百合の花 ー7ー
A(依已)
第1話
次の日、わたしはそそくさと、大きな鞄にギッシリと荷物を詰め込んだ。そして、鞄のわずかなすき間に、パスポートをねじ込んだ。
家族には何の説明もすることなく、こっそりと忍び足で、こそ泥のように家を飛び出した。
母親はしばらくして、何日もなんの連絡もなく無断で外泊しっぱなしの娘の異変に、ようやく気づいたのか、娘の部屋の扉を、勝手に開けた。
たいして物に興味のない娘らしい、こざっぱりとした部屋に目をやった。がらんとしており、いつもとたいしてなんら変わり映えしないのだが、何故だか柄にもなく、棚には綺麗な花が飾られている。
そして、テーブルの上は、いつもキチンと片されいるはずなのだが、なにやら見慣れない物が置かれていた。それは、神経質そうな文字の書かれた、ピンクの花柄の紙切れだった。
母親は、首をかしげて、その紙切れに目をやった。
「なにこの置き手紙?
どれどれ?
"会社には、休暇願いを出しました。
ごめんなさい。
わたしは、お父さんお母さんの期待には、添えそうににありません。
しばらく家を空けます。
探さないでください"
だって。
どうしちゃったのかしら、あの娘」
すでに家を飛び出してしまって、連絡のとれなくなっている娘に、対処の施しようがなかった。
「なにか悩みがあったなら、ひと言相談してくれればよかったのに・・・。
普段どおりのようすだったから、なにも気づかなかったじゃないの・・・」
母親は、そうぽそりと、力なく呟いた。母親とは裏腹に、その目線の先には、美しく飾られ、主人を失くしどことなく寂しげな百合の花が、力強く咲いている。
百合の花 ー7ー A(依已) @yuka-aei
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