魔法陣
「暑い……」
太陽がギラギラと地面を照り付けている。
ペンションを見つけて、泊まれたはいいものの、もう夏に近づいてきている。じりじりと暑く、いつもの戦闘服のポンチョを脱いで机に突っ伏していた。半袖、キュロットの状態だけどもとても暑く、それさえ脱いでしまおうか考える程だった。
ソフィアに水持ってきて、って頼んだんだけど、まだかな……。
頭から水を被りたいけど、それは辞めて飲むだけにしておこう。
「お待たせ」
後ろから入ってきたソフィア。
「ありがとう……って!!」
振り返って、絶句した。
なんとソフィアは、こんな暑い日だというのに、下ろした姫カットストレート、中にブラウスを着たゴスロリ、スカートは膝上とはいえ白いタイツを履いている……暑くないのだろうか……。
「どうしたの?」
顔をグイッと近づけたソフィアに、また驚く。汗で直ぐにドロドロになりそうなのに濃いめのアイライン、血の様なリップをしっかりキープしていたのだ。
ソフィアの意識の高さに息を飲む。
「いや、あのさ……暑くないの?」
「ん? めっさ暑い」
予想外の返事にずっこけそうになる。暑いならなんでそんな格好するのかが意味不明なんだが……。
「じゃあなんで そんな格好してんの? やっぱ雷姫のため?」
だとしたらこれしか考えられない。人は本当に愛している人のためなら何処までも変われると聞いたことがある。
「ううん。自分のため。ほかの誰のためでもないわ」
ほかの誰のためでもない……。たった自分一人のためにここまでできるものなんだ……。
「大変じゃない?」
あたしは訊くが、ソフィアは首を横に振って否定した。
「確かに、この季節は定期的にメイク直ししなくちゃいけなかったり、暑かったりで手間はかかったり、快適ではないけれど、大変だなんて思わない。だって、自分自身が望んでこの格好をしているのだもの」
何百歳も年下のソフィア。だけども、その自分で望んで手間がかかるであろう道を選ぶ心は、あたしよりも何百倍、何千倍も強い心と熱心な希望を持っているのだった。
「じゃ、またね」
去っていったソフィアを横目に、あたしは水を飲んだ。頭のてっぺんから足の爪先まで水分が染み渡る感覚がして、とても心地よい。
ゴクン、と喉が音を立てて水を飲み込んだ。
外では民が買い物をしたり、集まって会話を楽しんだりしている。
「はあ……」
手に入ることのない生活だとは判っている筈なのに、何故か届くものだと心が錯覚しているせいで、どうしても羨んでしまう。
民は今日も平凡、でも平和な生活を送っている。それに比べあたしたちは、新鮮、でも危険な生活。
「あれ……?」
あたしは数か月前の出来事を思い出した。
あたし……自分で望んで今ここにいるんじゃないの? 取り残されるのは嫌だ、って望んだんじゃないの? じゃあ、他を羨むこと自体愚かなことなのでは? そう思えてきた。
自分には自分の、他人には他人の楽しみがあるのだから比べることなど不要。自分の持つもののいいところを見つけるのみなのだ。
あたしは飲み終わったコップを洗って、乾かす。そして部屋を出て、アネラたちがいるであろうエントランスに行った。
「あ、レウェリエ」
やっぱり何か話していたのか、アネラ、雷姫、ソフィア、エレナが円いテーブルに座って何やら計画を立てているようだ。
「来て来て」
手招きされたので、あたしはアネラの隣に座る。
「これ」
雷姫から一枚の紙を渡された。ここは自力で読んでみよう。
「ア……ウ……ロ……ス……に行く方法?」
アウロス。確か、ムルシエラゴの住む世界だって桜華が言っていたような気がする。
「そう。異世界アウロスにあたしたちは行って、そこにいるデスグラシアを倒さなくてはならないの。で、そこに行くには『パライソ・デスペディータ・プエルタ』の橋を渡り、扉を開かなくてはならないの。だが今それは封鎖されている。だからどういう魔法を使えばそこを破れるか、考えているところなの」
早口で説明したアネラは、額に指を当てて考え込んでいる。
確か、パライソ・デスペディータ・プエルタは、このエステラという理想郷から離れなくてはならない場所。小さい頃には「いい子にしてないと『パライソ・デスペディータ・プエルタ』から人間界に連れていくよ」と散々言われたものだ。
だが四代目王、アブラアンによる強い魔法により、現在も固く閉ざされている。きっと、アウロスを独裁する父親、ライナスに嫌気が差したのと、自分なりのムルシエラゴへの贖罪なのだろう。
しかし、今ここ、エステラにいるムルシエラゴは何処からどういうルートを辿って来たのだろう。ソフィアも、元はアウロスにいた筈。
「ねえソフィア」
「何?」
相変わらず考え込んでいる三人は置いといて、ひとまずソフィアに話を訊くことに使用。
「ソフィアってさ、アウロスからエステラまで、どういうルートで来たの?」
ソフィアはまた考え込む。何か言えないことでもあるのだろうか。いけない方法で入って来たとか……。
「実はね、あたし……リーナ様とレーナ様に連れていかれたの」
「……えっ??」
リーナ様……お姉様とあたしに……連れていかれた?? 嘘でしょ??? しかも彼女はムルシエラゴ。お姉様、あたしはムルシエラゴに対して強い恨みを持っているのに。
「未だに、信じられないのだけど、リーナ様が『悪魔の狼娘よ、あなたのその命を救います』って言って、レーナ様が『善き心を持ち生まれた悪魔の狼娘。星の降る楽園に、あなたを逃がします』って。あたしは光に包まれて、気が付いたらエヴァの教会の前にいた……って感じ」
光に、包まれた。光。それは即ち、星明り。お姉様とあたしが使う魔法は、星明りの他ないのだ。
アブラアンの使った魔法は何種族なのだろうか。
「ねえ、アネラ」
「ん~? 何?」
考え込みすぎて頭痛がするのか、こめかみを抑えるアネラ。頭痛がしては考える力も湧かないだろう。あたしは「エステラ・ドロール・クラシオン」と呟いてアネラの痛みを消し去った。
「ありがとう……で、何?」
「あのさ、アブラアンが使った魔法の種族って、何かな?」
アネラは頷き、答える。
「多分、『宇宙』……だと思う」
宇宙属性。星属性よりも高度な魔法を求められ、誰も見たことのない宇宙を操れるほどの能力がないと、自由に操るには難しい魔法だ。だが、宇宙魔法は本気を出せばエステラを破壊できるほどのエネルギーを持つ。だから、使い方には最も注意しなくてはならない魔法だ。
「宇宙魔法で『パライソ・デスペディータ・プエルタ』は閉ざされている。だから、それを上回るほどに強い魔法が必要。だからそれがどんな魔法か、っていうのを今考えている」
もう考え尽くした、とでも言いたげな疲れた表情であたしを見る雷姫と同様に、皆もう疲れ切っていた。ここはあたしが頑張って案を出すしかない。
宇宙魔法。頑張れば本当に簡単なものは取得できるだろう。あたし、星種族だし。だがそれを覚えるまでの時間が途轍もなく長い。ムルシエラゴの侵略が進むのも時間の問題だ。
……魔法が無いなら、作ればいい……??
とっさに思い浮かんだこの考え。いやいや、安直すぎるし、ただの星魔法の使い手が魔法を作るだなんてできる筈がない。だからこの考えは没!! ああ、なんかないかな……。
待てよ?? 全ての魔法は、それを作る人がいる。絶対に誰かが作らないと、新しい魔法は生まれない。ということは?
決めた。あたしは席を立ち、自分の部屋に戻る。
「あ、ちょっと!」
アネラに止められても構わず、あたしは自分の部屋に飛び込んだ。そして桃姫に貰った魔導書、本棚にたまたま置いてあった魔導書を開く。中には呪文、魔法陣が数えきれないほど書いてあった。
あたしは一ページ、びりっと破く。躊躇なんて一ミリもない。
窓から差す日光に魔法陣を照らした。日光が透けて、魔法陣の模様が細かく見える。
どうやらこの魔法陣は悪魔を呼び出すもののようだ。何故判ったかと言うと、魔法陣の中心に悪魔を思わせる絵が描いてあったからだ。魔法陣は円と六芒星によって大まかに構成されていた。これは魔法陣によって五芒星だったりと様々である。
周りには悪魔の真っ黒な瞳孔を思わせる黒い丸。桔梗色がベース。……ということは、これはムルシエラゴを呼び出す魔法陣……!!
いや!! こんなの誰が使うねん!! 危険危険、捨てよう……。ってあれ?
ムルシエラゴを呼び出す、つまりはアウロスに繋がるっていうことだよね!! じゃあ、これをパライソ・デスペディータ・プエルタで使えば、アウロスに行くことができる!! そういうことになる!!
あたしは部屋を飛び出した。
「ねえ聞いて聞いて! 世紀の大発見!!」
あたしがいきなり戻ってきたので、四人ともギョッとしたような目であたしを見てくる。
「どうした?」
アネラが「もう疲れました」みたいな表情で訊いてくる。ほかの三人も同じような感じだ。
「アウロスに繋がる魔法陣を見つけた!!」
「えっ!!??」
四人全員が一様にあたしの方を向いて叫んだ。あたしはドヤッと笑う。たまには威張りたいのだ。
「この魔法陣はムルシエラゴを呼び出すもの。だから『パライソ・デスペディータ・プエルタ』で使えば、アウロスに行けるということになる!!」
「それだ!!!」
またもや四人が声をそろえて叫んだ。
「レウェリエ、たまにはやるじゃん!」
「たまには役に立つな」
「すごいよ! レウェリエがこんなこと発見するなんて千年に一度あるかないかだと思ってたのに!!」
「全然役に立たないと思ったらこんな大発見もするんだ……」
ん? 皆あたしのこと褒めていると見せかけて、軽くディスってない? 傷つくから辞めてもらいたい。
でも、ひとまずアウロスに行く方法を発見できた!! やった!!
まだ終わったわけではない。あたしはエステラの平和を取り戻すまで、命を捧げるくらいの覚悟を持たなくてはならないのだ。
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