——天使
「京太郎くんこそショタの真髄なのよ」
ラッコちゃんはエビフライを齧る。
窓ガラスに映るのは、真っ白な髪、メイド服のわたし。
髪を染めたわけではない。コスプレというものだ。「ハードルの低いのでお願い」と初心者なお願いをするとラッコちゃんはこれを持ってきた。スカートにひらひらのついた白いエプロンのメイド服。カーテンを開けると、ラッコちゃんは喜んだ。
ラッコちゃんは今年の春からいつでもラッコの格好をしている。それで「わたしのことはラッコちゃんと呼んで」と言い渡した。その宣言はまるで大統領に就任して偉ぶってるみたいに、堂々とした光がさしていた。全身が茶色い毛皮で、顔と手首だけ穴が空いていて出ている。そして貝の代わりに少年についての何かを持っている。イラストとか写真とか人形。今日は写真を持っている。京太郎の写真だ。
わたしたちはそのままの格好で祇園のカフェにやってきた。
「この格好なんですけどいいですかぁ」
とラッコちゃんは慣れた風。店員の女の子もまた慣れた風な笑顔で「どうぞ」と、なんとまあ優しい世界である。
わたしはロイヤルミルクティ。ラッコちゃんは大きなパフェ二つ、それにきな粉餅とロールケーキとフレンチトーストにコーヒーを頼んだ。これには店員さんは流石に驚いていたけれど、逆にわたしは慣れた風。彼女はいくら食べても太らない。甘いものなら尚更であった。
彼女が赤子のように大事に抱く写真は、アパートの壁に貼られた小説の切り抜きをしゃがんで読んでる京太郎にこっちを向いてもらい撮った写真で、京太郎というのは、わたしの二つ隣の部屋に住む知り合いの女性の、八歳になる息子である。
ミルクティー色の目の上で真っ直ぐの前髪から、耳の上の髪まで直線が見えるヘルメットのような髪型。
すれた現代男児特有のつめたい目でこっちを見ている。
たしかに、彼の独特な雰囲気をキワだたせるようによく撮れている写真である。
「可愛いなぁ、京太郎。実写にこれほどの逸材が現れるなんて、誰が想像したろうね。あたしもうこの世界に生まれて幸せよ」
「よかったね」
「昔っから色々と調べてたんだけどね。ネットに上がってるのはどれも現実感があってすかなかったの。あーあ、女の子とイチャイチャしてんだろーなぁ、ってかんじ? でもこの子、この暗さ。美しいと孤独は重なると爆発するね。それくらいの作品だよ。こんな子が、まったく有名になってないというところが奇跡的ね」
ラッコちゃんはぱくぱくとよどみなくパフェを平らげてしまった。
「昨日、京太郎と漫画描いたよ。わたしが話をなんとなくつくって、京太郎が絵を描いた」
「漫画好きなの?」
「描いてみたいからってさ」
「どうだった」
「すごい下手だったよ、絵」
「それもいい! すごくいい。ギャプだねギャップ。可愛げがある」
「今度の休日、京太郎と映画見に行くけど」
「誘わないで! わたしは彼の永遠の崇拝者であって、お目通りの機会をたまわうわけにはいかないわ。せいぜい遠くからの拝顔がいいくらい」
「めちゃめちゃね」とわたしは笑った。
彼女は、とはいえ、それほど本気で上げ入れているわけではない。前だって普通に話していたくらいだから。でも今一番楽しいことをこうやって全力で楽しめる性格なのだ。言葉遣いが多少はちゃめちゃになってまで。
わたしのロイヤルミルクティが消えるのと、彼女があまたの糖分を干すのとが、ほとんど同時であった。店を出てメイド服を返しに行く前に、もう少し歩いて楽しもうと彼女が提案して、わたしたちは無性に河原町を歩いた。
彼女はわたしをみて満足気であったけれど、わたしの方はまだやっぱり恥ずかしくって血が出そうであった。体の中で自意識が膨れあがってついには溢れ出ているであろうと、そういう熱を感じて、人の目を気にし、いや恥ずかしがっていてはだめだ、そういうものではない、と思い直し、努めて胸をはって歩くようにしたがそれでもいつも普通に街でいるときとはちがう感覚の扉がひらきっぱなしであった。
「ふみっち何言ってるかわからないよ」
とラッコちゃんは全然平気であった。
どういう感覚で歩いてるのだろうか。
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