——砂浜銀河基地


 こたつを買った。

 暖房がない部屋のあまりの寒さに耐えかねて、ネット上で探した。

 五百円で買った。こんなに安く帰るとは思わなかった。


 ハダカちゃんとラッコちゃんがやってきた。

 ハダカちゃんとはラッコちゃんの紹介で知り合ったのだけれど、彼女はいつもわたしの部屋に来るなり服を脱いで下着姿だけでくつろいだ。ラッコちゃんが彼女のことを「ハダカちゃん、ハダカちゃん」と呼ぶからどういうことかと思っていたが、その時すぐに合点がいったものだった。


「ねえ、海行こうよ」

 ハダカちゃんが言う。流石に寒いので、冬は脱がない。それどころか彼女は、とくべつ寒がりで、小さなこたつの中を占領し、カタツムリみたいになって首だけを出していた。


「もう冬じゃん」

 とラッコちゃん。彼女は食前の準備に雪見だいふくを食べている。


「うるせえな。でも行きたいんだよ」

「全部があんたの要望に行くわけじゃないんだからね」


 案外ラッコちゃんは現実的で深く常識を持っている。この三人の中で唯一定職についているのもラッコちゃんである。

 それに反してハダカちゃんは無頼派である。簡単に道に唾を吐いたりする。人に迷惑をかけないことと、死ぬこと以外は許されると思っている。


 わたしは鍋を掴んでこたつまで運んだ。


「お待たせ。海は、夏になったら行こうね」

「え、文子も来てくれるの。見てぇー、水着」

「水着は着ないよ」

「えぇ私も見たい」

 とラッコちゃんも援護射撃。着るわけないでしょ。


 さて三人で鍋をつつく。今回はなんとトマト鍋である。ぬらぬらと赤い湯気が上がって、お互いの顔は見えなくなった。



 でも、冬の海って良いよね。灰色で、冷たくて、悲しくて、誰もいない星のような感じ。焚き火をしてみたり、暖かくして肩を寄せ合ったり。

 もちろん、部屋でのんびり、炬燵に入ってるのも呑気で好きだが。




 二週間後、三人で車に乗って海へ出かけた。

 車で一時間とちょっと、おっぱま海岸というところである。

 京都は宮津の砂浜の海岸で、近くには日本三景で有名な天の橋立もあるけれど、そこから少し横にずれたところ。


 なぜ行くことになったかというと、ちょうど三人の休みが重なったことと、雨の次の日の晴れなので割に暖かい日(といっても寒いのだが)であることで、わたしたちはラッコちゃんの知り合いの女性に車を借りて出かけた。


 暇らしいので京太郎ものっけた。

 わたしたちはのんびり気楽な旅であった。

 まず向かう先がそれなりに近いところで、移動に疲れない。

 車の運転も、唯一免許を持っているラッコちゃんに任せた。

 それとせっかくだからという軽いノリで宿をとったのだ。帰ることを考えなくていいと、とても心に余裕が出る。


 車の中ではハダカちゃんが、上半身ハダカになって、ダンスミュージックに合わせて首を振っていた。

 昼過ぎに出発して、ホームセンターに寄ったり、スーパーで買い物をしたり、結局到着した時には夕方をすぎていた。けれど、焚き火に使う木と、おやつは買えた。


 天橋立は見なかった。四人とも、観光に興味がなかったのだ。


 冬の海は映画館のフィルム映像の匂い。

 何をするということもない。

 わたしたちは火を焚いて、その近くに座った。


 京太郎はお菓子を食べて、ハダカちゃんはタバコを吸って、わたしとラッコちゃんはお酒を飲んだ。誰も何も言わなかった。

 火はとても大きく燃え盛って、顔が熱くなるのでそのつど角度を変えて調整しなくてはならないほどだった。

 静幸感に満ちる時間であった。

 煙の弾ける空にあがる音と、波の沈む音とだけがあった。


「ねえ、フミ」

 ラッコちゃんがわたしに声をかけた。

「なあに?」

「フミって、自殺しようとしたことあるんでしょ?」

「十九のときね」

「どんな感じ?」


 十九のわたしはある雨上がりの朝、枯れ木の森へ行ったのだった。

 すすきの平野があって、秋だったから風がふくたびにさあっと一面が波打った。その向こうに枯れた樹海が見えて、わたしはそこに向かっていたのだけれど、結局足を踏み入れなかったのだ。


 わたしがその間際で見たものは、死にかけの老狼であった。

 骨は大きかったが、老いて、痩せて、皮ばかりになっていた。

 目や鼻も白くなっていた。


 狼と目があって、オオカミがつまらなさそうに下に目を逸らしたとき、わたしはなんだか落胆されたように感じたのだった。

「その程度で死ぬのか……」と。

 そのときわたしは理由もなく絶望していたし、ただ息ができない気がして毎日悲しんでいたけれど、それでもあの老狼にとっては取るに足らないことであったのだろう。わたしは結局、そのままの足で、家までの十時間近くを歩いたのだった。

 とりあえず、一旦移動して、死ぬことは今度することに決めたのである。

 それから結局生きている。


「初めてちゃんと聞いた」

 ラッコちゃんはまたビールをあけた。

 わたしはもう飲めない。

 ハダカちゃんが京太郎にタバコを勧めているから、止めないといけない。

 そのときふとわたしは、足元の砂に埋まっている何かのかどっこを見つけて、それを引っ張り出した。それは薄いアルミの看板であった。そこには『砂浜銀河基地』とペンキ文字で書かれてあった。


「ねえ、ここ、砂浜銀河基地らしい」

「見せて」

 ハダカちゃんがおばさんみたいな声を出して言ったので、わたしはラッコちゃんに渡して彼女の方までまわしてもらった。

 ハダカちゃんは落ちているものが好きなので、それも楽しそうに眺めていた。


「宇宙人とか探すのかな」

「それじゃあ、砂浜宇宙研究所、とかじゃない。宇宙人開発病院とか」

「じゃあ星見るだけか。でも基地だ。基地ってひびき、あやしいだろ、だからやっぱり宇宙人だ」

「たしかにね」


 すでに京太郎が眠そうにしていたので、わたしたちはホテルへ向かうことにした。

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