——霧の中
ある日の夜、九時くらい。
わたしは桂川沿いを歩いた。
わたしのアパートをでて、淀駅の下をくぐり、五叉路の交差点を渡って坂を上がると土手へ行ける。その土手を歩いたのだ。
寒い冬の夜だったので、濃い霧が立ち込めていて、それはもう真っ白で何も見えなかった。視界三メートルから先はミルクの中みたいだ。たまにリアルな映像のゲームがこんな感じだが、現実を歩いて「まるでゲームのようだ」と感じてみるのも面白い。
ちなみにわたしはゲームをほとんどしたことはない。人がしてるのをたまに見るだけである。
川はまったく見えない。歩いてると袖が濡れる。
対岸には、ぽつりぽつりと光の点が見えるのであった。
わたしはより濃い霧を感じてみたくって、土手を川岸へ降りてみることにした。
下へ降りるとその土に、わたしはカッパの足跡を見つけた。
しゃがんでよく見ても楓の葉の形の、爪の尖った足跡である。
もしかしたらカッパがいるのかも知れない。
わたしはより川岸の方へ近寄ってみた。
奥へ行ってみると懐中電灯の光がチラチラするのを見つけた。青年が何かを探しているのだった。
「何してるんですか」
と聞いた。
「カッパ探してるんだ」
「いるんですか?」
「見ろ、きゅうりが落ちてた」
「……いますね」
そこら地面のあたりにはきゅうりだけでなく、ナスやトマト、あとソーセージや食パンが落ちていた。
「でもほら、ちゃんときゅうりを
たしかに、きゅうりは、齧られていた。
「探しましょう」
わたしたちは川下に歩いてゆくことにした。
深い草むらや、ぬかるんだ泥なども避けずに、苦心して進んでゆくと、そこにまた白衣姿でカッパを探してる人が現れた。
丸くて厚い眼鏡をかけ髭を生やした、何やら教授であろう人物だ。
「やっぱりいるんですかね」
「見てみなさい。ここに、看板が落ちていた」
看板には『河童の山』と書いてあった。
「山? ですか……?」
「ほらあっちの方を見てみなさい。土の盛ってあるところがあるだろ。あれを山と呼んでるんじゃないかな」
「たしかに……いますね。これは」
わたしたち三人はもっと川下の方へ分け行った。いけば行くほど草は深くしげり、茎も硬くなって、歩きづらくなるのだった。もう指の何本も切れて血が出てしまっているが、わたしは諦めなかった。
そしてようやく、わたしたちは段ボールで作ったテントのようなものを発見した。
怖がって誰も近づかなかった。
テントはわたしなら中で十分に足を伸ばせるくらいの大きさであるように見えた。
「僕が行きます」
青年が、震えた声で言った。
「うん。気をつけなさい」
なぜか博士の声も震えている。
青年は足音のしないようにゆっくり近づいて、とうとうテントのところまで来てしまうと、その扉の一枚を掴んで、そうっとはがした。
中は暗くて見えなかった。
青年はまた少し離れて、懐中電灯で中を照らしてみた。
そこには、肌色の大きな物体がうつった。
「なんだろう」
「わたしにもわからん。すまない、君、もうちょっと上の方を照らせるか」
教授がそう言ううちに、中のものはごろりと動いた。そして起き上がってくると、眩しそうにして出てきた。
大きな人だった。
「なんですか?」
肥った人の声で迷惑そうに彼はたずねた。
「あの、あなたは?」
教授が一歩前に出て、『河童の山』と書かれた看板を見せながら聞くと、
「ああ、それ僕のです」
「君の? 河童の山」
「はい名前です。四股名なんです」
「君、相撲取りなのか」
「ええ」
「すまなかった。ゆっくり寝てくれ」
わたしたちは折り返して帰った。帰る途中ナスやトマトを拾っているカッパを見つけたが、カッパより珍しいものを見たので、それほど驚かなかった。
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