聖剣士はそれでも失墜しない―戦力外通告して追い出したアイツが最強になって帰ってきたので追放された―
itsu
聖剣士狩り
第1話 追放
俺、クリス・アルバートは上級冒険者パーティーに所属している。
凶悪な魔物も数多く討伐していて、王都でもそれなりに名が知れたいわゆるトッププレイヤーだ。
発足してから五年と中堅程度の経歴だが、実力で言えば王都の冒険者パーティーとしてそれなりの位置にいるだろう。
パーティー人数は五人。
特別職の『聖剣士』でありパーティーリーダーの俺と、立ち上げメンバーの一人であり俺の幼馴染でもある『剣士』のレイン、同じ幼馴染で『回復術師』のティオナ、のちに仲間に加えた『魔法使い』のシオンと『白騎士』のオリアナだ。
上級冒険者としては標準的な構成で、それぞれ尖った才能を最大限に発揮することで互いの短所を補っている。
しかし最近、戦績が思わしくない。
この五年間特に大きな壁にぶつかることもなく成長してきた。
俺たちにもそろそろ本格的なスランプが訪れたのだろうと、初めのうちは考えていた。
戦績低迷に伴い、個々の能力や立ち回りを改めて整理する機会を設けた。
五人が思う他人の長所と短所を指摘することで、今まで見えなかった可能性を引き出そうというわけだ。
長い話し合いの末に多くの気づきがあり、実に有意義な時を過ごした。基本陣形や戦闘プランを見直し、次なる課題もみつけた。
議論を終え、夜も更けたことでその場は解散という流れになった。初めに席を立ったのはレインだ。俺たちはその背中を見送り、少し酒を仰いで雑談に興じていた。
そんな折だ。
『魔法使い』のシオンが遠慮がちに口を開いたのは。
「実は、先ほどどうしても言えなかったことがあるんですが……」
先ほどとは議論の話だろう。
重たい話になると思った俺たちは、彼女の言葉を待った。
「戦績が思わしくない理由は、パーティーの連携というよりも、構成そのものにある気がします」
「パーティー構成そのもの? それってどういう……?」
「皆さんもお気づきでしょう」
そう言って、シオンは控えめに周囲を見渡す。
なにを確認しているのか、俺たち……少なくとも俺は心のどこかで察していた。
「レインです。私達は現在、互いの短所を補う戦略を主としています。『聖剣士』のクリスは強力な神聖の力で魔物を葬れますが、防御面がおろそかです。だからこそ聖なる力で味方を守護する『白騎士』のオリアナと『回復術師』ティオナが必要です。そしてオリアナには攻撃力がないのでクリスが、ティオナは攻撃系統の魔法が使えないので私がいます。ですがレインは……『剣士』である彼には特別秀でた点がない」
「い、いや、あいつは剣の腕は随一だ。小さい頃から打ち合っているが、俺は一度も勝てた試しがない」
「剣の技術なんて求められるのは中級までです。すでに上級である私達には、技術よりも火力がなにより必要です。以前の戦いだって、レインは強固なドラゴンの皮膚に傷一つつけられなかった」
「それは……相手が悪かっただけで」
「本当にそう思ってますか?」
「でも、あいつは俺の幼馴染だし……」
「冒険者として上を目指すのなら、時に冷酷な決断を下さなければいけません」
俺たちは黙るしかなかった。
重たい空気に満たされた酒の席。誰もが沈鬱そうに口をつぐんでいる。そんな中、俺は密やかに思ってしまった。
――チャンスだ。
俺にはパーティーの誰にも言えない秘密があった。ティオナへの恋心だ。
同じ村で野を駆けていたあの頃から、俺は彼女のことが好きだった。
しかしティオナは、レインのことが好きだった。直接告げられたわけではないが、なんとなくわかってしまう。俺が彼女を見つめる時、彼女はきまってレインを見つめていたから。
どうしても振り向かせたい。俺を好きになってほしい。だからパーティーリーダーとして頑張ってきたし、強くなるために努力もしてきた。しかしそれでも、彼女の気が変わる気配はない。
本当はもっと正々堂々と勝負するべきなんだろう。だがこのまま手をこまねいていれば、きっとティオナはレインにとられてしまう。……俺は焦っていた。戦績が思わしくなかったのは、そんな俺の醜い心理もあったのだろう。
シオンの話は俺にとって天啓に等しかった。
苦い表情で苦しい心中を演出してはいるが、シオンがこの話を持ち出した時点で俺の中の選択は決まっていた。
それからの行動は早かった。
後日、五人で集合した時に俺が代表としてレインに事の内容を伝えた。
『冒険者として戦っていくにはお前は能力不足だ』
と。
レインは当然、唖然としていた。
なにを言われたのかわからない、と言いたげな表情を見て少し胸が痛んだ。
しかしこれはレインの為でもある。これからは更に強力な魔物を相手にしなければいけない。そんな状況で技術だけでやっていくには限界がある。結局のところ、この話は早いか遅いかでしかなかったんだ。……と、自分に言い聞かせる。
正当な抗議をされた。非難もされた。
俺は耳を傾けなかった。
最後に『まだやれる。力を証明したい』というから俺が相手となり……一切の手加減なく叩き伏せた。それで全てが終わった。
無様に地面に寝転がって意識を失っているレインを宿に預け、俺たちは冒険者ギルドにてメンバー除名の手続きを行った。
悪いとは思っている。こんな俺の本性をティオナに知られれば、絶対に嫌われてしまう。憎まれもするだろう。
しかし勝ち取った。俺の恋路を阻む余計な存在を排除できた。あとはこの真実を墓場まで持っていけばいいだけだ。
レインを除名させたあと、最初は一人欠けたことの違和感で俺たちのパーティーは上手く立ち回ることができなかった。だがそれもしばらくすれば解決した。
シオンの言った通り、レインがいなくなったことで俺たちの陣形は完成に近いものになった。俺が圧倒的な火力で敵を葬り、おろそかになった防御面をティオナとオリアナがサポートし、相性的に不利な敵はシオンの魔法で駆逐する。まさに理想的なパーティー構成だ。
俺たちのパーティーはわずか一年で『最上級冒険者』に昇格し、ランクもトップ層にまで上り詰めた。
レインを除名した当初ティオナはいつも心ここにあらずと言った様子だったが、『最上級冒険者』に至ったことで意識を入れ替えたようだった。戦いは今まで以上に熾烈なものとなり、伝説級の魔物に挑むこともあるだろう。いつまでも過去に囚われていてはこの先生き抜くことはできない。
俺もパーティーリーダーとしてこれまで以上に励み、成長しなくてはいけない。恋路も重要だが、それは頂を見てからでいいだろう。
そうして輝かしい未来に胸を膨らませていた時だ。
初めに感じたのは違和感だった。
雰囲気、あるいは覇気とでも言ったらいいか。身に纏う空気が俺の知るレインとは違った。
次に目を引かれたのは風袋だ。以前よりもずっと引き締まった肉体をしていた。生真面目な印象を抱かせる鋭利な瞳がさらに研ぎ澄まされ、頬に残る一閃の傷跡も相まって歴戦の猛者を思わせた。
まるで別人だ。だが奴は名乗った。俺の前で。俺たちの前で。自分は俺たちの冒険者パーティーに所属していたレイン・マグヌスだと。
いまさらなぜ?
そんな疑問を口にするまでもなく、レインは俺に言い放つ。
――リベンジしたい。
と。
言葉の意味を理解した俺は、明らかに自信あり気な表情のレインを見て怒りがこみ上がった。
パーティーから除名されて己の身の程を知って、故郷の村でひっそりと生活していればよかったものを。約一年もの間、どこで修業を積んだのか、誰の師事を仰いだのか、強くなって帰ってきやがった。
オマエがいなくなってこっちは順風満帆だったんだ。これから新しい冒険が始まるところだったんだ。冒険者として大成したらティオナに告白して、幸せの絶頂を手にするはずだったんだ。
本心は語らない。
だが俺は正気じゃなかった。
たかだか『剣士』風情だ。所詮は『聖剣士』の下位互換。どれだけ強くなろうが職業としての壁は越えられない。だから俺は強気に言った。
「俺が勝ったら二度とその顔を俺たちに見せるな。俺が負けたら――このパーティーはお前に任せて俺は脱退する」
前者を聞いてか後者を聞いてか、制止の声をかける仲間達を無視して俺たちは冒険者ギルド公認の『決闘』にて決着をつけることにした。
『決闘』の勝利条件は単純だ。相手を戦闘不能にするか降参を認めさせること。最悪の場合殺してしまってもいい。事前に盟約書にサインすることになる。
そしてその三日後、大勢の観衆に囲まれながら対峙する俺とレイン。
手加減するつもりはなかった。あの時のように、徹底的に実力差を思い知らせる。もう二度と立ち直れなくして、俺の障害を確実に取り除く。
はち切れんばかりの歓声の中、聞き覚えのある声がレインを激励している気がした。気がしただけで確証はない。ただ、俺は無性に腹が立った。
開戦の合図が響き渡る。
俺は手に持つ剣に渾身の力を注ぎ込み、聖なる力を解き放った。跡形も残らなくたって構わない。何としてでもアイツに勝つ――!
そして、俺は惨敗した。
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