第35話 新たな目標

「というわけで、私は中級冒険者になりました」


「……どういうわけなんだ」


 医療協会本部、療養塔の一室。

 面会者用の椅子に腰かけたアルテナは、数日ぶりに出会って開口一番に昇級報告をしてきた。


 リトアとの戦いで意識を失った俺は、医療協会の治療室で目覚めた。

 聞いた話によるとあれから三日も寝込んでいたらしい。

 アルテナは俺が医療協会で療養している間に特例昇級試験を終えてしまったようだ。


「冒険者ギルド本部はぶっ潰れただろう」


「近くの支部で緊急対応していただきました」


「というか、なんで中級なんだ? お前、まさか勉強をサボってたわけじゃねえよな?」


「それは……」


 俺が訝しげに問うと、アルテナはバツが悪そうに目を逸らす。

 その様子から全てを察した俺は、盛大にため息を吐く。


「まあいいじゃないかクリス。知識無しからこの短期間でよくやった方だと私は思うぞ」


 俺の隣のベッドからアルテナを擁護する声がした。

 声の主はオリアナだ。

 医療協会の若い男の活躍で生きて本部に運ばれた彼女は、回復系特別職の人間による回復魔法で一命を取り留めたらしい。

 ほとんど同じタイミングで運ばれたからか、部屋も同室になっていた。

 オリアナの告白が記憶に新しい俺としては色々気不味いし、生きているとは思っていなかったので彼女の顔を見た時は幻かと思った。

 グランの爺さんもピンピンしているし、冒険者ギルド本部で瓦礫に埋もれた冒険者たちも全員無事だったということで、今回の事件の人的被害はゼロだった。


「しかしなぁ」


 オリアナの言葉を聞いて、俺は腕を組んで唸る。

 せっかく参考書を上級編まで用意したというのに。

 最上級冒険者が二名所属するパーティーのリーダーが中級冒険者ではいささか格好がつかない。

 パーティーの頭には相応の貫録を身につけてもらわなければ困るのだ。でないと多方面から舐めてかかられる。


「おっ、全員いるな」


 話していると、グランの爺さんが部屋に入ってきた。

 片腕を失っておいてこの人は即席の治療を受けただけで仕事を再開している。

 今は冒険者ギルド本部の再建のために国の偉い人と話し合っているらしい。

 現役が過ぎた現在でこの生命力だ。全盛期の爺さんはどれだけ強かったのだろうか。考えただけで震えてくる。


「ほれ、差し入れだ」


 グランの爺さんが果物が入ったカゴを手渡してくる。


「おお、助かるよ爺さん。医療協会ここの飯は味気なくて飽きてたんだ」


「オマエは酒の中毒が入ってるから特別メニューなんだろうが。我慢しろ」


 図星を突かれて押し黙る。

 そんな俺を見かねてか、オリアナが横から話を振る。


「ありがとうございます、グランさん。それで今日は何の要件で? お忙しいでしょうに」


「ああ、まあ過労死しそうなほど忙しいんだがな。直近に迫ってる予定を先送りにできるわけでもねえ」


「と、言いますと?」


 オリアナが問い、グランは辟易とした顔で告げる。


「『聖剣士招集会』は滞りなく行われる。むしろこんな事態になった今だからこそ絶対に『聖剣士』を集めて話し合わなきゃならん」


 『聖剣士招集会』。

 確か予定では冒険者ギルド本部の上階で行われるはずだったらしいが。

 本部どころか周辺が更地と化した現状では場所を移すしかないだろう。


「それで、場所なんだがな。お偉方と話し合った結果、王国の城内で行われることになった」


「城内? それって……」


「喜べ貧民上がり。本物の贅沢ってやつを目の当たりにできるぜ」


 グランの爺さんは皮肉を込めて言った。

 最上級冒険者は富と名誉を手に入れた成功者と言われるが、それでも手にできない物がある。それが国に与えられる地位だ。

 一般人がどれだけ成り上がろうが貴族にはなれない。よしんばなれたとしても、古くから続く純性の貴族とは扱いが異なる。

 そんな俺たちが王国の中枢である城に立入るなんていうのは、金銀財宝を掘り当てるよりよっぽど奇跡に近いことだ。


「でも、どうして? 場所なら他にもいくらでもあるだろうに」


「王女様が口聞いてくれたんだよ。あの御方はレインにご執心でな、あいつが先導して動いているって知ったら『是非とも協力したい』と申し出てくれた。別に比較的安全な場所ならどこでもよかったんだが……流石に断れねえだろ?」


「……それは、そうだな」


 それなりに立場が高いグランの爺さんとはいえ、王族の言葉に逆らうことはできないだろう。


「城か……」


 オリアナが小さく呟く。

 彼女は貴族でありながら冒険者になった。

 王族と多少の縁があってもおかしくない。


「さっきレインから報告が入った。『四名の聖剣士を無事に保護した』とよ。直に返ってくるぜ。それに伴って予定を少し早める。レインが王都に到着し次第、招集会を開くことにした」


「そんなに急ぐのか?」


「当り前だろ。アルテナから聞いた話じゃ敵は複数だってんだ。リトアみたいな奴らが徒党を組んでやってきたら厄介だからな。その前に色々決めなきゃならん」


「複数……そういや、リトアを引きずり込んだ光はなんだったんだ?」


 意識を失う直前で朧気だが、リトアは目視できない何者かに言葉を投げかけていた気がする。

 それがまだ見ぬ『聖剣士狩り』なのか。あるいは単なるリトアの協力者なのか。

 情報を持っている可能性が高いアルテナに目を向けると、彼女は少し考える素振りを見せてから口を開く。


「私は遠巻きから見ていただけなので確証はありませんが……あの魔法は『タウリア』のかもしれません」


「空間跳躍魔法? なんだそれ」


 聞いたことのない魔法にアルテナ以外の全員が首を傾げる。


「聞いた通りの魔法ですよ。タウリア・ターコイズは『魔導師』です。彼女は魔法の基底を独自に組み上げられる。私が知る空間跳躍魔法はもっと不完全なものだっと記憶していますが、改良を重ねたのでしょう」


 知らない職業名に知らない魔法ときた。

 まったく『聖剣士狩り』の連中は初見殺しとしか言いようのない。

 世間で知られる『五属性魔法』とは異なる魔法を扱う敵。対面したら厄介そうだ。


「チッ、面倒な奴ばっかだな『聖剣士狩り』はよ」


 苛立ったように吐き捨てるグランの爺さん。

 全面的に同意する。

 アルテナ曰く『協力関係』であって『仲間同士』ではないらしいが、一つの目的のためなら手を組んで襲い掛かってくることもあるだろう。

 単体ですら強力無比だったリトアがそんな連中と一緒にやってきたら、他の『聖剣士』と共闘しても生き残れる自信はない。


「とりあえずお前たちは早く復帰しろ。こんな事件はまだ序の口だからな」


「そうです。冒険者パーティーの結成申請はもう出しているので、お二人も早く同意書にサインしてください」


 グランの爺さんに同調して首を振るアルテナだが、それを聞いた爺さんが眉を上げる。


「ん? 嬢ちゃんは中級冒険者だろ?」


「はい、そうですけど」


「だったら、まだパーティーは組めねえじゃねえか」


「え? それってどういう……」


 キョトンとして問うアルテナに、グランの爺さんは神妙な顔で答える。


「冒険者パーティー結成に関する規定で、パーティーリーダーと二つ以上階級が離れている冒険者は加入できないことになっている。知らねえのか?」


 グランの爺さんの説明を聞き、アルテナだけでなく俺とオリアナも驚きの声を上げる。

 初耳だ。

 思えば俺はレインとティオナと一緒にパーティーを結成して、その後に仲間になったオリアナもシオンも同じ階級の時に出会っていた。

 まさかそんなシステムがあったなんて……。


「では、私が上級冒険者にならないと」


「ああ、クリスもオリアナも加入できんぞ」


「そ、そんな……」


 絶望しきった顔で天を仰ぐアルテナ。


「まあ、その辺はボチボチやっていけ。実力はオレも保証してやる」


 そう言い残してグランの爺さんは治療室を出てしまう。

 アルテナは愕然とした顔のまま固まっている。

 流石に憐れに思った俺は、諭しかけるような声音を心掛けてアルテナに言葉をかける。


「勉強、しような」


「…………はい」


 本来の目的は果たせなかったが、目の前の脅威は退けた。

 こうして全員が生きて今日を過ごせる。今はそれだけで十分だ。


 俺の目標も定まった。

 努力しなくてはいけない。

 今よりもさらに強く。次にリトアと対面した時、もう絶対に誰かに守られることがないように。後悔しないために。

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