ノットイナフ、アンドモア
晴れ時々雨
🌑
消毒用アルコールに浸された針を舌の中央から順に貫通させていく。舌の先端を指で引き伸ばしながら、真ん中に1本、そこから奥へ進み2列目に2本、舌の形状に合わせ増やし、時間をかけて今は3列目の3本目が私の舌に突き刺さっている。涙と鼻水と唾液を、純白のガーゼで彼が拭いとる。けれど無駄だった。刺さっている本数は数えれば解るが、それ以上の夥しい金属に蹂躙されているような感覚に陥る。
拘束具を着けていなくとも口が閉じられない。使用した針は全長約5cm、常時肉に触れる部分だけ円柱形で表面に突き出た部分は研磨した刃がついて先細り、そこに触れると刃が食いこんで切れるという特殊な物なので私の唇は縦線の傷だらけだった。
聖域のように白くあり続けた、ゴム製グローブを着けた彼の手とガーゼが私の血液でみるみる血色を帯びる。無機物が生者の汚物によって有機物に成り代わる様が、物質に命を吹き込むかのようで気を昂らせる。
疲労で朦朧とする。そのまま快楽にスライドする。私の舌先にうずくまる針鼠がもぞりと身を捩ると、稲妻のような痛覚の閃光が瞼の裏を走り抜ける。
彼が笑っているか、興奮して汗ばんでいるかどうか知りたいが、麻痺で機能停止した粘膜の分泌物がそれを阻害する。
残された触覚だけを頼りに、針に変貌した彼を受けいれる私は肉塊。
忠も義もない剥きだしの性が、対極にあるはずの感覚をひとつに撚り合わせる。
苦痛と快楽は不可逆の恍惚に繋がり、ひたすら求める先にちらつくのが死だとしても、一度芽吹いた欲望は止むことなく増殖を続ける。
しかしどれだけ望んでも口を封じられた私には死を願う言葉さえ許されてはいない。
ノットイナフ、アンドモア 晴れ時々雨 @rio11ruiagent
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