酒癖と弱肉強食と機械

犬丸寛太

第1話酒癖と弱肉強食と機械

 猫の世界は弱肉強食である。僕たち機械猫もその限りではない。

 僕たちの生まれた経緯はこうだ。

 時代の流れとともに世間の動物愛護への論調が強まって行った。野生の猫たちはそんな事何も気にしていなかったが人間というのは何でもかんでも世界は自分の物だというエゴを持つ生き物らしかった。そのくせ、自然は自然の物で動物たちはありのままに生きるべきだなんて言う。矛盾していると思う。

 とにもかくにもそんな人間たちのヘンチキな理屈で僕たち機械猫は誕生した。

 機械なら動物ではないから飼っても大丈夫らしい。

 餌は要らないし、トイレもしない。電池を引っこ抜けばそれでおしまい。

 僕たちは人間の勝手な都合で生み出された。

 僕の飼い主はダメ人間でとても酒癖が悪かった。彼女は家へ帰ってくる度に酒の匂いを漂わせ、僕を乱暴に撫でまわした。まぁ、でも僕を大切に思ってくれいるのは分かる。

 機械猫は人間の言葉がわかるように作られているからニュースなんかの内容もよくわかる。

 なにやら世間では野良機械猫というのが問題になっているらしい。

 機械猫だって猫なのだから飼い主から逃げ出したりするし、人間だって飽きたとかそんな理由で僕たちをその辺にほっぽり出したりする。

 僕は彼女の部屋から出たことが無いから分からないけど普通の野良猫と縄張り争いをしたり、機械猫の集会に顔を出したり、人間に捕まって処分されるのは面倒だなと思う。僕は自分で言うのもなんだけど弱っちいからすぐ野良猫にいじめられたり、人間に捕まったりすると思う。外には出たくないなぁ。

 だから彼女が死ぬまで一緒にいられたらなぁと思う。

 でも彼女は突然死んでしまった。酔っぱらって階段からすっころんで頭を打って死んでしまった。猫ならそんな事にはならないのに。

 普通、機械猫の寿命は飼い主が設定する。僕たちを買う時に設定して、大体は飼い主が死んだら機械猫も死ぬように設定する。

 でも、僕の飼い主は酔っぱらった勢いで僕を買ったから設定なんてしていなかった。

 僕はどうしようか迷った。僕は本当に悲しかったから彼女と同じように階段からすっころんでみたけどやっぱり僕は機械猫だから壊れなかった。どっかのねじが一本外れちゃったけど。

 僕が彼女のいなくなった部屋でぼーっとしていると彼女の家族が僕を迎えに来てくれた。

 彼女の葬式をやるから僕も来て欲しいとの事だった。

 葬式の会場で僕は彼女の死に顔を見せられた。彼女が僕に見せる顔はいつも顔が真っ赤だったり、真っ青だったりしたのにその時は真っ白だった。

 なんだか鼻がぐしゅぐしゅする。ねじが取れちゃったからかな。

 彼女の葬式はあっという間に終わって彼女は僕でもぎゅうぎゅうにならないと入れないくらい小さな壺の中に詰め込まれた。

 すんすんと鼻を近づけても、もうお酒の匂いはしない。また鼻がぐしゅぐしゅしてきた。

 その後、僕は彼女の両親の家に連れていかれる事になった。

 彼女の両親は一応僕を機械猫の病院へ連れて行ってくれた。乱暴な彼女の事だからどこか壊れてないか調べると言っていた。

 僕は、寿命が設定されていないし、どっかのねじが一本取れちゃったから修理に出されることになった。でもなんとなく嫌だったから僕は脱走した。

 彼女はいつもお酒の匂いがきつくて、僕を撫でる時もちょっと乱暴だったし、顔を真っ赤にしながらけらけら笑ったり、真っ青にしながらげろげろしてたり、変な人だったけど僕を大切にしてくれたし、僕はそんな彼女が好きだった。

 そして彼女はいつも決まって同じ話を僕に聞かせた。

「私はお金も無いし、時間も無いし、ダメダメな人間だけどいつか世界を旅して周りたいと思ってるの。だから君の名前は“タビ”ってつけたんだよ。」

 彼女が僕に設定したのは名前だけだった。でも僕にはそれだけで十分だった。

 僕は歩き回った。寒いとこで体がカチコチになったり、砂漠で体がギシギシなったり、船に忍び込んだり、人間に捕まりそうになったり、色々あった。とっても怖かったけど、とってもとっても楽しかった。

 機械とはいえ猫の足だからもう何年経ったか分からない。僕は彼女が話してくれた場所全部を周った。たくさん人が居たり、居なかったりした。

 でも、ホントはあと一つだけ彼女が僕に設定した行先が残っていた。

 でももうカチコチになったり、ギシギシになったり、ねじが一本外れちゃったりで体があんまり動かなくなってきた。

 でも、僕は頑張ったと思う。最後の行先に着いた頃には毛皮が所々剥がれて、機械の部分が見えてたり、右の前足が変な方向向いてたり、散々だったけどやっと着いた。

「ねぇ、タビ。私、タビに何もしてあげられなかったけど、どこに行っても絶対タビの所に帰ってくるからね。」

 お酒じゃなくてお線香の匂いがして鼻がぐしゅぐしゅする。

 僕はおなかに顔を突っ込むみたいにして丸まって目を閉じた。

 全く世話の焼ける飼い主様だ。折角だから旅のお話を聞かせてあげるよ。今からそっちに行くからちゃんとお行儀よく待っててね。

 

 

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酒癖と弱肉強食と機械 犬丸寛太 @kotaro3

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