幼馴染は天涯孤独 〜俺のことが嫌いな幼馴染がやたらと俺に擦り寄ってくる〜
穂村大樹(ほむら だいじゅ)
1章 二人の関係
1話 幼馴染が同居人って普通じゃないよね
高校二年生の俺、
幼馴染とは言っても皆が想像する様に仲が良くて言葉など交わさずとも心を通じ合わせられるといった理想の幼馴染ではない。
そうは言っても幼馴染と言うだけあって子供の頃は兄妹の様に仲が良く、2人っきりで遊んだり一緒にお風呂だって入る事もある仲だったのだが、高校生になった俺たちは所謂犬猿の仲。
一度目を合わせれば暴言を吐かずにはいられないし、どうすれば相手に不快感を与えられるかを常に考えながら罵詈雑言を浴びせ合う毎日を送っていた。
そんな俺たちの喧嘩は、眩しくも暖かい朝日と小鳥の囀りで気持ちよく目覚めた今日という素晴らしい日にも自宅のリビングで行われていた。
「……はぁ。キモいんだけど。私の時間に合わせてリビングに降りて来ないでくれる?」
俺が二階の自室から階段を使って降りてくると、リビングにいた幼馴染の
飯崎はまだパジャマ姿である事からつい先程リビングに降りて来たと考えられる。
飯崎とリビングで2人きりになるという状況は好ましくないのだが、俺の両親は訳あって共働きをしており二人とも朝早く仕事に出ていくのでリビングでは毎朝俺と飯崎が二人きりという最悪の状況が出来上がってしまう。
「合わせたのはそっちだろ。どんだけ俺の事が好きなんだか」
飯崎の罵声に対して俺も罵声を返すが、そもそも飯崎とは同じ高校に通っているので同じ家に住んでいれば起床してくる時間や家を出発する時間が同じになるのは仕方のない事だ。
そんな仕方のない事でもこうして毎日のように飯崎との喧嘩は続いている。
「はっ。幸せな思考回路をしてるわね。羨ましいわ」
ここまで普通に飯崎との会話を進めてきたが、皆が疑問に思う事があるだろう。
なぜ俺と幼馴染である飯崎が同じ家に住んでいるのか、という事だ。
普通であれば兄妹でもない俺と飯崎が同じ家に住んでいるのはあり得ない話なのだが、飯崎は中学三年生の頃に母親、
父親も幼い頃に病気で他界している上に、近親者も誰一人としていない。
飯崎は中学三年生にして"天涯孤独"になってしまったのだ。
そんな飯崎を引き取ったのが俺の両親だった。
俺の両親と羽実子さんは子供の頃からの友人で一番の親友だったらしい。
仲が良すぎて隣同士に住処を構えた事が俺と飯崎が幼馴染になったきっかけだ。
当時は諸々の手続き等に相当苦労したようだが、母さんが「親友の娘は私が責任を持って育てる」と言って聞かず飯崎を引き取る事なった。
飯崎は羽実子さんが亡くなり身寄りが無くなったので俺の家に住む事になった訳だが、当時の俺は不謹慎にも飯崎と一緒に住める事を喜んでしまっていた。
とは言っても、俺自身羽実子さんとは親交があったし羽実子さんが亡くなった時は葬式にも参列したし大声をあげて泣いた。
しかし、当時の俺はどうしようもなく飯崎の事が好きだったのだ。
俺とまだ仲が良かった頃の飯崎は明るく元気な性格の中にもお淑やかさを兼ね備えており、俺が何をしていても俺に合わせて行動してくれたり、辛い時は優しい言葉をかけて寄り添ってくれる様な優しい女の子だった。
そんな飯崎の事を当時の俺はこの世界で誰よりも可愛いと思っていたし、飯崎以外のどんな女の子を見ても可愛いとは思えなかった。
それ程までに大好きで、仲が良かった飯崎と時が経てばこのまま付き合って結婚して子供を産んで--なんてそんな人生のストーリーを描いていた。
しかし、羽実子さんが亡くなってから飯崎の俺に対する態度は一変したのだ。
今まで優しかった態度は急に冷たくなり、俺に対して罵詈雑言を浴びせるようになってしまった。
そうなってしまった理由はやはり羽実子さんがいなくなった事による心境の変化なのだろう。
どれだけ飯崎の気持ちを考えても、実際に母親を亡くしていない俺には飯崎の本当の気持ちを理解する事はできない。
飯崎の俺に対する態度の急変には驚いたが、俺も最初は寛大な心でそれを受け入れようとしていた。
母親を失えば心に傷を負うのは当たり前の事だし、今まで飯崎に支えられてきた分、今度は自分が飯崎を支える番だと意気込んでさえいた。
しかし、中学卒業間際になって俺は飯崎のとある会話を耳にしてしまう。
羽実子さんが亡くなる前、俺と飯崎は毎朝二人で登校していた。そんな事をしていれば周りからは夫婦だのなんだのと冷やかされる事も多々あった訳だが、そんな時間も俺にとっては心地の良い時間だった。
しかし、羽実子さんが亡くなってから俺たちが2人で一緒に登校する回数は激減してしまった。
家が隣同士だった時でさえ毎日の様に2人で登校していたというのに、同じ家に住むようになってからその回数が急激に減少すれば動揺もするだろう。
このままでは飯崎との関係にヒビが入ってしまうと焦りを感じた俺はせめて飯崎との関係を保ちたいと思い、放課後飯崎に「一緒に帰ろう」と声をかけようとした。
その時、飯崎と友人の信じられない会話を耳にしてしまった。
『莉愛ー。一緒に帰ろー』
『勉強しないとダメだし、寄り道無しでも良いなら』
そうか、飯崎は友達と帰るのか……。
飯崎が友達と帰るとなれば俺は飯崎と一緒に帰る事ができない。その事実に落胆しながらも、俺は飯崎に気づかれないようその場を立ち去ろうとした。
『全然オケ‼︎ そんなことより莉愛、最近天井と全然一緒に帰ってないけどいいの?』
--え、なにその聞き捨てならない質問?
それはちょっと興味あるな。まぁ大方羽実子さんが亡くなった事が原因なんだろうけど、他に何か理由があるかもしれない。
申し訳ないとは思いながらも飯崎の回答が気になった俺は教室の入り口付近に身を隠し聞き耳を立てた。
『いいのいいの。あれは私がおかしかっただけだから。何であんな奴とずっと一緒にいられたのか不思議なくらいよ』
俺は自分の耳を疑った。
一緒にお風呂に入るほど(小学一年まで)仲が良かったはずの俺を飯崎はなぜ拒絶したのだろうか。
いや、まぁこの歳になっても大昔一緒にお風呂入った事を引きずってるくらいキモい男ではあるけど。
俺を拒絶する理由は羽実子さんの死で心に傷を負ってしまったからなのかもしれないが、俺は飯崎が放ったその言葉を受け入れる事ができなかった。
その言葉を聞いた日から俺は、そっちがその気なら、と俺を拒絶してくる飯崎に対して拒絶を返すようになってしまったのだ。
その頃からだろう。俺が飯崎を"莉愛"ではなく"飯崎"と苗字で呼び始めたのは。
リビングテーブルの上に準備された朝食を食べながらそんな昔の出来事を頭の中で思い出している間に、飯崎は自室に戻り制服に着替えてリビングへと降りてきた。
「それじゃあ、もう私行くから。私が家を出たからってアンタも同じタイミングで家を出てこないでよね」
「お前と同じタイミングで家を出るなんてこっちから願い下げだね。早く出てってくれ」
「言われなくても出てくわよ‼︎ バカ‼︎」
高校に入学してもう1年が経過しているが、俺たちが喧嘩するのもすでに見慣れた光景、聴き慣れた会話になってしまった。
しかし、先に家を出ていく飯崎の後ろ姿を俺は毎日、飯崎に気付かれないように最後まで目で追っているのだった。
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