第2話 知らなくていいことを妻は隠した、新しい夫も、その結果 

 それは夫の父親に会う前のこと。

 妊娠されていますと医師から聞かされたとき、ジュスティーナは喜ぶことができなかった、夫との子供だから喜ぶべきだろう、だが、医師の何か言いたげな表情に気づき、次の言葉を持った。


 「死産で生まれる確率は高いです、原因は」


 性病ですよと言われて素直に納得できた、自分の夫であるカイン・バークレイは顔立ちがいい、爵位はそこそこでも見た目が良ければ女達は放ってはお

かないだろう。


 「まずは、あなたの安全と治療を、今なら治療も簡単です、それからご連絡しますか」


 妊娠しているから早期発見ができたのだろうと医者はいう、しかし、感染者が男性だと多少の違和感があっても気のせいだと思い、医者にかかる事、病院に行く事もしない為、発見が難しいというのだ。


 「男性の場合、実は、この病気、完治しても体内に」


 医者の言葉にジュスティーナは、厄介ねと呟いた。

 



 その日の夕方、仕事から帰ってきたジュスティーナの話はカインには耳の痛いことばかりだった。

 二度目の再発ということ、見た目からして素人でもわかる明らかに症状は重い、完治するには時間がかかるだろう、自宅では限界がある場合は入院することになる、それも普通の病院ではなく特殊両院だ。

  

 「助けて欲しい、私たちは夫婦だろう」

  

 「ええ、でも、お互いの事には干渉しないと約束したのを別れましたか」

  

 「ああ、だが、今は、そんな事を言ってる場合じゃない」

  

 「一度、診察を受けてみればいかがです」

  

 治療しても無駄という可能性だってあるんですと言われて、カインは言葉が出てこなかった。

  

  

  

 治療はできる、完治も保証される、だが、診察を受けて、これぐらいかかるでしょうと出された請求書を見て驚いた、それも一括で前払いだと言われて

困った、無理をすれば払えない額ではない。

 だが、完治した後の生活が苦しくなるのは目に見えている、妻の彼女だけが頼りだ。

 必死に頼み込むカインに彼女は条件を出した。


 「治療が終わったら離婚してください」

 

 すぐには返事ができなかった、離婚はするつもりだった、だが、それは時期をみてだ。

 跡継ぎを産む為に他の女と結婚することが決まってからだ、それが、こんな形で妻から離婚を言い渡されるのは納得できないとカインは食い下がった離婚など珍しくはない、だが、妻から言い出されたなら話は変わってくる。

 貴族としての対面もある、噂になれば今後の生活にも支障が出るだろうと言い出すと、妻は不思議そうな顔で自分を見た。

 

  

 「わかった、条件をのむ」

 

 離婚を切り出されたことはショックだったが、病気を治さなければという思いがあった、それに自分から切り出したとはいえ、彼女も若くはない、完治した後、やはり、妻である彼女と別れたくはないと言えば思いとどまってくれるかもしれないとカインは考えた。

 誓約書にサインした後、治療の説明を受ける、手術をした後、投薬治療の為、特殊病棟に半年から一年ほど入院することになると聞かされて驚いた、そんなに長く入院生活をするのか、正直、自分に我慢できるだろうか。

  

 「手術の際、体の負担を軽くする為に、手術中、医師の判断で肌や、臓器の一部を切断、摘出することもあります、それも了承済みという事でよろしいですね」

  

 細かいことを、うるさいくらいだ、医者の説明というのは、カインは医師の診断書にためらいもなくサインした。

  

 

 だが、妻との離婚だけではなかった。



 「自分の妻に、どれだけ迷惑をかければすむんだ」

  

 父親にはすまないと思うが、仕方がない、自分を放っておかない、周りの女達が悪いのだとカインは思っていた。

 

 「おまえの治療費を私も出すことにした、彼女だけに負担をかける訳にはいかない、言いたいことがわかるか」

 

 親子の縁を切ると言われてカインは戸惑ったのも無理はない、母が亡くなってからも父だけは味方だったからだ。

  

  

 手術が終わり、全身は包帯でぐるぐるに巻かれていた、顔だけでなく手足、背中、全身の皮膚、至るところに青痣、中には紫色に変色し、腐りかけている部分もあったので、それを切除したと聞かされてカインは驚いた、排泄も看護師や器具でやってもらうこととなり、身動きできない状態だと知ると驚き

よりも絶望で目の前が真っ暗になった。

 

  

 ようやく治療院から出る事ができたときは、ほっとした、だが帰る家がなかった、父親が爵位を返上して、資産、財産をカインの治療費にあてたからだ、以前の屋敷とは比べものにならない小さな家には召使いもいない、いや新しく雇えばいいと気を取り直した。

   

 そうだ、元気になった事を確かめるため出掛けたのは夜の街だ、ところが店に入る事ができなかった、門前払いだ。

  

 「侯爵様、あんたを入れる訳にはいかねえ、うちの女達に病気をうつされたら困るからな」


 「治ったんだ、もう大丈夫だ」


 「お断りだ、治ったっていってもな、性病ってのは再発の可能性だってあるんだよ、こっちは商売とはいえ、生活がかかってるんだ」


 「おまえのところの女が原因じゃないのか」

  

 「なんだと、皆、知ってるんだぜ」

 

  

  

  

 

 自分の息子の妻から別居と互いの生活には干渉せず暮らす事になったと聞かされたとき、カインの父、エヴァンズは申し訳ないという気持ちで何度も頭を下げた。

 容姿だけでなく、中身も息子は妻にそっくりだと今更のように思った、結婚すれば落ち着くだろうと思っていたが、甘かった、子供なら言い聞かせる事もできたかもしれないが、もう遅い、息子は大人だ。

 

 「貴族の結婚とはそういうモノだと割り切っています、ただ、私はもう子供を持つことができなくなったことが残念です」

 

 息子が性病に感染している事を知ってエヴァンズは情けないと思いながら、病院に行ったのかと尋ねた。


 「いいえ、私が言ったとしても信じないかもしれません、妊娠の事も、でも、父親のあなたの言葉なら病院に行くと思います」


 今更、自分が息子に何かを言ったところで二人の結婚生活が変わることはない、仲のいい夫婦に戻ることもだ、エヴァンズは、この時初めて選択を下した。

 

 

 まさか、妻の私が嘘をついているというんですか、目に涙を浮かべて信じて欲しいという妻の言葉を信じた、疑問を抱きながらも。

 だが、そんなものが、どうだというのか、妻が亡くなって後悔したが、遅い、やり直しなどできない。

 はっきりとさせればよかったのだ、だったら、諦めもつく。

 

 貴族ではなくなったこと、治療を彼女が強引に勧めたこと、彼女が子供を持つ事ができなくなったことを知って、二人は結婚に至った。

 自分の治療費に、どれだけの金がかかったのか、聞いても彼女は答えないので、最後には聞くことを諦めた。


 初めての夜を過ごしたとき、親子なのに似ていないと祝われてエヴァンは苦笑いをした、二人で暮らし始め、一月が過ぎた頃、自分の方から彼女を求めた。

 本当は結婚してからと思っていたのだが、確認の為だった。

 

 カインが死んだことを知ったのは数日前のことだ、病気ではない、街で娼婦ともめ事、言い争いになり、女の取り巻きとヒモの男達に、痛めつけられたらしい、下町、貧民街の荒くれ男に貴族、いや、没落して平民となった男が勝てる訳がない。

 平民の犯人捜しなど税金の無駄遣いと、そのままだ。

 

 

 「ああ、金のない者でも、平民を看てくれる、いい診療所だよ、エヴァンズって元貴族様が建てたんだ」

 

 何故、金は使い果たした筈だ、自分の父親が診療所を建てたなど、カインは信じられなかった。

 

 「こいつ、先生の息子だって、嘘ついて金でもたかりに来たのか」

 「嘘じゃない、俺は息子だ」

 「先生にはちゃんと子供がいるんだ、生まれたばかりの赤ん坊が」

 

 妻、結婚だと、自分の父親が結婚して子供ができたというのか、まさか、信じられない。

 腹を、顔を、殴られ、蹴られてカインは息を吐きながら地面に倒れると、そのまま動かなくなった。 

 

 

 

  

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貴族恋愛、男が失うもの 木桜春雨 @misao00

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