野原で
友未 哲俊
1 デベン
日の落ちかけた山道は月明かりに照らされて意外に明るかった。未名(みな)は悲しみのままに、見覚えのない緩い坂道を辿って行った。ひどく叱られて、家には帰れない。片側には造成され残った低い林が茂り、もう一方の側には小高い土手が続いていた。道は上りきると水路とも呼べないひと筋の小さな流れのそばをくねくねとおりはじめ、やがて土手の間に小さなくぼ地が現れた。雑草のなかに野アザミが何本か咲いている。そのはずれの一本に、二、三十匹ものコガネムシの影が寄り集まってしきりにうごめいていた。蜜でも集めているのか、それとも未名の知らない別の理由からなのか、やせたひとつの花をともし灯のように頼ってコブ状に集(つど)っては離れて行く。飛ぶものはいない。何分もの間、未名はその懐かしい秘密の儀式をじっとのぞき込んでいた。
それから、また歩き出し、石ころだらけの荒れ地を越えて行くと急に視界が広がった。道はなくなり、草はらが開けている。未名はスカートを汚さないように乾いた地面を選んで腰を下ろし、向うの高台に幾つか並ぶ窓灯にしばらく目をやった。ためしに草むらに背中を倒して仰向けに寝てみる。満月に邪魔されて星はあまり見えない。と、頭のそばで、ふいに草が小さくさざめいた。
(ヘビかもしれない)
不安になって身を起し、もと来た道を一目散に逃げて帰った。
来る時に感じていたよりずっと早く家の近くまでは戻れたが、やはり行き場はない。あてのないまま、日ごろ見知った物置小屋の陰にひざを抱えて身を潜めてみる。直後に向いの道からやって来た車のまぶしいライトがまともに未名を捉えながらゆっくりと曲がって行った。見つかったかと思ったが、車は止らずに去って行く。だが、ここは場所が悪い。道を横切った未名は、何軒か先の他人の家の板塀の下の隙間に這い込んだ。立ち上った少し先に、閉じられた古い雨戸が静まりかえっている。これでいい。塀と雨戸にはさまれた狭い庭地の暗闇で、未名はふと、誰にも見られていない妖しい安らぎを感じて服を脱ぎだした。Tシャツを脱ぎ捨て、シャツを脱ぎ、靴を脱いだ。スカートをとり、パンツを脱ぎ、最後に靴下を脱いで裸になった。夜気がやさしく体を包み、はだしにさわる湿った地面の冷たさが、未名を生れたてのひとりにかえしてくれた。そのまま飛び発ちそうになる。なのに、一瞬後、自分がいけないことをしているのだと思い出し、怖くなって急いで服を着なおした。折りしも、雨戸の奥で物音がする。未名はあわてて塀から這い出した。
どこへ行こう?
家の見える場所まで来ていても、見つけてくれる者はなく、未名はそのまま路地から路地をさまよい続けるしかなかった。
心が折れてとうとう細い枝路の途中にしゃがみ込み、そして顔を上げた時、そこにデベンがいた。デベンが尾を振ってうれしそうにやって来る。その後に母の影があるとも知らず、未名はデベンを死ぬほど抱きしめた。
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