第6話 Fが子供たちを殺した理由
Fは子供のころから大人しく、厚ぼったい一重瞼に薄い唇のせいで、周囲からは垢ぬけないという評価を下されがちだった。
20歳を超えてもその評価はほとんど変わらず、むしろ、子供の頃にはなあなあに見て見ぬふりをされていた、口をうっすら開けて舌で前歯の裏を触る癖が治らず、薄気味悪いと感じられることも増えた。
身長が150センチ弱、体重は80キロを超える肥満体形、一重瞼はよく見ると三白眼で、人を睨めつけるように見つめるため、同性にも異性にも距離を置かれることが多かった。
Fは高校を卒業してすぐに働き始めた。倉庫整理の仕事で、Fは契約社員だった。ほかはみな正社員で、男性だった。
Fが重たい体を左右に振りながら大きな段ボールを運ぶ姿を見て、時に真似をして、同僚たちは笑った。
Fは笑われると、じっと彼らを見つめ返し、片頬をひきつらせた。
Fは両親と同居しており、稼いだ金のほとんどは家にいれていた。手取りで11万円の稼ぎから10万を家に入れ、1万円の残りも、毎月何に使ったかをノートに書いて両親に見せなければいけなかった。
Fが子供を殺したことに最初に気づいたのは、両親とFと離れた場所で暮らしていたFの姉だった。
Fの姉は早々に結婚し、家を離れていたが、3か月に一度程度の割合で実家の様子を見に来ていた。
Fの姉は、玄関に上がって早々に、家から漂う異臭に気が付いた。外部の人間だからこそ敏感に嗅ぎ取ったのだろう。
「最初は親父が死んでんのかと思いましたよ。風呂かなんかで」
Fの姉はため息をついてそう言った。
「ほら、よくあるじゃないですか。風呂に入った老人が突然心臓麻痺起こして、そのままになっちゃうやつ。それと同じことが家でも起きて、妹も母親も気づかなかったんじゃないかって。でも、慌てて中を覗いたら両親はテレビの前でいつもみたいにぐだぐだしてて、じゃあ妹か!?ってなったんですよ。実際、においの元を辿ると、どうも妹の部屋っぽかったんで」
Fの姉はFの部屋を無断で開けたという。部屋の中に、Fはいなかった。しかし、Fの息遣いは聞こえた。よくよく耳を澄ませると、押し入れの中から音はしていた。
Fの姉は押し入れを開けた。
そこには、血まみれの嬰児の首を、長い紐で絞めているFがいた。
よくよく見るとそれは紐ではなく、へその緒だった。
嬰児のへその緒とFは、まだ繋がっていたという。
「人間、予想外のもの見ると固まるってマジですね。もうね、冷静さとかもなんもなくて、最初に変な事言っちゃいましたよ」
何と言ったのかと私は尋ねた。
「あんたみたいなのも、セックスするんだ、って」
Fの押し入れからは、他に3体の嬰児の遺体が見つかった。匂いを発していたのは最も古い遺体で、2年前にFから生まれ、Fに殺された子供だと分かった。
嬰児はすべてFの子供だった。Fはもっと前にも子供を産んだことがあり、その子は公園のゴミ箱に捨てたという。
Fは子供たちを殺した理由を私だけに教えてくれた。
「お金もなくて、中絶もできないし、生んでも育てられないし、ほかにどうしようもなかったんです」
稼いだ金を両親にほとんどを巻き上げられていたFに、選択肢などなかった。
妊娠していても、肥満気味のFは周囲に「また太ったのか」と笑われるだけで、誰も気づかなかったという。
父親は誰なのかと私は尋ねた。
「職場のいろんな人とやってたから、実際はよくわかんないです」
相手の男性、自分自身、もしくは両者で避妊はしなかったのかと私は尋ねた。
「男は生が好きなんだって言われたから。ゴム買うお金もなかったし」
最初の嬰児遺棄の段階で、無防備なセックスに伴うリスクはわかったはずだが、Fはその後4年間、事件が発覚するまで同じ性生活を続けてきたという。
「あたしみたいなのが、男の人に愛してもらえるのなんて、セックスの時くらいしかなかったから」
Fは自分の容姿が、現代の美的感覚に照らすと受け入れがたいものだと自覚していた。
せめて笑顔だけでも絶やさないようにしようと、笑われた時に笑い返してみたりもしたが、片頬しか上げるのが精いっぱいで、顔が歪んで余計に気持ち悪いと言われる始末だった。
Fは毎日倉庫の隅で泣いていたという。家に帰っても、テレビ前から動かない両親の食事を作り、愚痴を聞かされるだけだと思うと、家にも帰り辛かった。
そんなある日、偶然、酔った上司が忘れ物を取りに倉庫にやってきて、泣いているFを見つけた。
酔いの勢いで上司はFを凌辱し、その後、「ゲテモノ食いをした」という武勇伝として他の社員に語った。それから「Fチャレンジ」という、Fとセックスをする回数を競う遊びが男性社員の間で流行ったという。
Fはその話をしながら、ずっと穏やかな表情をしていた。声にも、男性社員たちへの恨みは滲まなかった。
私がそれを指摘すると、Fは言った。
「セックスしてる時だけなんです。私なんかを、誰かがぎゅっと抱いてくれるの。ときどきは、頭を撫でてくれたり、それがすごく幸せで、愛されてるなあって思えて。そう、あたし、すごく幸せだったんです」
Fは子供たちを殺したことを後悔しているかと検察に聞かれても、噛み合わない供述を繰り返し、反省の色がないと裁判官に判断された。
まだ判決は出ていないが、恐らくは求刑以上に重い罪になるという。
Fを凌辱した最初の上司、「Fチャレンジ」を行った男性社員たちは、今も同じ職場で働いている。
殺された子供たちの父親鑑定は行われず、遺体の引き取りをFの両親も姉も拒否したため、無縁仏として葬られた。
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