僕らは空を願う
千夜桜
空真と空
僕らは空を知らない。
何故かって?それは、空が屋根で
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ピーンポーン ガチャガチャ
「はーい」パタパタ カチャ「おはよう、
「…はーい」
美柚とは、僕の幼なじみの女の子だ。髪の毛を二つ結びにして、いつもふわふわした服を着ている。
僕は彼女が嫌いだ。別に二つ結びが嫌とか、ふわふわした服が目の毒とか、そんなんじゃない。彼女はいつも学校に行く際、僕の家に来る。毎日あのギャーギャーした声で騒がれる。最悪だ。僕はうるさいのは嫌いなんだ。
「もう準備はとっくのとうに終わったんやろ、はようガッコに行け」
「あっ、おはようにーちゃ!行ってきます!」
僕には兄がいる。高校生で、頭がよくて、物知りで、かっこよくて…僕の憧れだ。兄は、いつも部屋で空の研究をしている。僕は兄から教えてもらった空の情報をノートに書いている。今日も学校から帰ってきたら、新しく分かった空のことを教えてもらおう。
「あー!ようやく来たー!おっそいなぁ、もう!」
「…ごめん」
「声もちっちゃいし!はい、ハキハキ喋る!分かった?」
「…うん」
「もー!絶対分かってないよ!」
美柚はうるさい。いつも僕の悪いところを見つけては、難癖をつける。僕だって好きでこんなにも悪いところをたくさんつけたわけではない。しかも、兄と喋る時は元気に喋るし。
「ねえ!聞いてる!?」
まただ。美柚の言葉の最後はいつも感嘆符が付いている。まあ、文字は見えないけれど。
「何?」
「何?じゃないよ!空真くんのだーいすきな空のことだよ!」
「えっ!?」
空のこと!?…でもよく考えてみれば、僕は兄からいつも空に関する色んなことを聞いてるし、きっと美柚が言おうとしていることも兄から聞いたことがある話だろう。
「あのね、あそこの山あるじゃん?あの山の木の無い地面の所に空に繋がるハシゴがあるんだって!」
「…嘘だ。そんなことにーちゃんからも聞いたことない。第一そんなのがあったら、ラジオとかで放送されるだろうし。」
空に繋がるハシゴ。そんなものがあったら兄が空を調べることは無くなるし、僕らが空を望むことも無くなる。なんてったって、そんな魅力的なものがこの
「ふふふっ」
「…?」
「えへっ、ふへへっ、ホント空真くんって面白いなぁ…空の話になったら食いつくんだから…ふふふふふっ」
「…むぅ」
「あはははっ、“むぅ”って!はははっ」
笑うなんて、美柚は本当に酷い。酷いけど…悪い気はしない。はぁー、よく分からない。
「はっ、それより、ハシゴの話!僕のことよりも!そのハシゴのことは誰から聞いたの!?」
「んー…ゆーちゃんか、りりちーかな?」
「どっち?」
「もう、私は空真くんよりもたくさんの人と喋ってるんだから、そんなの覚えてないよ!!」
なっ…!僕だって美柚よりかは喋ってないかもしれないけども、それでも毎日五人くらいとは喋ってる。
「あっ、思い出した!ゆーちゃんとりりちーと学校から帰ってる時に、ゆーちゃんのとこのねーちゃに聞いたんだった!私ったら記憶力いいなぁ!へへっ、褒めてよ空真くん」
「ゆーちゃんって誰?」
「…」
「ねぇ、聞いてる?」
「…」
「ちょっ、無視はいけないんじゃないっけ」
「…空真くんはいつもやってるじゃん!こーゆー時だけ自分を肩に上げて!」
…ん?“肩に上げる”?それを言うなら…
「それを言うなら“棚に上げる”だろう?」
「へぁっ!?わ、私、間違えてた!?は、恥ずかしい…」
「まあ、誰にでも間違いはあるし…」
「そっ、そうだよね!うんうん!じゃあ、ゆーちゃんにハシゴのことは聞いとくから、今日は一緒に帰ろーね!」
「え…」
「約束だよ!靴箱で待っててね!じゃ、あっちの方でりりちーが見えた気がするから、走るね!バイバイ!」
そう言って美柚は走り去ってしまった。美柚と一緒に帰るのは嫌だけど、空の話が聞けるなら嬉しいかな…
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キーンコーンカーンコーン
「終わった…」
今日の授業は全く身に入らなかった。空に繋がるハシゴのことで頭がいっぱいだったからだ。美柚はどんな情報を聞き出しただろう。
「おっそい!空真くん!」
僕が靴箱に行くと、もう美柚は来ていた。相変わらず速いな…
「ごめん、美柚」
「えっ!?」
「?どうした?」
「いや空真くんが素直に謝るの、珍しいなと思って…びっくりしたよ!」
「そっか」
「あっ、ハシゴのことなんだけどね、やっぱりあの山にあるんだって!ゆーちゃんのねーちゃが見た、って言ってたんだって!だから今日、見に行こ?」
「…は?今日?」
今日はさすがにちょっと…心の準備とか出来てないし。ハシゴのこと兄に伝えたいし。
「今日じゃなきゃどーしてもダメなの!明日は皆で遊ぶ約束があるの!」
「じゃあ、僕が明日一人で見に行くよ」
「ダメ!私も行きたい!」
「じゃあ、都合が合う日にし」
「今日がいいの!今日って言ったら今日!絶対今日!」
「…はぁ、分かった。でも、一旦家に帰らせて。にーちゃにハシゴのこととか伝えたいし。」
「わぁっ、やったあ!空真くん大好き!」
まったく、
「着いたね!空真くんのおうち!」
「じゃあ、ちょっと待ってて」
「おっけー!できるだけ早くねー!」
僕は急いでドアを開け、階段を駆け上がった。
「にーちゃ!」
「なんやい、騒々しいのう」
「ねえねえ、空に繋がるハシゴがあること知ってた!?」
「空に、繋がるハシゴ…?」
僕は兄に空に繋がるハシゴの事を話した。案の定、兄も困ったような顔をしていた。そしてすぐにパソコンに体を向け、何かを打ち込んだ。
「…くふっ、ぶははは!」
突然笑いだした。そんなに面白いことでも載ってたのだろうか。
「にーちゃ、どうしたの?」
「ぐふふ、ふふっ、どうしたも何も、お前は騙されたんや!ここらの地図を見てもそんなもん載っとらんがな!」
「いや、僕も嘘だと思ったんだ!でも、本当に見た人がいるんだって美柚が…」
「はーん、美柚ちんがねぇ、、、美柚っちはお前にキョーミ持ってもらいたくてウソ言ったんじゃね?」
「違っ、美柚が見たんじゃなくて、美柚の友達のねーちゃが見たって」
「ふーん、それ、どこら辺?」
「えっと…確かあの山、この村で一番高い」
「へー、そー」
兄はまたパソコンへ向かった。…こんなに兄に馬鹿にされたのは初めてだった。びっくりした。何か気に触ることでも言っただろうか。
「…無いわ」
「えっ…」
「やっぱしお前はダマされたんだよ、かわいそーにな」
「美柚は僕を騙したりしない!にーちゃだってその事はよく知ってるだろ!」
「…好きなのかよ」
「はっ!?」
な、何言ってんだ兄!美柚は僕を騙さない。それだけで何で好きに繋がるんだ。兄は想像力が豊かすぎだよ…
「…なーんちゃって。お前が美柚っぺを好きじゃねー事なんて知りまくってんだからよ」
「悪い冗談やめてよ、にーちゃ」
「へっへへーん、俺は世界一ジョークが好きなのさ」
…嘘だ。兄はそこまで冗談が好きな方じゃない、多分。僕がちょっとした冗談を言うとすぐ怒るし。
「空に繋がるハシゴは地図には無い。でも行くんだろう、山に」
「うん、にーちゃも来る?」
「いんや、いかねー」
やっぱりそうか。兄が来てくれれば百人力だったんだけど、まあ仕方ない。
「じゃあ、行ってきます」
そう言ってドアの前に立った。…兄が喜んでくれると思ったのにな。
「おい、空真。なんかあったら絶対に美柚を命を賭して守れ」
「…え」
「じゃ、はよう帰ってこいよ」
「ちょっ、ちょっと兄、それってどういう事だよ」
「さっさと行けって。美柚りん待ってんじゃんか」
「あっ!」
うわ、早くするつもりだったのに、すっかり遅くなってしまった。やっぱり兄と話してると時間が早く進むな。
「…あぁ!遅い!何やってたの!」
「ご、ごめ、はぁっ、美柚っ、はぁっ」
「早くって言ったのに!あと、どうしてそんなに息切れしてるの!?まさか、階段を走って降りたからとか言うんじゃないよね!?」
うっ…図星だ。い、いやいや、階段以外にも廊下を走ったし!
「はぁ、空真くんは体力がないなぁ」
「…むぅ」
「あははっ」
そんなことを話しながら山へ歩いた。こんなことをしたのはとても久しぶりだったからとても、いや、違う、断じて違う。少し、ほんの少し、楽しい。
「なーにそんなに難しい顔してるの、笑って笑って!」
美柚はどう思ってるのだろう。僕のことや、こうやって一緒に歩いていること。…楽しい、と思ってくれたら、とても嬉しいのに。
そんなことを思っていると。
「わはっ、着いたね!」
「うん」
「ひゃっほーう!」
あの山に着いた。美柚は駆け出していた。僕もその跡を追う。美柚しかハシゴのある場所を知らないからな。
しばらく行くと、美柚が立ち止まった。僕の目にも衝撃の光景が映っていた。
「空真、くん、これ…」
「こっ、これは…」
僕らの目の前には、あの空を覆う屋根に繋がっているハシゴがあった。そのハシゴは錆びており、年代物のような雰囲気を
「ほっ、ホントにあったんだ…あっ、そうだ!」
突然美柚が声をあげた。なんだ?
「ねぇ、ジャンケンして負けた方がこのハシゴを登ろうよ!」
「はっ?」
登る?こんな、人が乗れば崩れそうなハシゴを?
「はいっ、じゃあいっくよー!さいしょーはグー、じゃーんけんぽーん!」
僕はパー。美柚は…
「やったぁ!勝ったぁ!!私がチョキで、空真くんはパーだもん!わーい!!」
そう、美柚はチョキだった。つまり、僕がハシゴに登らなければならないということだ。
「じゃあ、頼みましたよ?空真くん」
「…やりたくないんだけど」
「だーめ、ちゃんと登ってね!大丈夫、降りてくるまで待っとくから!安心して!」
はぁ。もう何を言っても無駄だ。早く終わらせて早く帰ろう。兄が待ってるし。
カタンッ、カタンッ、カタンッ。だんだんと地上から離れていく。
「……!……?………!!」
美柚が何か言っている。風が強くなっているので、上手く聞き取れない。かといって、僕が声を出しても、上手く聞き取れないだろうな。
カタンッ、カタンッ、カタッ。気がつくと、
もう屋根に手が触れる所まで来ていた。終わった。早く降りよう。
そう思った時だった。屋根に正方形のハッチのようなものがあることに気付いた。色あせた文字で、“危険・注意”と書かれていた。なんだ、これ。今までどうして気づかなかったんだろう。
だんだん好奇心が
ハッチの取っ手に手をかけた。駄目だ、早く降りよう!心の中でそう叫ぶ。でも、この好奇心を抑えるのは無理だった。
カタンッ、ブワッ。ハッチを開けると風が吹き込んできた。思わず顔を背ける。そして慎重に一歩一歩進む。
屋根の上に上がると、風もほんの少しだけ弱まった。そして上を見上げる。
「うわっ…」
上は真っ暗だった。いや、藍色?青?向こうの方は少し赤らんでいる?もしかして、これが空、なのか…?でも兄から、空は青いって聞いたはずなんだけど。でも…
「綺麗だな…」
そう思わず口に出してしまうぐらい美しかった。こんな色、人間には作れない。これがもし空なら、独り占めしようとした気持ちも分かる。まあ、空に屋根が作られた理由は今も分からないけど。そんな思いに浸っていた時だった。
「お前、誰だ!どうしてここにいるんだ!」
「えっ…」
屋根の上に人がいた。その人は銃も持っていた。そしてその人は近寄ってくる。
「おい、何か応えろ!聞こえてんだろ!さもなくば撃つぞ!」
怖い。いっ、今ならハッチを開けてハシゴを降りれば。
パァン、パァン。
「ガッ、ハッ…」
ポタ、ポタポタ。僕の胸から、僕の腕から血が垂れる。え…僕、撃たれた?
「撃つって言ったろ、何か言やぁ痛くしなかったのに」
「う、うわぁぁぁ!!!」
死ぬ、死ぬ、死ぬ。胸から血がでてるってことは、胸を撃たれたのか!腕も撃たれて、このままじゃ失血死する!
「た、助け、ゴフッ」
口からも血が溢れ出てきた。もう喋れない。あまりの恐怖と衝撃で痛みとかよく分からなかったけれど、だんだん痛みが酷くなってくる。痛い、痛い、助けて、苦しい…!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「はぁ…めんどくせぇ」
声が聞こえた。あの、銃で僕を撃った男の人の声だ。助けて。そう言おうとしたけど体が全く動かない。
「コイツも災難だったな。まあ、危険とか書かれてたらそりゃーここに来たくもなるよな」
早く病院に連れてって!こんなに血が出てるんだ!
「でもなぁ、ここに入ってきたらもう死ぬ選択肢以外はねぇからなー、ごしゅーしょーさま」
は?死ぬ?ハシゴを登っただけで?なんで、なんで、なんで、なん
「もしまだ生きてたら、ごめんな」
パァン。
それは僕の人生の終わりを高らかに告げる音となった。
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