選ばれしもの

「『選ばれしもの』ってさ。誰のことを言ってるんだろう?」

 花の甘い香が、青空を満たしていた。花畑には今日も平和で穏やかな時間が、絶えることなく流れ続けている。時間は確実に流れているのに、とある場所だけ、時が止まっているように思えた。

 花畑の真ん中には、揃いの白いワンピースを着た幼女二人。綺麗な金髪を風にたなびかせ、花の冠を作って遊んでいる。よく似た顔を嬉しそうに緩めて。二人は双子なのだろうか。

 幼女の座っているところだけが、白い星明りのような光に包まれていて、神秘的な雰囲気が漂っている。周りを飛ぶ蝶たちは、その光の中には入れず、弾かれてまた外の花畑を舞った。

 白い花でできた冠を作り終わった幼女は、今度はピンク色の花で冠を作り始めた。その様子をじっと見ていたのは、もうひとりの幼女に比べて少し落ち着いた様子の幼女。

「そもそもさ、『選ばれしもの』ってどういう基準で決められるの? だってさ、生まれてこれたその時点でそれはもう神様にお選びいただいたってことじゃん。うーん……。選ばれしものねえ……。その人が幸せを感じられたらそれはもう選ばれしものだとあたしは思うけど……」

 幼女とは思えない哲学的で論理的な意見を出す幼女は、まるで全てを知るかのようだった。

 春風が優しく、穏やかに吹く。それと同時に花弁も儚く、美しく舞った。

 薄いピンク色をしたコスモスの花弁が、まるで花弁自身が望んだかのように足元に舞い降りる。それを見た途端、幼女は目をパッと見開いた。

「レーナ……」

 真剣な表情になった幼女は、もうひとりの幼女……レーナの肩をガッと掴む。何か大切なことを知らせるかのような、恐怖さえ感じる表情で。

 二人を囲んでいた白い星明りのような光は、透き通るように美しい蒼と化し、さっきよりも激しく二人を包み込んでいた。

「お姉様……?」

「あたしたち、『リーナ』と『レーナ』の名前の意味知ってる?」

 幼女……リーナは、レーナに訊いた。レーナはすぐに澄ました顔になり、リーナの手を取った。

「魅惑的!」

 子どもらしい元気で無邪気なその声を聞くと、リーナは満足そうに深く頷いた。安心したかのように。

「ええ、そう。じゃあ、このピンクのコスモスの花言葉は?」

「純潔!!」

 さっきよりも元気に答えたレーナは、何処か嬉しそうだった。

 疲れを癒して、永遠の幸福を与えてくれそうなこの花畑。でも、レーナは何処か不満げだった。どこが悪いのか。そんなの本人にしか判らないが、本人たちにとって何かがあるのは間違いないだろう。

「そう。『魅惑的』は未来のあたしたち。『純潔』は今のあたしたちに必要なものなの。一切の嘘もない純潔な心で民を未来へ導き、惑わせるまでの魅惑で溢れた世界を作る。それがあたしたちに与えられた宿命なのよ」

 空の上を悲しそうに見つめるリーナの瞳には、何が映っているのだろうか……。儚く、悲し気なその視線には、誰かを思いやるような気持ちも込められていて、優しい気持ちも湧いてくるようだ。

「さあ、行きましょう」

 空へ羽ばたくかのように暖かな陽を見つめる二人の瞳には、覚悟が感じられた。

「この醜く悍ましい『人』という生物からこの楽園を護る世界。そこで生を受けるのは、心から平和を愛す人のみ。蒼い星が永遠に輝き、人々の願いを叶える。素晴らしき世界。名付けて……『エステラ』ね――――」

 選ばれしもの。それが何なのか。それは誰にも判らない。だから、自分で探すしかないのだ。自分が選ばれしものであるかどうかは、自分で選ぶ。

 お行きなさい。星空を護る戦士たちのもとへ——。

 

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