第13話 再会の日

この高層ビルの窓から眺めるマンハッタンの景色も

もう直ぐ見納めの時がやって来る。


いざ別れとなると少し寂しいくらいだ。


少し感傷に浸っていると、


「コージ!」


とシェリーの僕を呼ぶ声が聞こえた。


「あ、シェリーどうしたの?」


「どうしたも、こうしたも無いわよ!

この書類、誰が制作したの?


まるで基礎がなってないわね。


この企画なんて素人も良い所よ!

いったい誰が通したの?」


ここでカッカと怒っているのは僕の恋人のシェリー。

彼女は気の強い典型的なアメリカ女性だ。


彼女は今ではこんなだが、

実を言うと会ったばかりの時はとても大人しかった。


これは彼女が僕に似合う女性になりたいと、

努力した結果だ。


この会社に就職したばかりの頃、ある日外回りをしていた時、

自分がヤバイ地域に入り込んだなと言う事は自覚していた。


でもその時の経験が一人の女性を救う事となった。


“あれ~?

言われた通りに歩いていたんだけど、

これってちょっと道が違うよな?”


独り言のようにそんなことをブツブツと言いながら、

スマホのGPSで目的地を探していたけど、

その道は分かりにくく、

僕はどんどん裏道の方へとずれて行ってしまった。


スマホのGPSに集中していた僕は、

自分がそんな危険な地域に入り込んだ事にも気が付かないでいた。


そこは俗にいう、アウトサイダーたちが屯しているところだ。

αでさえも、非行に走る若者たちは居る。


皆が皆、将来を約束されている訳では無い。


特に実力社会のアメリカでは。


ここはそう言う法も決まりも関係ないと言う様なものの集まりで、

一見みて、そこまで裏がある様な場所には見えないのだが、

周りに屯している者達のジロジロと人を値踏みをする様に

見下ろす目を見ると、そこがそう言う場所だと言う事は明確に分かった。


そんな中、甘ったるい香りが僕の鼻を突いた。


“この匂いは……”


直ぐにΩの発情の匂いだと分かった。


そしてそれは何処から来ているのか

一目瞭然で分かった。


数人の若者たちが今にも襲いかかりそうな勢いで、

発情して路上脇にうずくまっている女性を囲んでいた。


抑制剤を口に放り込み急いで彼女の所に駆け付け、抱え上げると、

思った様にこの若者たちに襲われようとした。


こういう場面に遭遇したのは初めてだ。


カイの母親や、噂には聞いていたけど、

まさか自分が実際にこういう場に遭遇するとは、

夢にも思っていなかった。


この時僕は初めてαの力を使った。


アメリカでは、講習を受けてると、

エピペンの様な抑制剤を常備することが出来る。


これは錠剤よりも即効性がある。


僕はアメリカに着いたばかりの時すでに講習を受け、

何時も数本持ち歩いていた事が功した。


咄嗟の行動で、皆事なきを得たのだけれども、

後で彼女が僕と同じ会社に勤めていると分かった時はとても驚いた。


彼女の名前はシェリー・デイビス。

僕よりも3歳年上のΩだった。


彼女も僕と同じく、会社を通してMBAを習得している途中だった。


今日は先輩営業マンの代わりにクライアントに会いに来たらしいけど、

道に迷ってこの地域に入り込んだようだ。


そして運悪く、発情期が周期を外れてやって来たらしい。


彼女の話によると、生理不順の様に、

発情期にも生理不順の様な周期を外れるものがあるらしく、

彼女はそれに悩まされる一人だった。


今は病院に通いながら、周期を戻す治療をしていると話していた。


その日はお互い行くべき場所にたどり着き、

無事一日を終えたのだけれでも、

その日以来シェリーは僕の事が気に入ったみたいで、

何かとあればアプローチをしてきた。


勿論カイと別れてから色んな女性とデートをしてきた。


ただでさえΩに会う確率は低いのに、

残念ながら、これまで会ったΩの一人として運命を感じる人はいなかった。

誰も僕のフェロモンに反応する人はいなかったからだ。


勿論このシェリーも例外では無かった。


それでもシェリーは僕へのアプローチを辞めなかった。


彼女は僕にベタぼれなのだ。


でも、運命を探していた僕にはそんなつもりは無かった。

でも彼女は何時か僕を振り向かせると意気込んでいた。

僕は僕の事情を話して、僕にその気は全然ない事を伝えた。

カイの二の舞は絶対避けたかった。


僕は何度も何度も彼女に、

僕の目的を話したけど、

彼女は運命の番を信じていなかった。


彼女はそれでも食い下がり、

それでも良いからと、僕の周りを彷徨いた。

僕は彼女に望みは1%も無いと前もって伝えた後、

彼女を納得させるためにも付き合う事に承諾した。


でも彼女は前にもまして僕に入り込んでいった。


そして僕を彼女の番として求め始めた。

彼女は僕に何度も項を噛んでくれと頼んだ。

でも僕達は彼女の発情期の時でさえ体の関係を結んだことが無かった。


僕にはこれだけは絶対に譲れなかった。


その頃は、もし運命の番が現れなければ、

一生独身でも良いと思い始めるようになっていた。


そんな時母親から連絡が来た。


“新しい会社を立ち上げるから戻ってこい。

僕の資格が役に立つ時が来た”


そう言われればイヤとは言えない。


目的であったMBAも取れたし、

シェリーとも潮時だと思った。


僕は彼女に日本に帰る事を打ち明けた。


彼女は僕について来るといったけど、

僕には無理だった。

彼女にはきっぱりと別れを告げた。


最初からそう言う風な取り決めをしていたので、

彼女は理解を示してくれたようにしていたけど、

本心は違っていたと思う。


でもこればっかりはどうしようもない。


そして僕の計画していた要君に対する

7年の思いを吹っ切ると言う決断は無駄に終わった。


いまでは落ち着いた思いだけれども、

7年経った今でも、やっぱり要君の事が忘れられない。


そんなときの帰国命令と要君の名前。


僕は橋本さんに彼を絶対リクルートするよう連絡した。


“条件を変えてでも、

どんなことをしてでも彼を逃さないでください!”


僕は追加条件を出し、

彼の確保に全力を注ぎこんだ。


そしてやって来たお受けしますの返事。


天にも舞うような思いだった。

もしこれが要君だったら裕也と

別れている可能性があるかもしれない……


そうだったらもしかしたらまだ僕にもチャンスが……


その日は割と早くやって来た。


今日彼が挨拶にやって来る。


母親に会議を変わってもらい、

要君は僕が迎えると無理を頼んだ。


朝は一番でお菓子を買いに行った。

要君の好みは熟知している。


浮足立ってその日は何も頭に入って来なかった。


時間まで後1分。


50秒……


30秒……


10秒……


3……2……1……


ドアの開く音がした。


「お茶とお菓子の用意お願いしま~す!」


さあ、彼の顔を見てやろう!

要君だったら何て言おう……?!


僕は衝立を回って彼の居る方へと歩いて行った。


彼は緊張しているようで、

僕の事は見えていないようだ。

彼は僕が現れるなり立ち上がり深くお辞儀をして挨拶をした。


「初めまして! 赤城要と申します!」


“あ~ やっぱり君は……”

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