今日から神様!②
―――これは一体どういうことだ?
先程まで夏祭りに参加していた。 提灯明かりに照らされ屋台からは香ばしい匂いが漂っていた。 しかし、今はそんな物陰も形もなく、空を仰げば爛爛とした太陽が青空を白く照らしている。
昼が夜になることはあっても、夜が昼になるには朝を挟まなければならないのが自然の節理だ。
「どこだ、ここ・・・? 全然知らない場所なんだけど・・・」
更に目に映る光景に全く見覚えがなかった。 結真が住むのは静かな田舎町で、遠くを眺めれば緑の方が多いくらいの場所。 しかし現在は高層の建物が建ち並び、近くに山の姿は全く見当たらない。
自転車を飛ばして15分程で大きな駅まで辿り着くが、そこでもここまでは栄えていないだろう。
「あ、そうだスマホ!」
それでも現代人の結真なら居場所なんてすぐに検索をかけることができる。 はずだったのだが、甚平の中に手を突っ込んで全身をまさぐってみても持ってきたはずのスマートフォンがどこにもない。
落とさないようにと、ボタンのあるポケットに一緒に入れていたはずの財布もない。 見知らぬ場所に独りぼっちという現実は、現代人にとってなかなか人生のピンチと言えた。
辺りには大人や子供と人が往来しているが、何となく声をかけるのは気が引ける。 とりあえず、交番を探そうと歩き回ってみたが都合よく見つかるはずもない。
冷汗がアスファルトに蒸発し、口の中が乾き始めたその時、駆け寄ってくる影が見えた。
「神様!!」
聞き慣れない単語に疑問を抱き声の方向を確認する。 こちらへ向かって走ってきているのは一人の男性、いや青年といった見た目だろうか。 歳は高校生くらいで、赤色の狩衣を纏っている。
見覚えが全くない相手のはずなのに、結真はどこか既視感を憶えた。
「あれ・・・? 俺たち、どこかでお会いしました?」
「初対面だと思われますが」
「あ、そうなんですか。 って、でも俺のことを探していましたよね!?」
目の前の彼は結真からしてみれば、少しだけ上の年齢に見える。 しかし、何となく年齢が近いようには感じなかった。
身のこなしや所作、まるで清流のせせらぎのように落ち着いた声音のためか、まるで父親よりも更に上、祖父と対面し喋っているような感じだ。
「無事にお目見えでき心から安堵しております。 申し訳ありませんが、時間が差し迫っています故、話は神社へ向かいながらいたしましょう。 神様、どうぞこちらへ」
「え、どうして神社? つか、神様って何!?」
困惑しながらも誘導されるがまま付いていっている合間に、男性は話を進めていく。
「申し遅れました。 私の名前はゼン。 一色繕(イッシキゼン)と申します」
「・・・ゼン、さん?」
「はい。 どうかゼンとお呼びください。 貴方はユウシン様でお間違いないですね?」
「え、どうして俺の名前を知っているんですか!?」
結真が尋ねると、ゼンは立ち止まり恭しく肩膝を付いた。
「私は神であるユウシン様に仕える者。 主君であるユウシン様にそのように畏まられては恐れ多くあります。 よければお言葉を崩していただけませんか? ご質問がありましたらお答えいたします」
神とか主君とか言われても、もちろん結真には一切の心当たりがない。 相手も初対面と言っていたし、何かの間違いかそうでなければ奇妙な夢の類としか思えなかった。
「・・・俺が神様って、本当か?」
「はい」
明らかに年上相手にタメ口で話すのは気が引けたが、ゼンはこちらの方がやりやすそうだ。 ということで、夢なんだろうとは思いつつ聞きたいことは聞いてみることにした。
どうせなら楽しむのもありかと思っていた。
「何の神様?」
「この世界の神様です」
「この世界、って?」
「ここは死後の世界です」
「死後・・・ッ!? え、つまり俺は死んだっていうことか!?」
「いえ、ユウシン様は生きておられます」
「???」
よく状況が分からず戸惑ってしまう。 困惑している結真を見てゼンは頭を下げる。
「言葉が足りず失礼いたしました。 ここは現世と天国の狭間の世界、未練を持ち志半ばに忌んだ者たちが集まる場所。
神様の仕事は、その未練を持った人たちの無念を晴らし成仏させていただくことになります」
「成仏させる役目を、俺がするのか?」
「はい。 私たちが全力でサポート致します」
「私たち?」
「神に仕える者を神職と言いまして、私を含め5名がユウシン様の手足となって働かせてもらいます。 またいずれ詳しくご紹介しますので、今は私を含め5人を自由に使えると憶えておいてください」
仕事に関する細かいことは後でまた説明があるらしいが、少しだけ話してくれた。 まず成仏する時は必ず神様の前でないといけないこと。 成仏を望む者は頻繁には現れないこと。
この世界で第二の人生を歩んでいる者が多いため、なかなかそれを願う者は少ない。 成仏すれば存在が消えてしまうため、かなりの覚悟が必要だというのだ。
―――それならずっとここで暮らせばいいんじゃないか・・・?
町にいたのは全てがここで暮らしている死者である。 遠目で見ただけであるが、皆幸せに生きていたように思えた。 ならいくら未練があっても成仏なんてしたくないはずだ。
そう思い聞いてもゼンは黙って首を横に振るばかり。 おそらくはここでずっと暮らしていくのが不可能な理由があるのだ。
―――とんだ夢の世界に来ちまったな・・・。
―――まぁ現実では有り得ない体験だし?
―――夢の中だけでも神様の気分を味わわせてもらうか。
そんな風に軽く思っていた。 どうせ夢ならできるだけとんでもないことが起きた方がいい。 そして、それはすぐに叶うことになる。
「うわ、でかッ・・・!」
まるで町全体がその影に覆われそうな程に巨大な鳥居と神殿。 そこが神の住処になるのだと理解できた。 ただそれ程巨大な建物だというのに、これ程近場に来るまで全く見えていなかったのだ。
ゼンが頭を下げ、それに倣って礼をし頭を上げた時鳥居に背中を預けた一人の少年がそこにいた。 水色の狩衣に雪駄を履き、雪のように白い足を組んでいる。
年齢は同い年くらいに見え、中世的な顔つきをしているが結真に向ける目は酷く冷めていた。
「ソレが新しい神様?」
結真は自分に向けられたその言葉に好意を感じることは全くできなかった。
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