この英雄、監禁魔につき

彼方

第1話

 恐らく怯えてはいるだろう気配を背後に感じながら、エステラは恐ろしい程に綺麗な男だなと場違いな事を考えていた。


 その日のエステラは機嫌が悪かった。特にこれと決まった理由があったわけではない。何となく寝起きがよくなくて、宿の朝食を食べ損ねた。適当な店で買い食いをしながらとりあえず金策にとアルミラージ狩りに出かければ、なめ腐った駆け出しの討伐者だか冒険者だかが狩場を荒らしていて。仕方ないので苦手な系統の魔法を駆使してなんやかや面倒をこなした辺りで、もう大分精神的に疲れていたし機嫌は駄々下がりしていた。

 のそのそと戻った所で出会ったのは、物乞いの幼い兄弟を問い詰めるご立派な騎士。馬の上から冷たい声を発するのを見て、キレたのは半ば八つ当たりだ。


「なんでこんな所に騎士様がいるんですか~?」


 あえて間延びさせ不快感を煽る様に問いかけながら、騎士と子供たちの間にするりと体を割り込ませるエステラ。騎士の方へ視線は向けない。お前に興味はないと示すように、縮こまる兄弟だけを気にしてみせる。

 なぜと問いかけを発してはいるが、エステラだってどうして騎士がここにいるかなんて知っていた。約一年前にこの国は戦争に負け、戦地に近かったここウェルツィアの地はスタルトス王国の王領となった。国に属さない亜人種の集落が近くにある上に、装飾品として価値ある角を持つアルミラージの生息地がある為だ。そして近く復興視察の目的で第二王子がこの辺りを訪れる、その先遣隊として騎士が派遣されてくるというのは旅人であるエステラでも耳にすることができた。

 禁止されている物乞いを、王子の到着前にどうにかする事も騎士の仕事なのだろう。それもエステラの機嫌を低下させていた。治安悪化だのなんだのと理由はあったが、戦争孤児に物乞いを禁止させてどうするつもりだろう。いや、孤児院を建てたりと対策をしていないわけではないらしいが、全然足りていない。領主代行をしている者はそれをわかっているのか、騎士の視察前には隠れていろとひっそり触れを出していたようだったが。どうやら派遣されてきた先遣隊は、期待通りだったらしい。主によく無い方の。

 エステラは別にスタルトスの民でもなければ、ウェルツィアが元々属していた国の民でも無い。魔物を狩りながら魔法の修行と研究をする旅人だ。だからウェルツィアでスタルトスの騎士がどうの、なんて言うつもりはない。けれど戦争で親を亡くした後が大変なのはうっすら知っている。なんせエステラも戦争孤児だったのだから。

 そんなわけで八つ当たりなのは自覚していたが、この兄弟を逃す事はエステラの中で決定事項だった。馬から降りもせず見下ろしているだろう騎士は無視して、おろおろする兄弟に去るようジェスチャーをしていると無機質な声が降ってくる。


「物乞いは禁止事項だ」


 割り込んだエステラに気分を害した様子はない、淡々とした声。規律のみを重んじる面倒なタイプかな、と思うと自然とため息が出る。もしそうなら煽ろうが情に訴えようが話では解決できないかもしれない。

 それでも一応、意思疎通の手段を持つ者としてエステラは口を開いた。


「この子たちの親を殺して、ろくに救済もできないのに一方的な規律を押し付けるのが騎士道なら笑えるわ」

「禁止事項だ。連行し、然るべき沙汰を待つのが規則だ」


 男の声は淡々としたまま。相変わらず規則だと情に厚そうな様子はないし、煽りに乗った向こうの暴力をいなして有耶無耶にする事は出来そうもない。果てしなくめんどくさい。この街から出て行くのを前提に実力行使しかないかな、せめてこの騎士が鬱憤を晴らせる程度に実力があれば良いな、などと物騒な事を考えたあたりでエステラは自分が逃がそうとしている兄弟がなんだかおかしい事に気づいた。

 怯えているのは間違いなさそうだが、そんな中でもどこか陶酔するような面持ちで立ち尽くしている。助けに入ったエステラに感動しているわけではなさそうだった。視線はエステラを飛び越えてその先、後ろにいるだろう騎士に注がれているのだから。

 何が、と思い振り返ったところで冒頭に戻る。


 馬上の騎士は恐ろしいまでに美しい男だった。うっすらと赤みがかった柔らかそうな金髪は光が当たると薄紅にも金にも輝き、笑顔でも浮かべればあらゆる人をとろけさせそうな顔を彩っている。美しさを煮詰めて固めたような顔はすらりと筋肉の浮いた首が支え、あれは神が愛でる花だと言われれば信じてしまいそう。体つきも首から上と調和して、長い手足は決して太すぎる事はない。それでいて男らしく完成されている。更には相当妖精に愛されているようで、きらきらと微かに瞬く妖精光まで纏っていた。

 ただその美しい顔には一切の表情がなく、これは神が作った人形だと言われれば信じてしまえそうだった。それが少し恐ろしい。

 美しい者が多いと言われるエルフやドライアドでもこんな美人はいなかったな、などと思考をすっ飛ばしつつもエステラの内心は複雑だった。思った以上に相手は厄介な立場で、思った以上に戦えば楽しそうで、思った以上に相手は同情を誘う状況なのだから。


「英雄レオンハルト様が現場主義ってのは本当の話だったんだ」


 一年前に終結した戦争の英雄、市井にまで伝わる噂そのままの姿。老若男女を魅了する美しさは妖精にも愛されたスタルトス王国の至宝。美しさだけでなく剣の腕もたつが、更に恐ろしいのは彼の意志を汲み取ったように発動される妖精の魔法。剣戟と共に人の紡げぬ魔法を繰り出し、一度戦えばその後には誰も残らない。その強さを遺憾なく発揮するためか、後方に下がるような事はなく戦時中は常に前線を張ったという。

 常に冷静でどんな状況でも表情一つ動かさず、敵を殲滅する美しい死神。その男と思われる人物へとエステラがその名を投げかければ、至極当然のように受け入れられた。


「そう言われる事もあるようだが、今は関係ない。禁止事項だ、これ以上は妨害行為とみなす」


 脅すような言葉ではあれど、手綱から手を放す様子はない。流石英雄様という事だろうか。普通なら油断しすぎな態度だ。話に聞く英雄の戦い方が間違っていなければ、エステラは妖精付きの天敵とも言うべき戦いをするのだが。それでも感じる強者の雰囲気に、ゆっくりとエステラの中の好戦的な部分が首をもたげる。


「好きに受け取って。くそったれた規則なんて知らないし」

「任務妨害とみなす。反抗しなければ縄をかけ連行するのみ。反抗するのであれば武力により制圧する」

「できるものなら」


 エステラの言葉をきっかけに、体重を感じさせない動作で馬を降りるレオンハルト。妙な風が吹きショートマントが翻る様すら完成された絵画のようで、エステラは半目でそれを眺める。こいつもしかしてお手洗いでも美しいのではないか。そう思うと戦闘を前に高揚していた心がどこかすっと冷える気がした。妖精が美しさを求めて遊んでやがる。気に食わないなぁ、そう思った。


「手を頭の後ろに回せ。それ以外の動作をすれば意識を奪う」


 半身に構えつつも剣に手を添える事もない。意識を奪うという言葉の通りにするつもりなのだろう。そんなレオンハルトを横目に、エステラは後ろにいる子供達を確認する。美しさにあてられでもしたのか、二人の視線はレオンハルトから動かない。妖精お気に入りの美しい生き物自慢はたまにあるが、完全にハマってしまっている。やっぱり気に食わない。

 気付けの魔法をかけてもいいが、目の前にはレオンハルトがいる。どうせ妨害行為排除の為に戦う事になるのなら、一歩先んじておこうとエステラは深く息を吸い込む。子供たちの気付けに魔力を、レオンハルトへの牽制として身の内に眠る力を練り上げる。そうしてレオンハルトが一歩踏み出したところで声を張り上げた。


「散れ!」


 それは原始的な魔法。魔力に力を込めて叩きつけるだけのものだが、きっちりとエステラの狙い通りに発動した。余波程度の魔力をあてられた背後の兄弟が驚いたように走り去る。直撃したレオンハルトの妖精も弾かれたようにどこかへと消え去った。

 エステラが狙ったのはレオンハルト本人ではなく、周りの妖精。薄くとも妖精殺しと名高い竜人の血を引くエステラは、多少の反動と引き換えに人へと執着している妖精を弾く事ができる。腹立たしくうっとうしい妖精を散らせばレオンハルトは一手減る。ついでに動揺でも誘えればと思っていたが、エステラの声に反応して一気に間合いを詰める様には魔力の揺れは全く見られなかった。


「魔力制御能力やっば」


 ぴたりと静止したままの魔力に、思わず言葉が漏れる。魔力は感情の揺れでも動きが左右される。エステラの師匠達も相当の実力者だが、それでも柔らかな水面のようだったと言うのに。目の前で掌底を構えている男の魔力は、まるで鋼のようで。本命が本当に効くか多少不安を覚える。しかし幼少期から鍛えられ、今は常に魔物や不届き者と実践を重ね続けているエステラの体は、きっちりと掌底を避け魔力の形を整えていった。


「魔法使いか」


 妖精を散らし、他人の魔力を見るエステラをしっかりと確認したのだろう。レオンハルトはエステラに問いかけるでもなく、ただ納得するように呟いていた。

 まぁバレたところで支障はない。エステラの魔法はさっきのような原始的なものの方が強いし多い。定型がほぼない分応用が効くが、やたらと魔力を食い扱いが難しい。それ故に使い手は少なく対処され辛い。それに今なお反撃のために大きく形を変えている魔力に全く視線をやらないあたり、レオンハルトは魔法使いではなさそうである。妖精付きのほとんどが魔法を使えないため、そう予想していたが的中していたということだろう。

 避けられても体勢を崩さず振り向き様に振るわれる裏拳を、エステラは後ろに跳躍してかわす。カウンター気味に練り上げた魔力を振るいながら。


「うわ、避けた」


 思わず声が出た。初動に視線はやっていなかったと言うのに、ある程度の距離まで魔力が近づいたところでほんの僅かに眉を上げると恐ろしい程の反射で避けられた。まるで野生の獣か魔物のような動きに口元が引きつる。

 見えているのかと思い数発連続して繰り出すと、一定の範囲に入った瞬間にあらゆる動きを回避にあてられる。腰に下げたままの剣の長さからして、いつもの間合いはその範囲らしい。


「なにこわい、何感知してんの」

「なんとなく避けた方が良いかと思ったが、正解だったようだな」

「なんとなく!? 獣か!」

「予想以上だ。一段上げる」

「はー!? 二段くらいあげてもまだまだ全然余裕ですぅ!」


 お互い一旦距離を取る合間にした会話は、レオンハルトがなんだかぶっ飛んでいる事しかわからない。二人ともまだ余裕な事だけは確かだ。一段がどの程度か分からないが、エステラだってまだ速さも魔力も余裕がある。無策に煽ったつもりはない。

 言葉通り、今度は音が立つほどに踏み込みを強くしたレオンハルトが突っ込んでくる。顎狙いの掌底に容赦のなさを感じながら、エステラはがくっと身を落としその足元へ手をかざす。射程範囲にあったはずの足が恐ろしい速さで消える。


「あーくそ、はっや」

「本当に二段上げて平気そうだな」

「喧嘩売ってんの!?」

「どちらかと言うと君が」


 そういやそうだったな、と思いつつも攻防は続く。最初の言葉通り意識を刈る以上の事をするつもりはないのか、剣には一切手をかけていないレオンハルトの動きはどんどんとキレを増す。それでもまだ余裕そうな様子に、英雄様はもしや噂より現実の方がわけわかんない感じなのでは、とエステラは眉を寄せる。

 既に素の状態では間に合わず、魔力により身体能力を底上げしているがどこまで上がっていくというのか。徐々にスピードを上げるのではなく、本当に一段ずつ変わるのがまたいやらしい。瞬間的に反応できなければ一発アウトである。エステラだって強化自体はまだまだ上げていけるが、あまりやりすぎると数時間後には動けなくなりそうだ。僅かとはいえ竜人の力も使っている。早めにどこかで何とかしなければ。


「妖精散らしても動揺しないし、噂の方が過小評価じゃない?!」

「チラチラ光って視界の邪魔だった。今は少しやりやすい」

「墓穴! いや妖精魔法のがめんどい、間違ってない!」


 せめて剣を使ってくれれば、とエステラはチラリとレオンハルトの腰元で揺れるだけのそれに目をやる。金属は魔法を増幅し通しやすい。重くて旅では邪魔になるし、エステラの得意な魔法ではそう大きな効果が望めないので持ってはいないが、ここまで手練れの相手なら振り回してくれた方が小技が効く。


「いい加減剣使えば?」


 むしろ使え、と念を込めて言っても不発に終わる。


「可能な限り生かして捕まえるのが規則だ」

「は、腹立つわー……くっそ腹立つわぁ」


 暗に剣を使えばエステラは死ぬと、一切表情を変えずに切り捨てるのは煽っているのか、天然だからこそなのか。どちらにしても腹が立つ事に変わりはない。

 苛立ちを燃料にして、エステラはなりふり構わず打ち倒す事に決めた。一度踵を踏み鳴らし、猛然と仕掛けて行く。遠、中距離戦が主であることが多い魔法使いが自ら接近戦を挑んでもレオンハルトの表情は変わらない。動揺を誘うのはだいぶ前から諦めているが、鋼のような魔力と同じく硬い精神をしているようだ。戦闘中でもなければ二度や三度深い深いため息をつきたい気分である。

 荒々しさを全面に押し出して踏み込めば、やっとレオンハルトが望んだ動きをしてくれる。手のひらに大きく魔力を纏って襲いかかったエステラの足が地につく寸前、鳩尾を狙った掌底がくる。ここだ、と気を引き締めた瞬間何かに気づいたようにレオンハルトは目にも止まらぬ早さで足を踏みつけた。

 鈍い音とともに足元の石畳が斜めに浮く。勢い良く着地しようとしていたエステラの足が滑る。それに合わせてレオンハルトの掌底もするりと動く。


「ま、けるかぁ!」


 気合と共にエステラが身を捩れば、鳩尾を狙った掌底が左肩へと直撃する。打撃が骨に通る鈍い音に歯を食いしばりながら、両手に纏った魔法ごとレオンハルトの腕を挟み込むように叩きつける。

 鋼のようだったレオンハルトの魔力が揺れた。直に魔法を込めた腕から振動が伝わって行くのがわかる。けれどこれでは足りない。向こうが立てなくなるほど揺れる前に追撃を受ける。何発かやりあってそれを予想していたエステラは、準備していた通りに目で追っていた四肢から視線を切り、魔法を乗せてレオンハルトの瞳を見据えた。

 異常なほど硬いそれに、揺れろと力を込めて自分の魔力を叩きつける。外的要因で魔力が揺れるのは、感情を引っ掻き回されるようなものだ。激しい気分の悪さに襲われ、立っている事すらままならなくなる。エステラと同じように原始的な魔法でなら防御できるが、レオンハルトは恐ろしいまでの魔力制御能力があるだけで魔法の素養はない。この硬ささえどうにかできるなら、エステラの勝ちだ。幸い柔らかく受け流されるより技術的には簡単な部類である。

 あまりの硬さにガリガリと音でもしそうなほど力を込められて、初めてレオンハルトの表情が変わった。ひび割れるように揺れる魔力に合わせて、すましたような無表情が驚きに染まっていく。煽られ、いなされ、ささくれだっていたエステラの心が満足した。英雄だって無手、無策に魔法使いと戦えばこうなる事だってある。これが殺し合いじゃなくて良かったな、と思えば僅かに口角も上がると言うもの。

 そんなエステラから最後まで視線を外さずに、レオンハルトは小さく息を吐くと蹲った。見えている魔力はガタガタに揺れて、しばらくまとまりそうもない。


「私の勝ち。あの兄弟はほっときな、負けたんだから。じゃあね」


 妖精付きの天敵という自負は、英雄相手でも実証できた。満足感と共にエステラはとりあえずさっさと街を出ようと歩き出す。

 くずおれたレオンハルトは一言も喋らなかった。

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