俺と雄二の黄金時代

哲学徒

第1話

 なにかの気配を感じて耳をそばだてると、窓の方からこつん、こつんという音がした。カーテンを開けると、やはり雄一だった。雄一はとても不安げな目で、こちらを見上げている。

「ちょっと待ってろ」

 俺はパジャマ姿のまま階段を駆け下り、裸足で玄関のドアを開けた。

 雄一は真っ黒な顔をして突っ立っていた。なにか大きなものをタオルにくるんで抱えている。鉄棒のような臭いがどこからか漂ってくる。

「どうしたんだ?」

 尋ねると、雄一はそっとタオルをめくる。よく見ないと分からなかった。タロだ。タロは土手に捨てられたぬいぐるみのようにボロボロになっている。雄一はそっとタオルを顔に戻してやった。

 俺はちょっと待ってろと言うと、物置小屋に忍び込み準備をした。

「行くぞ」

 そう言っても雄一は動けないようだった。代わりにスコップを持つか?と言うと、俺の意図を察したのかゆっくりとついてくるようになった。

 俺と雄一は、一言も話さずに歩いた。学校への道は昼間とは違い、足音が響いた。

 正門の脇の細い道を通って、未舗装の道を渡り、ライト付きのヘルメットをかぶって裏山を登った。時々雄一が付いてきているか後ろを振り返ると、すぐ側にいることがあった。いつも大声で叫んで暴れている雄一が、幽霊のように感じてしまう。

 開けた場所にたどり着いた。月の光が煌々と注いでいて、ここなら作業がしやすそうだ。

「始めるか」

 雄一は動けないようなので、深い穴を作らないとタロが野犬に食べられてしまうと言って立たせた。

 スコップのへりに足をかけて、深く地面に潜らせ土を掬い上げる。文章にするとたったの一行だが、なかなか骨が折れる。俺と雄一は交代で穴を掘り、タロを見張った。土が肌に張り付き、服は汗で湿り、筋肉は疲労を訴えるただただ不快な作業だ。そんなときは、タロとタロを見る雄一に目をやることで自分を奮い立たせた。

 やがて、下半身すべてが入りきる穴ができた。俺と雄一はタロを両端から持って穴の底に置いた。俺と雄一は土もかけず、タオルにくるまれた身体を見つめた。埋めよう、と言ったのは雄一だった。俺は頷いてスコップで土をかけていった。

 一仕事終えた雄一は、木の根元に座り込んだ。俺はリュックの中からタバコとライターを取り出し、雄一に勧めた。震える手で火をつけて、とてもゆっくりと吸い、勢いよく吐き出した。俺もタバコに火をつけた。空にはまだ星が出ている。風がざわざわと木の葉を揺らす。どこかで犬が吠えている。その辺に捨ててあったコーラの缶は、吸い殻で一杯になった。

 タバコも底をつきた。俺は親父から盗んだウィスキーの大きな瓶を取り出した。雄一はそれをぐいぐいラッパ飲みするので、俺も瓶を呷ったが、あまりにキツイので噴き出してしまった。

 それを見て、雄一は声を上げて笑った。俺も、ほっとして気が済むまで大声で笑いあった。

 

 雄一の親父は、酒飲みで競馬狂いだ。日がな一日家の真ん中で寝転がり、酒を飲みながらイヤホンで中継を聞いている。レースで勝っても負けても、親父は酒を飲み雄一は殴られた。雄一はこっそり白い犬に餌付けをして、タロという名前をつけていた。雄一と遊ぶときは、タロも一緒だった。ボール遊びを覚えさせたり、お手を覚えさせたり、一緒に競争をしたり。タロと遊んでいるときの雄一の目は輝いていた。

 タロは雄一の親父に殺された。来てはいけないと何度も教えたのにも関わらず、タロは雄一の家に来てしまった。そこで親父が雄一を殴るのを見てしまったのだ。タロは雄一を守ろうとおどりかかった。親父のそばには日本酒の酒瓶があった。


 俺と雄一は、酒でぐるぐるする身体をじっとさせるために寝転んだ。空はすっかり明るくなり、鳥の声がそこここから聞こえてくる。シケモクを吸おうと空き缶を手探りで探したが、どうしても見つからない。

「おい、雄一」

 よろよろと上体を起こして雄一の方を見ると凄まじいいびきを立てて寝ていた。やれやれ。俺も寝ちまうか。どかっと身体を投げ出して大の字になって目を瞑った。親、学校、近所の人、色んな顔や罵声が思い浮かぶが、どうでもいいかと思い意識を手放した。

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俺と雄二の黄金時代 哲学徒 @tetsugakuto

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