第39話 木村君の疑問

「凄いね、陽一君!」


「え?」


「ほら、矢野さんの陽一君を撫でる手が、

もう大人の男性!って感じでドキドキしちゃった。


男性にドキドキするなんて、

やっぱり僕ってΩなんだなって感じちゃったよ。


矢野さんαだよね?

こう、男らしいαを見ると、

ドキドキしちゃうね!


まさか僕が男性にドキドキするなんて、

思いもしなかったよ……」


木村君が興奮した様にしてそう言った。

木村君は僕が矢野先輩を好きな事を知らない。


木村君の無邪気な感想なんだろうけど、

木村君の矢野先輩に対するドキリが気になった。


「いや、あれは先輩がまだ僕を、

5歳の子供だと思ってるからそうしてるだけであって……」


「いや、いや、それだけじゃ無いでしょう?

明らかに、陽一君のこと、

自分の物みたいに大切に撫でてたよ?

少なくとも、僕にはそう見えたけど……」


木村君にしっかりと見られていた事は

少し恥ずかしかったけど、

木村君のコメントは素直にうれしかった。


そこに、


「ごめーん!

枕が落ちそう……」


そう言ってかなちゃんが客布団を両手いっぱいに抱えて、

僕の部屋に持ってきてくれた。


誰かが僕の部屋に泊まるのは、

先輩がここに泊まった時以来だ。


あの時は一晩中ドキドキして眠れなかった。


「お布団、ここに敷いても良いのかな?」


そうかなちゃんが言うと、

僕はかなちゃんからお布団をもらい受けて、

自分のベッドの元にそれを敷いた。


「お父さんと先輩は?」


僕が尋ねると、


「二人で色々と語らう事があるんじゃない?

お酒持ってきて飲み始めたから、

今夜はそのままリビングで

何時ものようにバタン・キューじゃ無いの?」


とかなちゃんが言った。


「はい! これで大丈夫かな?

まだ寒くはないと思うけど、

予備の毛布は陽ちゃんのクローゼットに入ってるから」


そう言って布団を敷き終わると、

僕とかなちゃんと木村君は、

皆僕のベッドの上で、壁沿いに背を向けて座った。


僕達が話し易いように、

かなちゃんが真ん中に座った。


「で、木村君の質問なんだけど、

運命の番について話がしたいんだよね?」


かなちゃんが切り出した。


「あ、それ僕も、もうちょっと詳しく知りたいかも」


僕もそう言って返した。


「で? 聞きたい事は? 

何でも聞いて、答えられることは答えるから!」


かなちゃんのセリフに、木村君が、


「佐々木さんが発情期来たのは

高校一年生だって聞いたんですけど、

それは何かきっかけがあったんですか?


巷では、誰かを好きになった時とか、

番が見つかった時とか、

運命に出会った時とかって聞くんですけど、

佐々木さんもそうだったんですか?」


かなちゃんは木村君を見据えて、


「そうだね~、 色んな噂があって混乱しちゃうと思うけど、

正直に言うと、僕に関してはイエスだよ。


僕が初めて発情したのは、

矢野先輩が好きだと思った時。


全てが初めての経験で、

彼の動作、台詞、小さな事の

一つ一つにドキドキしたんだ。

もう心臓が破裂する位……


でも心臓が破裂する代わりに、

発情期が来たんだけどね」


初めて聞くかなちゃんの過去に、

少しモヤっとした。


かなちゃんと先輩の間に

そんな過去があったなんて……


かなちゃんも先輩の事好きだった時に

今の僕みたいにドキドキしてたんだ……


そしてそれがかなちゃんの発情期を促したんだ……


同じように先輩を好きになって、

同じようにドキドキして、

かなちゃんには発情期来たのに、

何故僕には来ないんだろう?


僕の先輩への愛情は、

かなちゃんに比べると劣るのだろうか?

そう思うと少し悲しくなった。


「あの……」


木村君が言った。


「矢野さんは佐々木さんの運命の番では無いんですよね?

じゃあ、どうやって佐々木さんのご主人が

運命の番だって分かったんですか?」


「僕もね、最初は分からなかったんだ。

その時は矢野先輩の事凄く好きだったし……」


“ズキン……”


かなちゃんの


“先輩が好きだった”


という言葉に僕の心が痛んだ。


それは、かなちゃんの好きな相手が

お父さんじゃ無かったからって言うんではなく、

矢野先輩を好きだった過去があるから。


多分矢野先輩は僕が知っているって知らないだろうけど、

僕は、矢野先輩がかなちゃんの事を

ずっと引きずっていたのを知っている。


そこまでかなちゃんは矢野先輩に思われていた。


そんな先輩を一時でもかなちゃんは好きだった。

それも発情期を促すほどに……


「佐々木先輩と初めて会ったのは、

僕が矢野先輩に失恋した時でね……」


「え? かなちゃん、

矢野先輩に失恋したの?

かなちゃんが矢野先輩を振ったんじゃなかったの?」


それも僕には初耳だった。

だから凄く驚いた。


僕はずっと、かなちゃんは矢野先輩の事が好きだったけど、

お父さんと出会ってお父さんと恋に落ちて、

その後、かなちゃんを好きになった先輩を振ったんだと思っていた。


だから矢野先輩はかなちゃんが

先輩を好きだったことを知らないと思っていた。


まさか矢野先輩がかなちゃんを先に振っていたなんて……


「まあ、結果的には僕が振ったって事になっちゃうんだけど、

最初は違うんだよ……


僕が矢野先輩に振られて、

落ち込んで校庭をフラフラとしていた時に、

体育館の踊り場で佐々木先輩に会ったんだよ」


かなちゃんがそう言うと、


「じゃあ、それって運命の出会いだったんですね!」


と、木村君が目を輝かせてそう言った。


でも僕には矢野先輩の気持ちが凄く切なかった。


凄く好きだった後輩が、自分の幼馴染と恋に落ちてしまった。

それも、ずっと自分自身が待ち望んでいた、

運命の番という形で……


一体、どれほどの思いだったんだろう……


かなちゃんは苦笑いしながら、


「結果的にはそうなっちゃったけど、

最初会った時は、いけ好かない奴だと思ったよ~?

優しかったんだけど、

凄く強引だったし,

俺様で訳分かんない事ばっかり言ってたし!

まさかあれが僕の事を落とそうとしてるなんて、

指の先ほども思わなかったよ!

それくらい僕に取っては酷い出会いだったんだよ」


と言った。


お父さんとのことを照れ臭そうに話すかなちゃんが悪い訳では無いけど、

先輩の事を思うと、僕は身を切られる思いだった。


「それって一体どんな出会いなの?」


僕が尋ねると、


「佐々木先輩には僕が運命の番だって直ぐに分かったらしい。

だから絶対落とすって頑張ってたみたい」


とかなちゃんが笑って言った、

すると木村君が、


「彼には何故佐々木さんの事が番だって分かったのですか?」


と聞いた。


「直ぐに分かったみたいだよ。


僕から、他のΩとは違う、特有なフェロモンがしてたって。

それが彼の血を騒がせたみたい。


確かに、僕も彼から良い匂いはするな~っては思ってたんだけど、

その時はそれだけだったかな?

今考えると、確かに他の人とは違ったんだけどね。

その時は分からなかったんだよね。


彼が僕の匂いを感じ取れたのは、

既に僕に発情期来てたからだと思うけど、

その部分においては矢野先輩様、様だよね。


矢野先輩との経験がなかったら、

僕たちはずっと会えずに、

ただすれ違ってただけかもしれないし……


でも彼の匂いを矢野先輩に指摘されて、

矢野先輩からは同じような匂いがしないことに気付いたんだ。


それからかな、

佐々木先輩の事が、気になって、気になって……


気付いた時にはもう凄く好きになってて……


多分初めて会った時には、

もう既に好きになってたんだろうね。


何てったて僕に取っては強烈な出会いだったからね~」


そうかなちゃんが言った。


「じゃあ、やっぱり匂いが……」


木村君がそう言うと、かなちゃんは、


「匂いがって言う事は、

木村君は何か思い当たることがあるの?」


そう聞いた。


僕は、木村君がもう既に発情期が来てる事知っていたので、


“発情期が来たときの状況が……”


と言っていたのを思い出して、

彼の方をパッと見た。

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