天仙演戯

藤村 最

播種の章


 温かい…………


 全身は鉛のように重く、焼けつくような熱を帯びている。

 なのにも関わらず、胸の辺りだけが仄かに、温もりを感じている。

 それは、明らかに身体から発されている熟々とした熱とは違う。


 張り詰めていた心が…………

 融かされていく…………


 だが、何故そのように張り詰めていたのか、身体が云うことをきかない程に重くなってしまったのか――――――それが解せない。

 思考の回転は再開され、自身が今この時を生き、体内に血脈が流れている事すら実感しているというのに。

 何がどうなって今があるのか、前後の記憶が微塵も呼び起こせない。

 そればかりか、今が何時で、己が何者であるかすら、曖昧だ。

 思い出そう、考えよう、とする心持ちを深い闇が覆い被さるように妨げる。

 今解るのはただ一つ――――――――


 温かい…………


 のし掛かる闇は、暗く深く、けれど安らかで―――――全て投げ出して、身を任せてしまいたいと感じる闇だった。

 それでも、その意に反して、何かに駆られ僅かに目蓋が開いた。

 暗雲に微かな切れ目が出来たかのように、霞がかった視界が開ける。

 映ったのは翡翠色に透き通った柔らかな光。

 あぁ、これが温もりを与えてくれていたのだと、反射的に理解する。

 しかしそれが何から発されているものかまでは分からない。

 今まで目にした事のない神々しい光だった。


「大丈夫……」


 光源を確認しようと、更に重い目蓋を切り開かんとすれば、どこからか声が聴こえた。

 幼さのある、どこまでも優しい声。

 その人物が俺に温もりを、癒しを施してくれているのだと理解する。


「……あ……………」


 ただ一言、礼を伝えたかっただけなのに、唇から漏れたのは掠れた言葉にすらならぬ声だった。


「……もう大丈夫ですから。今はゆっくり休んで……」


 優しい声は、そんな情けない俺を包み込むように、どこまでも穏やかにそう囁いた。


 あぁ、温かい…………


 俺はそれ以上視ることを、識ることを諦め闇に身を任せた。

 微かに見えた光の主は、優しく柔らかで――――――――まるで古の仙女のように見えた。

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