旅の始まり
第1話 苦悩
春の山は、活発だ。
冬の間に眠っていた動植物たちが目を覚まし、それぞれの音色を奏で始める。
そして私もまた、そのハーモニーの一部となっていた。
「……ごめんなさい」
私は、目の前で無残に転がる山狼の死体に手を合わせた。
その死体は大量の虫に食い荒らされたように、肉も皮もぐちゃぐちゃになってしまっている。
ただ決定的に虫に食い荒らされた死体と違う点が一つあり、それは辺りに血の匂いが充満していることだ。
腐敗臭ではなく、血の匂い。つまり、死んだばかりの死体だということ。
当然この山狼を殺したのは、一番近くにいる私だった。
つい十分ほど前、私は一匹の山狼に遭遇した。
山狼は群れで過ごしている生き物であり、こうして一匹だけがはぐれているのは相当珍しい。
そして、仲間との連携を活かして獲物を狩る山狼が一匹でいるというのは、まさに鴨が葱を背負ってやってくるというものだ。
それは山と共存することで成り立っていた私の村では常識であり、まだ幼い私でも知っていることだ。私はすぐさまそのはぐれ山狼に狙いを定めて、狩りを始めた。
結果はもちろん、私の勝利だった。
しかし、勝者の私に待っていたのはご褒美などではなく、獲物を食らうという新たな試練だったのだ。
私は今まで狩りをすることはあっても、獲物をどうこうしたことはなかった。それは大人の役目であり、私にはまだ早いと教えられていなかったからだ。
それ自体に文句を言うつもりはない。実際に私は器用ではなく、解体という作業に魅力を感じていたわけでもなかった。
しかし、結局それは甘えだったのだ。
村を飛び出した私は、現状全部一人でなんとかするしかない。
そして知識もないままに解体作業に手を出した結果が、この無残な死体を造り上げてしまったのだった。
私はなんとか剝ぎ取れた少量の肉以外の部分を土の中に埋めると、その上に薪を並べて火を焚いた。
そして、その火で肉を焼いて食う。
なんでもこれは私の村に伝わる伝統らしいが、私にとっては習慣というものだった。
肉が焼かれていく光景を見ていると、私は急に寂しくなってきた。
はぐれ山狼。私も、人里から離れた一人ぼっちだ。
人が恋しいと思うのは、私が人だという証なのだろうか。
一月ほど前に生え始め、今ではもう髪の毛から顔を出してきた二本の角が、陽の光を浴びて輝いていた。
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