第16話 城下町エストレイン
それからいくつかの村や町に立ち寄りつつ、とうとう俺たちは城下町に到着した。城下町に足を踏み入れた俺は、辺りを見回す。
「やっぱり城下町ってだけあって、人が多いな」
一軒一軒の家が立派で、オシャレな造りをしている。広い道沿いには店が立ち並んでいて、人もたくさん行き交っている。地面も舗装されているから、いきなり別の世界に迷い込んでしまったかのような変わりようだ。
「そうね。田舎者だってナメられないようにしなさいよ」
「メアは血の気が多いなあ。別に気にしなくて大丈夫だよ。じゃ、とりあえず研究所に向かおうか」
一応そこに荷物を置いておこう、とエレンに提案されて、俺たちは頷いた。
エレンの説明によると、城下町の北には長い階段があって、その先に城がある。そして、その階段を下りて少し東に歩いたところに研究所があるらしい。
俺たちは城下町中央の広場を通って、研究所へ向かう。広場付近は特に人が多く、少し気を抜くとエレンたちからはぐれそうになる。俺は二人を見失わないように気をつけながらも、ちらちらと周りの様子を窺っていた。
人は多いが、そのほとんどが大人だ。俺と同年代くらいの人はそこそこ見かけるが、それより下となるとほとんどいない。そういえば家族連れも少ない。まだ昼過ぎだから、子供が遊んでいてもいい時間だと思うけど。
そこで、ドンと誰かにぶつかった。「すいませんっ」と顔を上げると、二メートルくらいはありそうな大柄の男が、あからさまに俺を睨みつけていた。
「す、すいません……」
「チッ」
男は舌打ちすると、俺に背を向けてズンズンと歩いて行ってしまった。そのデカい背中を見つめながら、俺はほっと息をつく。変に絡まれなくて良かった。喧嘩であの人に勝てる気がしない。
「陽翔ー!」と微かにメアの声が聞こえて、俺は慌てて声の聞こえる方へ向かった。
人ごみを抜けて、二人と合流する。メアが「どこ行ってたのよ」と肘で突いてきた。
「別にどこにも行ってねーよ。周り見てたらはぐれてただけ」
「ふーん。で、どう? 何か思うことはあった?」
「……活気がない」
少し迷ったのち、俺は感じたことを率直に口にした。人は多いのに、活気はない。町を歩いていても賑やかだと感じることはなく、それが妙に気味が悪い。
隣でメアが鼻で笑った。その笑い方は、俺を嘲笑うというよりは、自嘲に近いもののような気がした。
「当たり前でしょ。こんな世の中だもん。アタシたちの村が呑気すぎるくらいよ」
「それに、ここは取り締まりが厳しいからね。女王様が目を光らせてる」
エレンが小声でそう言って、肩をすくめた。
「女王?」
「ああ、言ってなかったっけ。六年前くらいに王様が亡くなって、この国は女王様が治めているんだよ。村はそうでもないけど、ここ――エストレイン城下町なんかは、特に女王の力が強い。女王様の指先一つで全部動くし、こんなこと言っているのがバレたらただじゃ済まないだろうな」
「へえ……怖い話だ」
下手なことはするまいと心に誓う。でも、考えてみたら俺人間だし、それがバレたら密入国でしょっ引かれるんじゃないだろうか。密入国とかで済まされる問題なのかもわからないけど。
角を曲がったところで、真四角の建物が見えてきた。エレンがそれを指さす。
「あれが研究所だよ。わかりやすいだろ? 見た目に何の趣もないんだ――」
ドォン!
エレンの声を遮って、轟音が辺りに響いた。俺とメアはほぼ同時に反応して、素早く辺りに視線を巡らせる。
「なんだ!?」
「魔物とかじゃないわよね」
臨戦態勢の俺とメア。それとは対照的に、エレンは慌てるそぶりを見せず、ただ困ったように空を仰いでいた。
「まだやってるのか……。二人とも、そんなに警戒しなくていいよ。これ空砲だから」
「空砲?」
「ああ。多分もうしばらく鳴ると思うけど、音がデカいだけで被害は出ない」
エレンが話す間にも、乾いた空砲の音が鳴り響く。エレンが歩き出したので、俺も慌てて後を追った。
「空砲って、誰か止めないのかよ」
「止めてるさ。役人や研究員が何度も。でも、そう簡単には向こうもやめられない。これを撃ってるのは反女王勢力なんだ」
すぐに研究所の門の前に着いた。研究所を囲む塀は高く、それでも少しだけ見える研究所の頭から、研究所が相当大きな建物だということがわかる。
エレンは門に付いたパネルのようなものに手を当てながら、話す。
「王が亡くなってから、女王は増税を繰り返すようになった。城下町と村は距離があるから、そこまで影響はないんだけど、城下町はモロにその影響を受けてる。金は搾り取られて生活は苦しくなるけど、納めた金が彼らに直接返ってきているわけじゃないから不満は溜まる一方だ」
「じゃあ、その金はどこに行ってるんだよ」
「…………研究資金」
ガシャン、と音がした。門のロックが外れたのだろう。エレンは門を押して開けながら、眉を下げて笑う。
「だから、研究者としては文句は言えないんだけどね。そのおかげで僕のいる研究室の研究資金も増えたし。でも僕たちの研究は生活を豊かにするものだと思ってるから、今の状態を正しいとは思ってないよ」
エレンが歩き出し、俺たちはそのあとに続く。研究所の中は、見た目通り殺風景な内装だった。無駄なものは一切省くスタンスなのだろう。物々しさに気圧されそうになる。
「城下町の西の方に反女王勢力が集まる場所があるんだ。そこに昔の大砲の台が置いてあって、ドーンドーンと撃ち鳴らしてる。過激なことをし過ぎると連れていかれるから、あくまで空砲。でも、いつでも撃てる状態だから覚悟しておけよって脅しだよ。ま、西の方にはあんまり行かない方がいい。治安も悪いし」
「了解。そういうことだったんだな」
城下町ってもっと華やかなイメージだったけど、実際そうでもないらしい。
やがてエレンが「ここだ」と一つのドアの前で足を止めた。
「ここが僕の研究室だよ。さ、入って」
「え、でもお兄の他にも人が居るんでしょ? 入っちゃって大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫」
ドアを開け、軽く笑うエレン。俺とメアは顔を見合わせると、そうっと中に足を踏み入れた。
「失礼しま……す?」
教室よりも一回り小さいくらいの部屋。狭く感じるのは、壁際にずらりと並んだ本棚のせいもあるだろう。しかし、部屋の中に本はあまりなく、本棚も半分ほどしか埋まっていない。そして、中にいるのは中央の机の上でいびきをかいて眠っている中年男性だけだった。
その思いの外やる気のない様子に、俺はあっけに取られてしまう。
「ちょっとお兄、何なのこれ。全然人いないじゃない!」
「他の部屋はもっと人いたよな? それに、研究資金出たって言ってなかったか? え、研究資金出てこれなの?」
「違う違う。研究資金が出たからこうなってるんだよ。荷物こっちに置いて」
エレンが近くのテーブルの上に荷物を置いたので、俺たちもそれに倣って置く。研究室を荷物置き場のように使ってもいいのか疑問だったけど、この様子だったら誰にも文句は言われないだろう。
「研究資金の援助が増えたのは、魔素全般の研究室と僕たち――主に人間とのかかわりについての研究室だ。この二つの研究室は、城内に研究室が提供されて、そこで研究をするように言われている。だからここはもぬけの殻なんだよ」
「エレンはそっちに行かなかったの?」
「うん。僕は今休職みたいな扱いになってるんだ。城の研究室に行ったらしばらく帰れないって噂だったし、家にメアとおばあちゃんを置いていくわけにもいかないだろ」
「気にしなくていいって言ったのに」
メアは肩をすくめる。エレンは困ったように笑うと、どこか寂し気な表情で研究室を見回した。
「資料がなくなってる。いろいろ持って行ったんだろうなあ」
「すごいラッキーな話だな。魔素はわかるけど、人間の研究って国からプラスで援助が出るほどのものなの?」
「いや、今まで全然注目されてなかったんだ。それが突然。正直初めは詐欺だと思ったよ」
それも無理はないだろう。他の研究室はもっと広かったし、研究所内でも良い扱いは受けていなかったんだろうなとこの部屋を見ればわかる。
エレンはしばらく感慨深げに部屋を見回していたけど、やがて机に突っ伏して眠っている男の人の元へ歩いて行った。ぐごお、ぐごおと唸るようないびきをかいていて、メアは一定の距離から近寄ってこようとはしない。
「エレン、この人は?」
研究員のローブを着ているから、研究員であることは間違いないだろう。ただ、ここの研究室の人たちは全員城に行ったんじゃなかったのか?
エレンは俺を見て「ああ」と呟いた後、にやりと笑った。
「この人は、僕たちの協力者だよ」
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