桜色の瞳のマリア

希内冴伎

序章

序章

 数十年に渡る、人間と「ライネル」と呼ばれる悪魔のような種族との争いに終止符が打たれた。


 それは、人間の若き王、ヴァミリオス11世と騎士の中で最高の階級の“グランドアダマス”の称号を持つ騎士イアニスが命をかけて、ライネルの王を倒した事により訪れたものだった。


 王を亡くしたライネル達は、散り散りになり、それ以来、時折人間を襲うことはあったが、大きな争いに発展することはなかった。


 しかし、王を失ったのは、ライネルだけではなく、人間側も同じだった。


 ヴァミリオス11世と共にライネルに立ち向かった王弟の2人の王子もライネルに敗れ、次期王位継承権第一位を持つものは、まだ王を継ぐには若すぎる13歳の王位継承者だった。しかし、ヴァミリオス11世に劣る事なく、有能な知識と判断力を持っており、ヴァミリオス11世も兄弟の中でいちばん可愛がり、その存在を知る者は、誰もが認めるほどだった。

 だが、本人はまだ王位を継ぐ意志はなく、当分の間は、王の側近であったクロエという、騎士の中でも2番目の“アダマス”の称号を持つ者が王の代理を勤めることになった。


 王都アリティアを襲った争いの跡は、悲惨なものだった。城以外の建物の半分はほとんどその原形を留めておらず、生き残った人々は、呆然と座り込む者や、泣き叫ぶ者、息はあるが動けない者……、皆、その瞳から生きる気力は失われてしまったかのようだった。


 そんな街の中を、誰かを探し、1人で走り回る少年が居た。


「リトス!!」


 そう叫びながら必死に探し回り、人気ひとけのない街の外れまで来た時、瓦礫の中から微かな泣き声がすることに気付き、少年はその声の方へとゆっくりと進んだ。


「……うわっ……、おまえ、大丈夫か?」


 そこには、布にくるまれ、埃にまみれた赤ん坊がいた。

 

 少年は、思わずその赤ん坊を抱き上げた。すると、赤ん坊は途端に泣き止み、安心したかのように眠ってしまった。


「どうしよう……。とりあえず、どこか安全な所に……」


 そう思い考えていると、


「ゾイ?」


 後ろから、そう呼び掛ける声に気付き、少年は振り返った。


「リトス!? 良かった。無事だったんだな?」


 嬉しそうに見る少年ゾイの視線の先にいるのは、ゾイと瓜二つの容姿の双子の弟のリトスだった。


「ゾイ……? そいつは?」


 リトスは、少し驚いたような表情を見せたが、ゾイのように嬉しそうな表情は見せなかった。


「ここで、1人でいたんだ。……親か家族が無事ならいいんだけど」


「とりあえず、教会へ連れて行こうぜ」


 不安げなゾイに、リトスは笑顔でそう言うと、先に歩き出した。まるで、何かを隠すように。だが、この時のゾイは、赤ん坊の事に気を取られていて、そんな事には少しも気づかなかった。






 2人が向かったのは、教会の地下に作られた、ライネルの襲撃時の為の避難場所だった。


「神父様! 街外れに、この子が……」


 中に入り、神父を見つけると、少年は駆け寄った。


「おぉ、ゾイ、リトス、無事だったか」


 白髪の神父が優しい瞳を少年たちに向けた。


「リトスを探してて見つけたんです。こいつ、1人だった。周りには、誰もいなくて……」


 神父はゾイの手から、そっと赤ん坊を抱き上げた。

 

「ぐっすり眠っているようだが……、念の為、怪我などしていないか、調べておこう」


「ありがとうございます。神父様」


 ゾイが安堵の溜め息を吐き、赤ん坊を見つめた瞬間、赤ん坊がパッと目を開き、大声で泣き始めた。


 咄嗟に、ゾイは神父の手から赤ん坊を奪い取るようにして抱き締めた。


 ────こいつ、どうして!?


「ゾイ!」


 その理由に気付いた神父は、小さくそう叫んだ。


「今……、こいつの目……」


 驚愕した瞳でゾイを見て言うリトス。その2人の態度と声にビクッと肩を震わせるゾイ。3人が驚いたのは、その赤ん坊の瞳だった。


 人間にはありえない、薄い桜色の瞳……。


 魔法を使う種族の“ミラフェル”にも見られないその色は、紛れもなくライネルのものだと思われた。


 大声で泣いていた筈の赤ん坊は、ゾイの腕の中で安心したかのように再びスヤスヤと眠り始めた。


「安心しなさい。その子は私が預ろう。おまえには荷が重すぎる」


「……嫌です。……だって、こいつ……。俺、知らなくて……」


 動揺しているゾイに神父は再び優しい笑顔を向けた。


「ここは、何処じゃと思うておる?」


「……え、何処……って……」


「絶対に誰にもその子を傷つけるようなことはさせんよ」


 その言葉を聞き、少し赤ん坊の顔を見つめると、ゾイは神父にゆっくりと赤ん坊を渡した。すると、赤ん坊は再び大声で泣き始めた。


「おやおや、困ったのう。どうやら、おまえの方がいいらしい」


 神父がそう言い、ゾイにそっと赤ん坊を返すと、やはりすぐに泣き止んだ。


「こんな状況じゃ、暫くは気付かれはせんじゃろう。おまえも暫くここにおるといい」


「ありがとうございます」


 複雑そうな表情で、そう礼を言うと、ゾイは再び赤ん坊を見つめた。この先の未来に不安をいだきながらも、この子を護りたいという強い思いを胸に……。


 一卵性双生児のゾイ・ディミトリア、リトス・ディミトリア、共に13歳の秋の出来事だった。

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