第8話:入学までの長い道のり その3
空が朱く染まっていた。
日中は多くの者に恩恵を与えるのに比べ、その朱さはまさに落日を暗示させる。
だが、多くの者達は夜の享楽にその身を興じる予兆なる時であろう。
「と、言う
俺は横にふよふよと飛んでいるティコに話しかける。
もちろん、先の反省を活かし念話で話している。
「……君センスないね……」
「言わないで」
お空でカラスもアホー、アホー鳴いていた。
実際はカア、カアだけど。
入国管理局の詰所に連行されて、俺は事情聴取を受けていた。
それが今やっと終わった所だ。
学園に入学前の学生であることと、ド田舎から出て来たばかりの田舎者である点が加味されどうやら注意だけで済んだ。
ただし現在春に向けて人の流入が増えている為、次は騒ぎを起こさない様にと重々釘を刺され次からは刑罰があるかもしれないからと言われたが。
今回の出来事、本来なら災難と捉えるのが普通だが、俺は別にそう思っていなかった。
何故なら、本来のゲームの流れだと入国管理局の女性に入国審査を受け、後日カフェでその女性にばったり出会い、共に同行していた友人たるヒロインの1人 ― ぼたん鍋 ― を紹介されるフラグとなるのだが、聴取中の管理局女性のあの
そしてもう1つは本来、日中に王都に降り立った俺は街中でチンピラに絡まれている女性を助けるというベタベタな……
もとい王道なイベントに出くわす。
そこで彼女 ”初心者ビッチ ”むしろ渾名の方が長いので以降名前で ”アリア ” を助けるか、助けないかの選択肢になるのだが、実はこれはコーメーの罠もとい、フラグトラップである。
このゲームのキャライベントのフラグ処理は変わっており。
例えばAとBのキャラをしばらく同時攻略したとする。
どちらかしか攻略出来ないのでAを攻略すると決めて、Aの好感度を上げるが、何故かBのキャラのイベントとストーリーが進行することがあるのだ。
俺はこの現象をフラグの侵食現象と呼んでいる。
他のプレイヤーは皆無の為、自己検証でしかないがどうやらキャラクターごとにフラグ優先キャラというものが決まっているのだ。
一般的なギャルゲなどではフラグの発生は好感度順、または特定フラグの消化などでイベントが起きるのが常である。
そして自己検証の結果"アリア"は全キャラ最強のフラグ侵食能力を持っているのだ。
つまり、意中のキャラクターを攻略するには例として最大好感度を100とするならば、アリアの好感度差を最低でも50以下に保つことが重要である。
そうでなければ、他のヒロインを攻略しようとしても、アリアにフラグが喰われるのである。
故にプレイに慣れない初心者は必ずと言っていいほど、アリア攻略となってしまうので付けた渾名が ”初心者ビッチ ”となったのである。
ちなみに、黒の少女のフラグレベルは全キャラ最低だと言っておく。
そういう訳で夕方まで管理局に拘束されていたのはケガの巧妙であったのだ。
大切なものを失った気がするが……ソウオモウコトニシヨウ
「夕刻5つ(午後5時)までに学生局まで間に合うといいね」
夕陽が照らす中、俺は王都の学園を司る学生局という役所へ急いで向かっていた。
何故ならば俺が王都で過ごすアパートへの入居手続きを学生局で行わなければ、家なき
最悪、宿を取るという選択肢はあるが親から当面の生活費として貰ったお金はかなりギリギリな状態である上、持っている通貨は全て
両替も学生局で学生なら一定の金額までは無料で行ってくれるので、両替と住み家を得る為、俺は学生局へと急いでいた。
「ティコ、学生局までのナビは任せた」
俺はティコに道案内を頼むとティコは何処から取り出したのか、その手に実家に届いた学生局からの案内が収まっていた。
ティコの便利妖精能力その2 《アイテム収納》だ。
ゲームの設定では”
「任せて、迅速安心安全で目的地まで誘導するよ」
そう言ってティコは案内にある地図を持ち、先行し学生局までの案内を始めた。
だが俺は知らなかったのだ。ガネメモに何故オートマッピング機能がなかったのか……俺は身を持ってそれを知ることになる。
「ここは何処だ?……」
俺は途方もなさそうな声で言った。
気分は迷子の黒い子豚男の気分だ。
「うーん…おっかしいな。こっちが近道かと思ったのだけど…… ま、ドンマイドンマイ」
お前が言うな。
こいつ酷い方向音痴だったのか!
ゲームでは方向音痴の演出はなかったが、そういえば片鱗はあった。
ヒロインとのイベント時、フラフラと何処かに行っていたりで気を利かせているのかと思ったが、ただ迷っていただけか!
正直、初めての土地で道に迷うのは途方もなく不安になる。
しかも、時間制限もある状態では心が早ってしまうのも仕方がなかった。
「ティコ、俺が見るから地図を」
地図を見て、周りに目印になりそうな物を探すが……
本道から外れた道である為、目印になりそうなものはなかった。
「仕方がない。 ここは戻って本道を見つけてそこから急ごう。急がば回れだ」
俺は道に迷った時のいつもの対処法を取る。
出張などで道に迷った時はいつもこの手だ。
適当に歩くと必ずドつぼにはまり余計に迷うからの経験則である。
戻ろうとして逆転方向の角を曲がったその時だ。
複数のガラの悪い3人の男達が、1人の少女に絡んでいる光景が目に入る。
その光景が目に入って、俺はまさか?と思ったが、その絡まれている少女には見覚えがあった。
(アリア、アリアどうして君がこんな所にいる。君のイベントは潰れてたんだ。イベントは潰れてなきゃなああああ)
ありえない光景に俺はキチった。
そう、感情を処理出来ない人類のゴミ(代表)のごとく心中でキチっていた。
ゲームのこのイベントCGでは、空の色は青空で時刻帯は日中のはずだった。
それが何故、夕陽が煌めく時刻でまた逢えるような時に、このイベントが起きているのか俺の脳は一瞬フリーズした。
「あ、女の子がチンピラに絡まれているよ。助けてあげないと」
ティコさん。
ゲームでのまんまの台詞ありがとう…… だが、断る!!
はっきり言ってここで彼女を助けると、間違いなく黒の少女のイベントは、アリアに喰われる。
それだけは何としても避けなければならない事態であった。
「大丈夫だ。多分誰か他の人が助けるだろ……」
「他の人なんていないけど」
ティコの突っ込みが入る。
ここは本道から外れた裏通りである。周囲には人どころかネコの子一匹すら居なかった。
「ねえ、あっちあまり良くない雰囲気になって来ているけど」
どうやら、固辞するアリアに対して、男共は業を煮やしたのだろう、周りの人目がない(どうやら俺には気付いていない様子だ)のをいいことに、男共はアリアにちょっかいの度合いを上げてきた。
(どうする!助けるか?でも、ここで助けると黒の少女とは、いや、しかし……)
「トーヤ!!」
迷う俺に、ティコの一喝が響く。
「ティコ……」
俺は意を決して頷いた。
「トーヤ、じゃあ…」
ティコの表情が期待の表情になったが
「本道に戻ろう。そして、巡回の治安兵を呼ぼう……」
俺のその言葉に一瞬にして失望したような表情になる。
「トーヤ……」
「だって仕方がないだろ。俺の能力は最低、レベルもスキルも装備もない。おまけに相手は複数で喧嘩慣れしている相手だ。 カッコつけたところで俺が怪我するだけで結局結果は変わらない。 だから、確実な方法を取る」
その俺の言葉にティコは一瞬消沈した表情になったが、すぐにいつもの表情に戻った。
「そうだね。君が怪我をするのはボクの本意ではない……」
ティコは真剣な表情で
「本当にそれでいいんだね」
「ああ…」
俺は是正する。
「なら、速く本道へ戻ろうよ」
俺はアリアや男共に気付かれない様に静かに通り過ぎようとした。
(こんなのいつもやっていることだろ! 何を今さら罪悪感を感じることがあるんだ。それこそ助けを呼びに行くだけまだましだ)
ゲームでは他のヒロイン攻略の為、イベントでアリアを見捨てるのはいつも選択していたことだ。
今さら偽善者ぶるのは意味がないと自分の良心に言い聞かす。
幸いにもリアルでこのような光景に出くわしたことはないけど、同じ様な状況に出会ても同じ選択肢だと思っている。
俺は正義のヒーローじゃないんだ。
集団を通り過ぎようとしたふとした瞬間、俺は目を背けていたが、つい集団に目を向けてしまった。
アリアと目が合う。
その瞬間、俺の脳内にあるシーンがフラッシュバックした。
― そこは早朝の王都郊外の丘陵の上だ。
俺はある出来事で王都どころか国を追放されることになった。
ただ、最後に自分が世話になった街を、大切な人が居るであろう街をその目に納めたかったのだ。
そして旅立とうとしたその時、彼女は俺の後ろに立っていた。
そこに立っていたのはアリアだった。
「貴方を1人で行かせません。私も一緒に貴方と参ります」
俺は何故と言った。君や皆のことを思って俺は全てを捨てたのに、それにアリアには地位も名誉も家族とも言うべき人たちも居るのに
「私は貴方を愛しています。それだけじゃありません。信頼も敬愛もなにより……」
彼女のそれは自らの在り方を全てさらけ出したであろう一言が
「貴方を信じています。あの時、貴方が私を信じてくれたように」 ―
俺はリアルに彼女の愛情とイベントCGに泣いたものだ。
文字とCGだけの(BGMはなかった)表現だが、俺は彼女が本当にそう言った様な気がしてEDあとしばらく涙が止まらなかった。
(これでいいのか)
当時の俺の心も問いかけて来た。
いや、分かっていたんだ。
理屈をつけて俺は彼女から逃げたのだ。
(お前はあの頃の俺なのか……違うだろ)
そう、俺はガネメモマスターだ! あの頃の俺じゃない!!
フラグがなんだ!
俺の知恵はそんなものだって乗り越えてみせる!!
――貴方を信じています。あの時、貴方が私を信じてくれたように――
こんなにまで俺を信じてくれた彼女に対して、俺は何をしようとした。
俺は自分を恥じた。
ゲームだからというのは言い訳にもならない。
あの時、ティコの手を握った時感じたはずだ。
あの温もりを生きていることを
俺は……彼女を助ける!!
「ティコ頼みがある」
俺は決意に満ちた顔でティコに話しかけた。
ティコは俺の覚悟を感じ取ったのだろう。真剣な表情で俺を見つめる。
「……何だい?」
「・・・・の能力を・・・に対して・・・使用出来るか?」
ティコは驚いてた表情で
「何でそのことを!…… ううん。今それ所じゃないよね?」
俺はティコの返答を待つ。
「可能だけど、通常の使い方とは違う使い方だから時間が少しかかるよ」
「どのくらいだ」
「20分くらいと言いたいけど、15分以内には何とかするよ!」
俺はその返事で戦略を練る。
(何とかなるのか?…… いや!何とかしてみせる)
サラリーマンは出来る出来ないではない… 何とかする!が氷河期リーマンたる俺の哲学だ。
「時間がないティコ、作戦を伝える」
(観せてやるぜ!最弱のガネメモマスターの力をな!)
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