大切な日本人形
坊主方央
第1話〜大切な日本人形
「うん、そうなの。最近は物を落としちゃう事が多いのよ。えぇ、そりゃあ気をつけてるわよ。アンタも人の事言えないでしょーもう、あはは。」
住み始めたこのマンションは、とても静かで都会の喧騒を忘れる程に快適だった。でも、そんな良い環境でも、私は何かと面倒事を引き起こしてしまうのよね。
例えば…ここ最近は、何かと物を落としてしまう。会社の自分の机にあったはずのボールペンが紛失したり、いつもは棚に置いてあるはずの小さなリップクリームも紛失してしまった。
「うん、うん。えぇ、小さい事で悩んでるって…もぉーマリッジブルーの人に言われたら何も言い返せないじゃない。あはは」
「え?アンタはあの人が居るって?もう、冗談はやめてよね。知ってるの?あの人は超エリートで、私とは釣り合わないわよ。」
今は会社の同僚で結婚間近の友達と話している。何でも後一週間後に結婚する予定で、何とも羨ましい限りね。しかし友達は、私とあのエリートがお似合いだと言う。
この人は難なく仕事をこなし、そして、社内でのモテ度は凄まじい人だ。でも、私はこの人がとても苦手ね。自分でも分からないけれど、気持ち悪い。
「あの人はね、仕事は凄く出来る人だと思うけれど、私は好きじゃないかしら。うーん……単純に私に対して冷たいのよ…って、笑わないでよね、あはは!」
「うん、うん。っあ、そろそろ切るね。ええー、もうちょっとはキツいってば。うん、うん。おっけーじゃあ会社で、バイバイ。」
私は今日にやらなければならない事を思い出して、早急に電話を切った。その後の静まった部屋では、唐突に悲しくなってきた。周りの結婚ラッシュと融通の利かない上司にネチネチと言われ続けたせいだろう。
「こんな気分で、お人気の手入れなんて出来ないわよ。ホントにあのクソ上司、パワハラで訴えられないかしら!…取り敢えずやらなくちゃね。」
棚の真ん中ぐらいの所には、亡くなったおばあちゃんの形見である市松人形が置いてある。おばあちゃんは本当に楽しい人で、1番に誰よりも私を分かってくれた人だ。
この市松人形はおばあちゃんがとてもとても大切にしていたお人形で、私が引き取ったのである。この子のお陰で私は何とか立ち上がれたから、本当に大切なお人形なのよ。
「ちょっと待っててね、今すぐ、
タンスの引き出しに櫛が入ってあるはずだけど、今日に限ってどこにもなかった。これを紛失してしまうのは、私はなんて馬鹿なんだろう、と思った。
「ごめんね、代用の歯ブラシで我慢してね。明日ぐらいには買ってくるからね。」
市松人形の髪をといていく。この単純な時間が私にとっての楽しい時間だった。腹立ちや泣きたくなる気持ちが、浄化されるのを感じとれるからだ。
しかし、今日はなんだか違うみたいだ。どこからともなく視線を感じる。無機質で冷たい感じの視線だ。
(うーん、気のせい…かな?)
とかし終わると、そんな事は忘れてしまった。いつもの私に戻ってまた多忙の日々を過ごす、はずだった。
「ただいまー、今日も疲れた。」
玄関で靴を脱ぎ、自室に入るとすぐに、ベットへダイブした。しかし、ベットの上にある筈の枕がなかった。
「あれ、床に落ちちゃったりしたのかしら?……ま、待って。ちゃんと今朝にはベットの真ん中に置いてあったわ。も、もしかして寝ぼけていて、それでね?」
今朝は、慌ただしくもなく時間にも余裕があった。だから普段はしないベットメイクを、して枕はちゃんと真ん中にあったのだ。
悪い方向には考えたくなかったので、洗面所に行き、歯を磨こうと歯ブラシを探すが、
「え、え、これもないわ…!一体どうなっているの?泥棒に入られたとか?なら荒らされているはずよね?ど、どうなっているの?」
いつも使っている歯ブラシは、どこにもなかった。私はビクビクと怯えながら、真新しい歯ブラシを使い、その後は枕なしで寝た。
「そうそう、でね、警察沙汰にはしたくないのよね。うん、うん。何にもされてないってば。考えすぎじゃない?」
「…え、何て?やっぱり掃除機をかけながらするもんじゃないわよ、電話は。」
また別の日に、掃除機をかけながら私は友達と電話していた。それからは盗まれてはいないので、一時的なものだと思っていたわ。でも、普段はかけないタンスの下から何かにぶつかる音がした。
「ん?何かしらこれ?ちょっと待っててねー、今何かにあたったみたい…よっ…」
手をタンスの下に入れると何やら固くて冷たい物があった。もしかして、紛失してしまったとばかり思っていた物が見つかったか、と思いソレを拾う。
「…ねぇ、ねぇ、わ、私さ、こんな小さなカメラなんて買った事ないのよ。な、な、なのになんであるの?」
それは小型の隠しカメラだった。私は友達との電話を繋げたまま、まだ隠しカメラがあると思って、探してみた。
「ベットの下、冷蔵庫の上、にあったけど、これって今も撮影されてるよ、ね?」
私は怖くなり、ようやく警察に行くことにした。
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