第3話 Cが母親を殺した理由

Cは36歳で無職だった。

Cの母は毎朝、朝食を作って二階のCの部屋まで持っていった。

昼にはたまに一階で、親子共に昼食を取ることもあった。

夜になるとCは母の作った夕食を食べながらテレビアニメを見た。

その間に母親はCの一番風呂の為にお湯を張るのが日課だった。

そんな生活が何十年と普通だった。

周囲はそんな母子関係を歪だと感じていた。

近所の老夫婦はこう証言した。

「あれはねえ。息子がお母さんに甘えすぎなのよ。お母さんがやせ細って、腰が曲がってきててるってのに、太った息子は一緒に買い物に行っても、荷物一つ持ってやらないのよ。帰り道を偶然見かけたんだけど、酷いもんだわあって、ねえ。ああいうのって、大人になっちゃうともう、躾とかそんな問題じゃないのよね。性格よ、性格」

「前にどっかに就職したって聞いたよ。でも、すぐ辞めて戻ってきたんだよな。お母さんがちょっとだけ話してくれたんだけど、なんか、会社の人たちとうまくいかなかったとかで。最近の若者は根性がなさすぎるよ。お母さんはその時ばかりは本当に憔悴しちゃっててねえ。白髪の生えた髪もぼさぼさだし…ガリガリで…目の下には隈が……見てて本当に、可哀そうだったよ」

「子供の頃のCくんは、すごく可愛かったのにねえ。なんだっけ、小学校で作文で賞を取ったりしてたし、勉強もこの辺じゃ一番だったわあ。おはようございます!って大きな声であいさつもできたし……人って変わるもんなのね」

Cの母親が死んでいることに気づいたのは、この老夫婦であった。

異臭がするということで通報を受けた警察が、Cの自宅を捜索。

Cの母親は、包丁で胸と性器をめった刺しにされ、ハンマーで頭を90発以上殴られていた為、頭部の原形はほぼない状態で、犯行現場のリビングには脳髄と脳漿が飛び散っていた。

最初に踏み込んだ警察が、何かに足を取られた。ぶちゅりとブドウがつぶれるような感触に足の裏を見ると、Cの母親の目玉がひしゃげていた。

司法解剖の結果、母親は死後三日経っていることが判明した。

Cは母親の遺体の横で、酷い空腹状態で倒れていた。

包丁からはCの指紋が検出され、C自身も犯行を認めたので、警察はその場でCを逮捕した。

老夫婦は毎日のように押し寄せるマスコミに、精力的に情報を流した。

「本当にねえ。あんな鬼畜の所業が、どうしてできたんでしょう。甲斐甲斐しく世話してもらいながら……。優しい母親にねえ。聞けば、小遣いをもうやらないって言われたから殺したとかいう噂ですよ。もう酷い話ですよ。ほんと、うちのそばでこんなことがねえ。お母さんも、私たちに相談してくれていたら、ここまでいかなかったかもしれないのにねえ」








Cは私にだけ母親を殺した本当の理由を教えてくれた。


「もう家を出るって言ったんです。独り立ちしたいからって。でも、ダメだと言われたので、殺しました」


Cの母親は、Cが小学生低学年の頃に離婚した。その頃から、母親の束縛が激しくなった。


「テストでいい点を取ると泣くんです。頭が良い子は家を出て都会で成功してしまうからって。だから、悪い点ばかり取るようになりました」


部活も禁止されたという。


「野球が好きで、得意でした。だから、中学の先生が特待生で県外の高校を勧めてくれたんです。それを夕飯の時に話したら、テーブルをひっくり返して、大声で泣きながら包丁を持ち出して、死んでやるって叫んだんです。そして本当に手首を切りました」


Cは何度も謝り、額から血が出るほど頭を擦りつけて土下座をし、なんとか許してもらえたそうだ。しかし、そんなことは、Cが母親を殺すまで何百回と続けられた。


「母がもう年を取ってきていて、僕の世話が大変になってきているのがわかりました。母は今でも僕が食べ盛りの子供だと思っているので、食事はいつも大きなハンバーグだったり、皿いっぱいのスパゲティだったりで、買い出しだけでも大変で。でも、僕が何か手伝おうとすると、すごい剣幕で振り払うんです。子供は親に甘えなくちゃだめだって」


Cは母に何もさせてもらえなかった。お風呂の入れ方もわからず、お茶一つ自分では入れられない。それでもCは、なんとか自立しようとしていた。


「一度、なんとか父親に連絡を取って、無理を言って会社に就職させてもらいました。夜逃げ同然で家も出ました。でも、二日目には母にバレてしまって。母は会社に電話してきて、同僚や上司をすごく汚い言葉で罵ったんです。辞めざるを得ませんでした。借りていた会社の寮にもいられなくなったので、結局、母の家に戻るしかありませんでした」


周囲の人は、母親が小遣いをやらないと言ったから殺したと言っている。

私がそれを伝えると、Cははじめて笑顔らしきものを浮かべた。


「小遣いなんて、何十年も貰っていません。金なんて与えたら、僕が出ていくかもしれないのに」


自分を理不尽に縛り付ける母親が憎かったのか、と私は尋ねた。


「いいえ。だったら、僕は母さんを殺さずに、今度こそ家を出たはずです。でも僕は母さんを殺すことを選んだ。愛していたから」


しかし殺し方には殺意が感じられる、と警察は言っていた。

なぜあれほど念入りに母親の顔を潰したのかを、私は聞いた。


「僕が家を出てしまうのではないかと怯える母さんを、もう見ていられなかったんです」


私は最後に、母親との一番の思い出は何か、と尋ねた。

Cはしばらく考えてから、答えた。


「小学生の頃、母が僕の寝ている布団に、裸で入ってきた時です」




Cは精神鑑定の結果、刑事責任能力がないものと判断され、精神病院に送られた。



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