第6話 決意
「魔族を……殺す……」
その言葉は、私の胸にぐさりと突き刺さった。
人と魔族が争い、殺し合いをしているというのは知っていたことだ。それでも、目の前のカーミアさんの言葉には、今まで感じたことのなかった重みが含まれていた。
「そう。魔族のことは、知ってるかしら?」
「……はい」
「なら話は早いわね。私たちの仕事は、魔族を殺すこと。例えそれがどんな魔族であろうとも……ね」
カーミアさんは冷たい眼差しのままそう言い切ると、ふっと表情を和らげた。
「でも安心して。別に、ペリットちゃんにもそうしろって話ではないわ。ペリットちゃんは、レナっていう帝都で商人をやっている知り合いのところに連れて行ってあげるからね」
そう言ってカーミアさんは私の頭を撫でてくれたが、私は気が気ではなかった。
私の頭を撫でるカーミアさんの手のすぐ近くには、お団子で隠している二本の角がある。
それがバレたら、私は殺されてしまうのだろうか?
そう思うと、恐怖で体が動かなくなってしまう。
そんな私の様子を見て、カーミアさんは微笑みを浮かべた。
「ふふっ、そんなに緊張しなくてもいいのよ?魔族って言っても、魔王が消えてからは滅多に見ることもなくなっちゃったんだから」
そんなカーミアさんの言葉を聞いて、私の中に先程まであった恐怖が噓のように飛んでいった。
「消えた……んですか?」
私は私の頭が動き出す前に、そう言葉を漏らしていた。
魔王が消えたなんて、村の人たちは一度も言っていなかった。
いや、そもそもあそこは魔族どころか人ともかかわりが少ない街だから、情報が伝わっていなかったのだろうか?
───魔王が消えたなら、この人たちは何と戦っているのだろうか?
そんな疑問に答えるように、カーミアさんが口を開いた。
「あら……今の子供たちにはそんなことも教えられてないのかしら。……まあいいわ、教えてあげる。魔王が消えたっていうのは───」
それからカーミアさんは、十二年ほど前に魔王が、ジルダニケ王国の勇者一行と共に姿を消したこと。それ以降魔族が姿をくらましたこと。そのことから人々は勇者が魔王と相打ち、魔族の脅威は去ったのだとして歓喜したということを教えてくれた。
「───それから私たちは繫栄を続けているけれど……本当に魔族が、魔王が滅んだという保証はないわ。少数だけど、その危険性を訴えている人たちもいるの。その組織が、私たちカナドラというわけね」
「……」
その話を聞いて、私は自分が魔族であるということをさらに裏付けられたような気がした。
それでも、不思議とカーミアさんたちに対して嫌悪感を覚えることはなかった。私はおそらく魔族であろう思っても、同じ魔族に対する一体感のようなものは一切感じられなかったのだ。
その一方で、なぜ人間である父が私を我が子として育てていたのか。その疑問はやはり、父に会うことでしかわからないのかもしれない。ということも、確信へと変わっていっていた。
「……私」
「……うん」
「……私も、戦えます。だから、戦い方を教えてください」
私のゴールは、帝都に行くことではない。
王国へ行き、父に会うことだ。
そのためには、カーミアさんたちに頼っているばかりではダメだ。
「……えっと、そんなつもりで言ったのではないわよ?ペリットちゃんは、何かあったら私たちが守ってあげるから───」
「違うんです!」
私は、カーミアさんの言葉を大声で遮った。
「私は……旅をしなくちゃいけないんです。だから、強くならなきゃ……」
きっとこの角は、まだまだ伸び続けるだろう。
私が人として人と接することができるのも、時間の問題かもしれない。
カーミアさんたちを騙すようなことになってしまうが、私はなりふり構ってはいられなかった。
そんな私の様子を見たカーミアさんが、首を傾げた。
「ペリットちゃんは、その……捨て子だってライラが言ってたけれど……」
「捨て子……なのかはわからないですけど、私には目的があって……ジルダニケ王国を目指してるんです」
「……そう。でも、王国に行くだけなら別に強くならなくても、帝都でお金を稼いでいけばいいのではないかしら?」
「……それじゃ、ダメなんです……」
何も語れない私は、そう言うことしかできなかった。
カーミアさんはそんな私を見て、ため息をついた。
「……私たちはね、もう二度と魔族に殺される人が現れないように───もう人が戦わなくて済むために、魔族と戦っているの。ペリットちゃんみたいな子には、戦いを知らないでいてほしいのよ」
そう語るカーミアさんは、悲しそうな表情をしていた。
私は、それでも私は───と唇を噛みしめた。
「……でも、魔族と戦うことはなくなっても、外には危険な生き物がいっぱいいます。私は山で育ったから、自然の怖さを知ってます。魔族との戦いが終わっても、人の戦いが終わるわけじゃない……と思います」
そう言ってカーミアさんを見ると、カーミアさんは驚いたように私を見つめていた。
そして、カーミアさんは諦めたように表情を和らげた。
「その通りね。……その通りだわ。……わかった。私たちは魔族と戦うのが専門だけど、害獣───貴方の言葉で言えば外の生き物ね。その害獣との戦闘ももちろん仕込まれてるから、教えてあげられることは教えてあげる。それで帝都に着いたら、ハンターにでもなるといいわ」
「ハンター……ですか?」
「そう。害獣討伐を生業としている人たちね。他にも採集とか護衛とか、害獣の危険が及ぶ仕事をしている人たちの総称よ。ハンターは国境問わずの組織だから、それで王国へと渡ればいいわ」
「……はい!」
私の返事を聞いたカーミアさんは、どこか懐かしそうな顔で微笑んでいた。
その優しい眼差しは、私に春の訪れを告げているようだった。
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