しんでれらあふたー!

えびせん探偵事務所所長

その少女、少年につき

本名 エラ、十九歳。

誕生日 双月の十五。

右利き。

現住所 ノイシュヴァンシュタイン城、東の塔最上階。


好きなもの お金、甘味、パパ、ママ、鏡。

嫌いなもの 継母、義姉二人、貧乏生活。


特技 笑顔。

自慢 愛らしい顔、純白の美脚。

特徴 世界一可愛い!



趣味─────女装。




愛称────否、蔑称────シンデレラ。





性別─────────────男




◇◆◇


「見て! シンデレラ姫だわ!」


「嗚呼、今日もお美しい.....」


そんな声が遥か下方から耳に届く。

しかし此処────東の塔最上階と城下町とでは、かなりの距離が存在する。

故に当然、会話の内容など聞こえる筈が無い。

つまりは、今の話し声は全て幻聴。

もしかしたら、城下町から満面の笑みで手を振る子ども達すら彼女の幻覚かもしれない。



─────いや、そうでなければ困るのだ。



「ねぇ、どうすんの? ねぇどうしよう!? 僕サマちゃんこのままじゃ処刑されちゃうんですけど!?」


『いや、知らんし.....自分で蒔いた種じゃろ。枯らすも萌やすもぬし次第。後は自分でなんとかせい』


「待ってよ、お婆ちゃん! 僕サマちゃんを見捨てるの!? この超絶ぷりちー美少年のシンデレラ姫様を見捨てるって言うの!?」



『見捨てるも何もぬしが勝手に失敗したんじゃろう? 何の為に十二時で魔法が解けるようにしてやったと思ってるんじゃ?』


「うぅっ.....ぼ、僕サマちゃんのせいじゃないもん.....」


『ふん、相変わらずじゃな。まぁ、どっちにした所で、城内の警備を掻い潜ってぬしを連れ出す事など不可能じゃし.....大人しくその時を待つんじゃな』


「ヤダヤダヤダヤダ死にたくない! どう考えてもおかしいよね!? 何で世界一可愛い僕サマちゃんがこんな目に逢ってるのさ! ちょっと王子サマ誑かしてちょこっと贅沢したぐらいで首ちょんぱなんて割に合わないよ!」


『何が割に合わないじゃ…継母と、義姉二人をあんな惨たらしく殺させといて....』


「…あ、あー、あれねー。マジグロかったわー。しょーじき僕サマちゃんもかなり引いたわー。王侯貴族マジ卍.....てか、そもそもあれは僕サマちゃんがやった事じゃ無いし! 王子が勝手にやったんだよ!」


『でもチクったんじゃろ?』


「チクったよ? だってアイツらマジ、うざかったし.....僕サマちゃんの可愛さに嫉妬していっつもちょっかいかけてくるんだよ? 酷くない!?」


『…まぁ、ぬしの境遇に同情せんわけでは無いが.....』


「でしょぉ!? やっぱ僕サマちゃん悪くないじゃん! ちょーっと仕返しに懲らしめてやろうかなーって思って、ちょびーっと王子に告げ口しただけだもん!」


『いや、その『ちょーっと』と『ちょびーっと』がまずかったんじゃろうが.....ぬしは一国の王子と────それも第一王子と婚約してるんじゃ。順当に進めば次期王妃じゃぞ? そんな人物に日常的に嫌がらせしていたのが表沙汰になればそりゃ処刑されるじゃろ』


「じゃー、やっぱり僕サマちゃん悪くないじゃん。僕サマちゃんをいじめてたアイツらが悪いんじゃん! 自業自得じゃん! 慈悲なんてないね!」


『そうじゃな自業自得じゃな。ぬしとおぉんなじ自業自得じゃ、慈悲など要らんのぅ?』


「うぅー違うのー! ちょっとした出来心だったのー!」


『全く同じ事をぬしの継母が首を落とされる直前に言っておったのぅ? 見苦しいぞ。もう、諦めぃ』


「いーやーだー!」



────さて。

窓際の椅子に寄りかかり、手には分厚い本を持ち、この国の未来を憂うように何処か陰のある微笑を浮かべながらも、声だけ迫真で泣き言を漏らすこの少女─────否、この少年こそシンデレラ。



両親を早くに亡くし、継母と義姉二人から奴隷のような扱いを受けながらも、健気に謙虚に生き続け、魔女の妖精の手により艱難辛苦を乗り越えた先、漸く王子と結ばれた儚き少女────。



────と、世間様からは思われている事だろう。


しかし、but。

現実は小説より奇なり。

そして、リアルはフィクションよりも美しくなーい。

ならばこそ、此処で少し考えてみて欲しい。

幼い頃に両親を亡くし、一切逃げ場の無い環境で周囲全てから虐待を受け続けた子どもが────ッ。

ほんっとぉうに真っ当に育つとお思いか?


答えは否。

現実は非情である。

このシンデレラも例に洩れず、当然ながらねじ曲がった。


ねじれ、ねじくれ、ひねくれた。


可哀想な少年は。

母が恋しと泣く彼は。


味方の居ない環境で。

希望は無いと遂には悟り。


────結果、自分に依存した。



水面に映るは、美しき少女。

母の面影を残した可憐な少女。

仕方ないじゃん、居ないのだから。

誰も愛してくれぬのだから。


ならば自分が愛そうと。


彼は自分に依存した。



こうして生まれいづるは自己愛の権化。

他者の愛などどうでもいい。

それより、形のある物を。

今現在の幸せを。


つまりは、金と甘味を持って来い。



泥を啜って嘘を紡いで、遂には一国の頂きにまで上り詰めた灰被り姫は。


しかし、だから少年だった。



さて、もう一度君に問おう。

現実は非情だ。

問の内容は後回しとして、代わりに論点を探る為のヒントを二つやろう。


一、下世話な話、王妃となる女性の最も大切な仕事とは何か。


二、男が子どもを産めるだろうか。



嗚呼、非情。

例え哀しい過去があろうと、王子を騙くらかした男の娘の末路は如何に?








答えは死罪。当然だった。





『では、さらばじゃ。強く生きよシンデレラ』


「ねぇ! ちょ、待ってよ、フェアリー・ゴッドマザー! 僕サマちゃん、今夜、王子に呼ばれてるんですけどぉ! 男だってばれちゃうんですけどぉぉぉぉお!!」


『ハハハハハ、頑張ればぬしとて子を孕めるかものぅ? なんせぬしは──────』


「世界一可愛い超絶ぷりちーシンデレラ! きゃはっ☆」


『.....強く生きよ!』


「ぁあああああああああ!! いがないでぇぇぇぇえ!!!」



無情にも窓から飛び立つ魔女の使い魔、青い鳥。


灰被り姫の叫びは、城下町へと届く事なく、雲一つ無い空へと消える。


それは良く晴れた青い空の下。




◇◆◇



「あんのクソ婆、マジで僕サマちゃんの事置いて行きやがった、ありえねぇ」


─────所詮はトレメインの阿呆と同じボケ老人か。


その呟きを掻き消すように、室内にノックの音が響き渡る。


「は、はーい.....ちょっと待って下さいねっ.....?」


慌てて身なりを確認するシンデレラ。

その間僅か三秒弱。

鏡に映った虚像に微笑み、魔法の呪文をいちにっさんしっ!


サラガドゥーラ♪

メチカブーラ♪

.....ビビディバビディブー



────よし、僕は.....僕サマちゃんは大丈夫。



「どうぞ、お入り下さいな」



可憐な笑顔を浮かべ、灰被り姫は来訪者を迎え入れる。

東の塔最上階に存在するこの一室でシンデレラが寝泊まりしている事は、城内どころか首都外まで噂として知れ渡っている。


次期王妃が住まう部屋。

そんな部屋に平民や一介の兵士。凡俗の類が足を踏み入れる事は許されない。

従って、この部屋の扉を叩く人物はそれなり以上の位を持つ者に他ならないのだ。


加えて、男性となると浮かび上がる候補は自ずと一人に絞れて来るだろう。

此処は王子と婚約している女性が一人で住まう部屋なのだ。

誰であろうと変な誤解は生みたくない。

もし女性以外がこの場に足を向けるというのなら、忽ち噂は城内を直走り、王子と真っ向から敵対する事になるだろう。


未来の王女王妃を誑かし、権力を握ろうとする悪者だと。


或いは王妃を寝取る間男だと。


それは、次期国王最有力候補の人物に喧嘩を売る事を意味する。


扉の影から浮かび上がる男性のシルエットに、その人物は確定する。


「王、子.....?」


「お久しぶりで御座います。シンデレラ様」


─────する筈だった。



「王子、じゃなくて.....えっと、宰相様、ですか.....?」


「ええ、宰相に御座います。あなた様とは婚約の場以来となりますな」


あの日、あの時、王子と共にシンデレラの家へとやって来た─────王子の隣でガラスの靴を預かっていた人物。


現国王が最も信頼し、第一王子派の後ろ盾をも勤める重要人物。


─────宰相。



「ど、どうしてあなたが此処に.....?」


「いえ、お迎えに上がったのですよ─────逃げたいのでしょう? エラ君」



その言葉に周囲の空気が凍り付く。



「安心して下さい。此処には私とあなたの二人しか居りません故」


「どうして、私の事を.....?」


「調べたからですよ。これでも国を預かる身ですので.....重鎮と成られる方の身辺調査は欠かせませんとも」


「私が────僕が本当は男だって事も」


「存じております」


「.....殺しますか?」


直球なその問いに、宰相は一つ苦笑を漏らす。


「私と取引致しませんか?」


「取、引.....?」


「ええ、取引です─────あなたを生きたまま城の外へと連れ出して上げましょう。その代わり、二度と王子に近付かないで頂きたいのです」


取引。

宰相の提示したその条件に、しかし─────



「納得出来ませんね。僕としては─────僕サマちゃんとしては─────飛びつかずにはいられない条件です。文字通りに命が懸かってますから」


けれど


「けれど、あまりに条件が良すぎます。あなたにメリットが何も無い。それどころか僕とこうして会っている事自体がデメリットに成りかねない。僕の事を城の外まで逃がすのと、この場で殺してしまうのと─────楽なのは言うまでもなく後者だ。加えて言うなら、今晩僕は殺されるでしょう。放ってても勝手に死ぬだろう平民にわざわざリスクを犯してまで会いに来る理由がまるで見えない────」



故に



「─────僕はアナタを信じられない」



教育を受けていない狂った少年の出した精一杯の結論に、宰相はポロリと言葉を零す。


「其処に救える命があるのです.....救わないという選択は私にはありませんよ」


「でも、あなたは宰相だ」


宰相。

それは国の事を最も────それこそ国王よりも、考えていなければいけない人物。


アナタの選択は間違っている。

言外にそう告げる灰被りの少年に、宰相は再び口を開ける。


「そうですね、私は宰相です。確かにあなたを助ける事によって生じる利点は微々たるものでしょう。その裏に潜む不都合の方が余りに大きい─────それでも、メリットはあるのですよ───〝宰相〟としてではなく〝人〟としてのメリットが」


若くして国王の右腕として活躍する青年。

二十歳前半くらいだろうか。

互いに若年で国の上層へと上り詰めたという点に於いて、この二人は余りにも〝似ている〟。


立場で己を律する青年と。

壊れた仮面を必死に抑える少年。


この二人は余りにも─────似ていた。



「エラ君─────愛する方を自らの手で守りたいと思う感情は.....届かない相手の隣に居たいと願うこの想いは─────人として間違っているでしょうか?」



立場を捨てた青年の顔は─────夕日よりも尚、朱く染まっていた。



◇◆◇



さて、二人は駆け落ちハッピーエンド。

.....なんて、なると思ったら大間違い。

そこは腐っても現実君。

彼は何時でも空気を読まない。

告ってめでたくハッピーエンド?

そうは問屋が卸しませんとも。


そんな訳で、〝起〟から始めて〝承〟を蹴飛ばし〝転〟へと転がり落ちる訳だけれども。


転がり落ちた先は東の塔から歩いて五分、二人は城下町に出るどころか城門にすら辿り着けずに見つかった。

衛兵さんマジゆうしゅー。


現在絶賛大ピンチ。

次々と伝令が飛び交い、視界内の景色が銀鎧を着た兵士で埋め尽くされていく。


「─────道を空けろッ!」


視界内の量産鎧の中の一つが叫ぶ。

その一言に、素晴らしい練度で道を空ける鎧達。

鈍色の世界に、空白が生じる。

そしてその空白すらも、たった一つの圧倒的な原色によって染め上げられる。



────────朱。


朱い。

余りに朱い。


着ている服も、身に着ける装飾品も、肩口まで伸ばした髪も、その鋭い瞳すら────朱い。



余りの朱さに、一瞬、王城が、兵士が、視界の全てが、炎上しているのではないかと錯覚する程に。


それ程までの存在感を伴って、王国次期国王最有力候補─────チャーミング王子が此方へと歩を進める。


「ッ.....王子.....!」


宰相の顔が歪む。


「随分と勝手な真似をしてくれたみたいじゃないか.....宰相」


「わたっ.....私は.....ッ!」


「君はもう少し理性的に物事を捉えられる人物だと思っていたのだが────────思って、信頼していたのだが.....私が間違っていたのかな?」


「私は.....私はッ.....奪われるわけにはいかなかったのです.....愛する人を.....」


「ふむ。そうか。そうだったのか。しかしそれを聞いても私の心は微塵も揺るがない─────連れて行け、ただし傷は付けるなよ」


その指示に、素早く手前の鎧二つが宰相を連行する。


「─────さて」



─────ああ、うん。死んだな。



自らを好きだと言ってくれた宰相は王子の手によって捉えられてしまった。


これから自分は一歩ずつ、処刑台へと向かうのだろう。

十三階段の十段目辺りだろうか、今は。

ほら、また一歩。

これで十一段目だ。


死を覚悟した時、人は走馬灯とやらを見るそうだけれど、そんなものは今更見たくない。

思い返さずとも、酷い人生だった。

ママが死んで、パパが死に、継母と義姉からは奴隷のような扱いを受けて。

唯一の味方だった魔女の妖精にも呆れられ─────見捨てられてしまった。


漸く現れた本当の自分を知っていて尚、〝愛する人〟だと言ってくれた彼も、失ってしまった。


最初から最後まで、何一つとして残っていない。



─────僕は、今日まで一体何をしてきたのだろう?




仮面を被り、欺き、誤魔化し、騙し騙し生きてきた。

失ってもいいように〝愛〟ではなく、替えが利く〝お金〟を求めた。

無くなる事が前提なら傷付かないと〝幸せ〟ではなく〝甘味〟を求めた。



埋まらない空白。

それは穴の空いた靴下のように。

小さな穴なら見ないふり。

大きな穴なら似たような柄の別の布で。

騙し騙し、継ぎ接ぎ、継ぎ接ぎ、生きてきた。



だけれど─────




「王子、私は─────いえ、僕は.....あなたに言わなくてはならない事があります」




最期くらいは─────



「あなたとは結婚出来ない」



はっきりと─────



「男同士、結婚は出来ません.....」


「男、同士.....だと.....?」


王子がよろりと一歩下がったのが分かる。

俯いてても、音で。

目の前の朱色の動揺が伝わる。


「な、何を言っているのだ.....君は.....? 男、だと.....?」



「ええ、僕は─────男、なのです.....」




──────告げてやった。






◇◆◇


転げ落ちた先。

つまりは起承転〝結〟、──今回のオチ。



動揺を隠せない王子は、暫くの間、何やらブツブツと言葉を漏らしていたが、やがて納得がいったのかポンと手を叩き、ずいと顔を近付けてきた。


そして耳元で一言。





「何を言っている、シンデレラ君。私は──────女だ」




その言葉を理解するまで一分以上は掛かっただろう。人生で最も短い一分間だったように思う。


そして灰被りの少年は全てを悟った。



─────ohジーザス、マジかよ王子

──────────王女とか.....。


数十分前の宰相の台詞が走馬灯のように脳裏を過る。


『─────愛する方を自らの手で守りたいと思う感情は.....届かない相手の隣に居たいと願うこの想いは─────人として間違っているでしょうか?』



そっちかよ.....。


兵士に連れられて行く宰相の背中は。

言外に『私に〝男の気〟はありませんよ』と語っているようだった。








何度でも繰り返そう。

『現実は小説より奇なり』である。



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