侍女、ドラゴンスレイヤーになる。美貌の騎士団長に騙されて、子爵令嬢、騎士団に入団?!

中村まり@「野良竜」発売中!

第1話 究極の不運体質

「どうして、こうなった・・・・・」


深い深い森の奥、今、アリサの目の前には、瀕死のドラゴンがいる。


アリサが知らぬ何かの理由により、深く怪我を負っているか、または、具合が悪いのか、そのどちらもなのかもしれない。とにかく、今、目の前には、ドラゴンが目をつぶったまま、虫の息で冷たい地面の上に横たわっている。


国の聖獣ともいわれる神聖なドラゴンだ。


そもそも、この国にはドラゴンなど、その辺にいる訳ではない。むしろ、希少な精霊のような扱いで、百年、いや、数千年に一匹、人の前に現れるかどうか、くらいの生き物である。


「なんでこんな所にドラゴンが……」


やるせなさげに、アリサは一人呟く。


ぐっと涙をこらえ、泣きそうになりながらも、アリサは己の不幸体質をつくづく嘆きたい思いで一心だった。


どういう訳か、アリサは今までの人生において、立ち寄る先々、行く場所で、必ずと言っていいほど、なにかしらの不幸な事件に巻き込まれる。上級侍女から言いつけられて、厨房に食器を取りに行けば、両手いっぱいに抱えた食器を、つるりと滑った瞬間、派手に割ってしまったり、と悲惨な失敗が後を絶たずにひたすら続くのだ。


なぜか、その日、厨房ではなぜか滅多にしない床を掃除したばかりで、滑りやすかったのだそうだ。


厨房にはアリサは立ち入り禁止となり、仕方なく、図書部屋に、本を取りに行かされれば、何故か本棚が何故か倒れてきて、本棚の下敷きになる始末。子供の頃から、そういう体質なのだ。


アリサは王宮で働く侍女である。マルグレータ子爵家の三番目の娘であるアリサは、貴族カースト最底辺を行く。その下級貴族の三女であるアリサは、王宮の中でもやはり下級侍女なのである。


しかし、そこは腐っても貴族子女であるから、かろうじて、庶民とは一線を画して最低限のレベルは確保しているのだが。(庶民は侍女にはなれないので、結局、アリサが最底辺であることに変わりはないのだが)


王宮に上がって、まだ三ヶ月しか経っていないと言うのに、すでにみんなからはドジっ子認定されている。他の人に比べれば、自分はただ運が少し悪いだけなのに。


アリサは軽くため息をつき、悲し気に頭をふった。


結局、あまりにも粗相が多すぎるため、いっそのこと「アリサを外勤にだそう」という情けない事態になった結果、今、アリサは森の中にいる。


その日、アリサは女官長様の言いつけにより、森の木の実や果物を採取にいかされていたのである。さすがに、森の中なら、何かやらかすことはないだろうという女官長様のありがたい恩情のおかげだ。


下級貴族の子女であるアリサは山奥の田舎育ちだ。森の中なら、なんでもこいのはずで、女官長様にも普段のドジを挽回しようと、森なら任せくださいと、必死にアピールした結果、やっと手にいれた森の中でのお仕事なのだ。


そして、名誉挽回を兼ねて、勇み足で森の中に入ってきたはずなのに、巡り巡った結果がこれだ。


アリサの不幸体質は、あっさりと彼女たちの思惑の上を行くのであった。


アリサは普通の、正直な所、どちらかというと鈍くさい部類にはいる女の子だが、目の前の弱った動物(?)に対して、いささかの同情心を持たないほど、冷酷な娘ではない。


目の前でぐったりとしている動物(?)を見て見ぬふりをして、通り過ぎることはできなかった。たとえ、それがドラゴンであったとしても、弱っている動物であることには違いないのだ。


大きな森の中で、独りぼっちでドラゴンと遭遇。泣きたくなる気持ちを抑えながら、アリサはおそるおそるドラゴンに近寄った。


「あの……ドラゴンさん? お具合がよろしくなくて?」


体長15メートルはあろうかという巨大なドラゴンだったが、つんつんと、ドラゴンを指でつついてみるも、ドラゴンはほんの少しだけ身を捩じった。


「わたくし、どうして差し上げたらよろしいのかしら?」


どうしたらいいのか、全くわからない。できれば、このまま、目を開けて、元気よく空に飛び立ってはくれないだろうか。


そうすれば、このまま木の実を沢山拾って、何事もなかったことにして、意気揚々と城に帰れるのだ。

もちろん、女官長様の前に籠一杯の木の実を差し出して、地に落ちた評価を少しだけあげてもらいたい。


だから、どうしても、このドラゴンには復活して、どこか知らないけど、おうちに帰ってもらいたいのだ。


「ねえ、ドラゴンさん、大丈夫?」


アリサが声をかけながらドラゴンをゆすると(ドラゴンは大きすぎて、全く動かなかったが)、その願いが通じたのか、ドラゴンが薄目を開いて、アリサを見た。


「ああ、よかった。ドラゴンさん、気が付かれたのね?」


ドラゴンの目は真っ赤なルビーのような色をしていた。そういえば、鱗が赤紫色をしていたので、これはどういう種類のドラゴンなのだろうと、アリサは思った。


そんなアリサに向かって、ドラゴンは弱弱しく口を開ける。実は、ドラゴンは最後の力を振り絞って、アリサを威嚇していたのだが、気が動転していたアリサはそんなことには全く気付いていない。


大きく開いた口からは鋭い牙が見えていたが、アリサは別の方向に解釈したのである。


「ああ、そっか。喉が渇いているのね? ちょっと待って」


水を飲ませれば、少し元気になるかもしれない。アリサは、持っていた水筒の蓋をあけて、勢いよくドラゴンの口に水を注いだ。


きっと、お水を飲んで、気持ちを落ち着かせたら、空へと飛んで行くだろう。


アリサが、水を飲ませた瞬間、竜ははっきりと、いやあな顔をした。例えるなら、風邪を引いた子供にシロップの薬を飲ませた瞬間のようだ。甘いイチゴのシロップだと思ったら、なんとも言えず苦い味が口の中に残る。


そんな顔に似てるな、とアリサがぼんやり思い出していると、竜が赤い顔をさらに真っ赤にさせて苦しみだしたのだ。


「え、ええっ?どうして? ドラゴンさん、どうしたの?」


身をじたばたを捩じりながら、ドラゴンは苦しんでいたが、すぐにぱったりと動きが止まった。


アリサが慌てて竜に駆け寄ると、竜はすでに虫の息となっていた。


「やだ、ドラゴンさん、だ、大丈夫?」


ぐったりする竜は最後の力を振り絞って薄く目を開けて、アリサを見た。自分を倒した者として、ドラゴンははっきりと、目の前の人物を見つめた。


綺麗なルビーのような真っ赤な目に、心配そうに覗き込むアリサの顔が映る。


そして、その後、ドラゴンはすぐに息を引き取った。


そして、その次の瞬間、アリサに異変が訪れたのである。


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