ?

そりゃあ、すまん、すまん!


だけどな矢野君よ〜


要君はダメだったけど、

もしかしたら陽ちゃんは〜

て期待してたのにやっぱりだめだったか!」


とおじいちゃんが言い終わるのと同時に、


「お義父さん! 要はダメですよ!

要は僕のものなんですから!」


「ハハハ〜 分かってるって!

ただ言ってみただけ〜」


と、もう2人ともケリを入れてやろうかと思うくらいだった。


「先輩ごめんね。

一体この人達何を考えてるんだろうね、ハハハ〜」


と、もう苦笑いするしか無かった。


でもその夜は、昔に帰った様な夜だった。


先輩はずっと僕の隣で座って居てくれた。

そして両親がいて、祖父母が居て、あ〜ちゃんが居て、

食べて、飲んで、どんちゃん騒ぎして、

そしてその日はそのまま皆で床に横になって雑魚寝をした。


ただかなちゃんとお祖母ちゃんだけが、

ちゃっかりとベッドに入って居た。


次に日の朝、先輩の腕の中で目覚め、

仰天して僕は慌てて自分の部屋へ戻った。


僕の心臓は破裂するんじゃないかと思うくらいドキドキとして居た。


手には変な汗が一杯出ていた。


幸い先輩には気付かれて居ない。


僕は両手をギュッと胸の所で組み合わせると、


「神様、お願いします。

どうか、どうか、僕から彼を奪わないでください!」


と、繰り返し、繰り返しそう祈っていた。


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