第17話 狩り


 森の中へと足を踏み入れた私たちは、さっそく一匹の害獣と対峙していた。

 それは比較的小柄な四足歩行の、一見愛らしい外見をしている害獣だった。


「ペリットちゃん、あれは見たことある?」

「いえ……」

「あれはパーキャットっていうんだけど、こういう森の浅いところにっよくいる害獣ね。危険度もそこまで高くないから、あれを仕留めてみてくれる?」

「はい」


 私は師匠の指示通りパーキャットに狙いを定めると、仕込みをしてから小手調べに斬撃を飛ばす魔法を放った。


「───はっ!」


 私が力を入れて声を上げると、その声に反応したパーキャットが警戒するように飛び下がった。

 その直後、私が放った斬撃が先程までパーキャットが踏みしめていた地面をえぐり、小さな土煙を撒き散らした。


 その様子を見たパーキャットは逃げるように跳躍しようとしたが、左後ろ脚だけがまるで地面に縛り付けられているように動かず、そのままバランスを崩して地面に倒れ込んだ。

 私がその隙に再び斬撃を放つ魔法を放つと、パーキャットの首は音もなく飛んでいった。


「……どうですか?」


 出来を確認するように私が師匠の方を振り返ると、師匠は何か考え事をするような顔をしていた。


「さっきの魔法、あれは陰縫い?」

「陰縫い?」

「ペリットちゃんが最初に仕込んだ、パーキャットの動きを封じた魔法のことよ」

「えっと……陰縫いが何かわからないのですが、あれは土を変質させる魔法です」

「土を……」


 師匠は何かをボヤくように口を動かしたが、すぐに首を振った。


「なんでもないわ。それより死体の処理をしましょう。やり方はわかる?」

「いえ、まだ教わっていなくて……」

「教わる……?まあいいわ、わからないのなら教えるわね」


 そう言って師匠はポーチから小型ナイフを取り出すと、慣れた手つきでパーキャットの腹を切り裂いた。


「基本的に小型から中型の害獣に関しては、まずは腹のところから皮を剥ぎ取るの。今回の場合は頭が断ち切られているから楽だけど、高く売りたいならどこの部位も切り離さずに、なるべく傷つけないことが大事ね」

「……」


 高く売るなら、という話に、私はある種の衝撃のようなものを覚えた。

 たしかに、ハンターというのは害獣を狩ることで生計を立てているのだ。最初に出てくるのはそういう視点だろう。

 ただ害獣を狩ると一言で言っても、今まで私がしていた狩りとは異なるのだということを、実感せずにはいられなかった。


「次に中身だけど、パーキャットの場合は大した値打ちにもならないし保管も大変だから、その場で食べてしまうか埋めてしまうのが一般的ね」


 そう言いながらも、師匠は迷わずそのパーキャットの肉塊を地面に埋め始めた。


「食べないのですか?」


 私がそう聞くと、師匠は少し呆けた後に困ったように笑みを浮かべた。


「……食べるって言っても、あんまり美味しくないのよ。これを食べるのはお金に困ってる新人ハンターくらいね。そもそも、中級者以降はパーキャットなんて相手にしないけど」

「そうなんですか……」


 美味しくないと言われても、狩りをした獲物の肉を食らわないということに抵抗があった私は、表情を和らげることができなかった。

 その様子を見た師匠は、真剣な顔で私に向き直った。


「ペリットちゃん、狩りの経験はあるのよね?」

「はい」

「それは、自分が生きていくため?」

「自分が……」


 師匠の質問が理解できなかった私は、ただ困った表情を浮かべることしかできなかった。


「……ハンターは、他人のために狩りをするの。街を守るため。物を欲しがっている人のため。そのために、ただ相手の命を奪うのよ。そこに、命への感謝なんてものはないわ」

「……」

「ペリットちゃんは、山村で育ったのでしょう?きっと、ハンターというのは彼らの教えとは相異なる信条を持って狩りをしているわ」


 その言葉は、私の中にすっと溶け込んでいった。

 私が感じていた違和感───いや、この嫌悪感は、きっと師匠の行いが私に教え込まれた精神に反するものだったからなのだ。


「その考えは……捨てなさい」


 師匠は、厳しい顔つきでそう言い切った。


「その考えを否定するわけではないけど、少なくともペリットちゃんにとって、その考えは足枷にしかならないわ」

「……わかりました」


 師匠の有無を言わせない物言いを前に、私はそう答えることしかできなかった。

 私は胸が締め付けられるような気持の中、師匠がパーキャットを埋めている様子をただ眺めるのだった。

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