6thキネシス:超能力を以ってしても見えない明日と将来の展望
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「リヒター、キミは自分の足下に何があるか考えたことがあるかね」
ここ最近の日課となった、放課後の
それに一区切り付けたところで、ティータイムに入った渋メンのロマンスグレー、エリオット・ドレイヴン先生がそのようなことを言い出していた。
『リヒター』こと
北海道の一流ホテルの15階ラウンジ、ダークレッドの毛足の長い絨毯が見えるが、そういう意味でないことくらいは理人にも分かっていた。
「オレ達の知っている世界なんか、ほんの一部。的な話ですか?」
「うん、まぁそういう理解で構わないよ。
キミも知る通り、超能力というモノは実在する。だが多くの人々は、それをフィクションの中の事としか考えていない。
つまりそういう話だね」
椅子に深く腰掛け、脚を組み優雅にティーカップを傾けるダンディー先生。
そこで少し間が空き、ややあって続きを語り始めた。
それは、世界の大半の人々が想像もしない、自分の世界の下に広がるもうひとつの世界。
アンダーワールドと、そこで形作られるアンダーコミュニティ。
そして、アンダーテイカーと呼ばれる、地下世界で生きる者たちの物語である。
◇
エリオット先生から信じ難い世界の真実を聞いた、翌日のこと。
校長室に呼び出された暗めで
「は? オレが『怪我させた』??」
面倒臭そうな担任や、睨み付けてくる学年主任、椅子にふんぞり返り溜息を吐いている校長。
そして、包帯を巻いたり三角巾で腕を吊ってたりと、派手な怪我をした
よく見なくても分かる、それは擬態優等生と一緒になって理人のイジメに加担している連中であった。
故に、理人がケガをさせられている、なら分かるのだが、理人がケガを
「影文ー、お前ここの皆に暴力振るったそうだなー影文ー。お前こんな事してどうなるか分かっとんのかー?」
「本校の校則にも、暴力行為は停学、または退学の対象になるとはっきり書かれていますよ? そのことはどう考えているんですか!? なんとか言いなさい影文理人さん!!?」
一列に並んでいる連中は、何も言わないが責められている理人を見てニヤニヤしている。
理人にも何となく、どういう事態なのか把握できた。
「…………そんな怪我させた覚えはありませんけど」
「暴力は認めるんだな!? 何でそんな事するんだー影文ぃ!? お前これ退学にされても文句言えないんだぞぉ!!」
「いえ暴力なんてそもそも振るってませんし…………胸倉掴まれたから振り払ったり、殴られそうになったんで突き飛ばしは――――」
「言いワケするなんて男らしくありませんよ影文さん!
「自分のやった事を認めないとなぁ影文ぃ! 警察でも裁判所でも反省の色無しとしか見られないんだぞぉ影文ぃ!!」
誰が『薗原』だろう、いつもの坊主頭くらいしか名前知らないや。と場違いなことを思う陰キャ男子。
担任と学年主任のおばさん先生は、理人の主張などウソと決め付け結論ありきで話を進めている。
膨らんだ腹を突き出すようにふんぞり返っていた校長は、詰まらなそうに欠伸をしながら腕時計に目をやっていた。
「暴力を振るった生徒は停学が当然! 反省の色が見られないなら、学生として共同生活をする資格無しとみなして退学にするしかありませんよ!?」
「…………怪我をさせる暴力なんてやってません」
「それはウソです。言い張れば事実にできるなんて甘い考えで社会を渡っていけるとでも!?」
「影文ぃ……先生だってあまり厳しい処分にはしないでくれって学年主任にも校長にもお願いしたんだぞぉ? でもお前そんな態度じゃぁ、先生庇いきれないぞぉ?
悪いことをしたなら悪いことをしたと認めてだな、誠意をもって謝罪しどんな処罰も受けますって態度の方が、結果として相手の情状酌量もあってだなぁ――――」
ヒステリックに叫ぶ学年主任、さも親身なセリフだがお為ごかしが透けて見える担任、ふたりは声の大きさで理人の反論を封じ込めにかかる。
このパターンも、これが初めてではない。
イジメがはじまった当初も、このような感じだった。
理人の訴えを聞くどころか、それ以上騒ぎ立てるようならイジメ被害者の方を黙らせる、という言外の脅迫。
つまるところ、波風立てる者こそが悪であり、実際のモノの善悪など、どうでもよいのだろう。
その理屈で言うと、今回の騒ぎを訴えたのは理人ではなく怪我をしたと主張するイジメ加害者4人なのだが、そこはどちらを罰する方が学校にとって都合が良いかという話だ。
弱い者に不都合を押し付け黙らせる方が、面倒が無くてよい。
前回は、理人も退いた。理不尽を覆す力など無く、失うものもあったからだ。
だが今回は、退く気はなかった。
「あッ!? おいやめ――――!!?」
「何すんだよテメー!? 触んなよ!!」
「はぁ!? おまえなに勝手なことしてんだ!!」
「お、おい影文――――!?」
陰キャ少年は何気ない動作で踏み出すと、一瞬で怪我をした4人の前に立ち、相手が止める
その下には、当然ながら怪我など無かった。
『
「……どこもケガしてないようですね。なんで大げさな包帯とかしてたんでしょうね」
ジトり、と俯き気味な姿勢から周囲を睨み付ける陰キャ。
被害者コスプレの4人はそれでも『でも……』や『お前が』と理人を非難していたが、声量は小さくなり発言もモゴモゴと篭ったように不明瞭となっていた。
担任と学年主任のおばさんも黙る。
校長はというと、気分を害したような不機嫌な顔をしていた。
「あ、あなたなんて事を……! 怪我をしたヒトから無理やり包帯をむしり取るなんて――――」
「ケガ、ありませんね」
「お、お前影文ぃ……そういうことはなぁ、その、強制したということで、法律にだってなぁ」
「ケガ、してませんよね?」
「そう……そういう問題じゃありません! 本人の承諾なしに身に着けているものを奪い取るというのが――――!!」
「そうだぞぉ影文ぃ! 裁判でだって違法な手段で手に入れた証拠は採用されないっていうなぁ――――!!」
「このヒトらケガしてませんね。オレは怪我なんてさせてないんで、当たり前と言えば当たり前なんですけどね」
今度は理人のやり方を責めて事実を有耶無耶にしようとする学年主任と担任教師だったが、その語調は大して強くなかった。
正面から睨み付ける理人の目を見ることも出来ない。
そうして教師ふたりも口の中でモゴモゴ言うことしか出来なくなったところで、校長が大きく溜息を吐いていた。
「もういい……。キミ達、出て行きなさい。彼は私が処分するから」
見下ろすような視線を向け、元怪我人たちに退出を促す校長。
4人の中でシャツの前を開いている軽薄そうな男子は、何か言いたげな目を向けていたが、校長が何も言わないと自身も無言で出て行った。
「さて……キミをどうしたものかな。事態を複雑にしてくれたな」
肘掛をトントンと指で叩き、気を紛らわせるように手慰みする校長。
さも理人が悪いような物言いに、早々にこの相手の本性も理解する陰キャ男子である。
怪我をした、させたという事実が無かったにもかかわらず、理人を処分する方針を変える気も無いらしい。
「どうだろうね、このままキミが罪を認めて停学を受け入れてくれれば、全て丸く収まると思うんだがね。
彼らもこのままじゃ気が済まんだろうし、学校側としても何らかの結論を出さないと格好が付かないんだがね」
「……オレを何度も殴ってくれたりカツアゲしたりするさっきのヤツらを処分すればいいと思います」
「ひとつハッキリさせておくが、この件で学校側がキミの味方になることは無い。
キミは自分が被害者だと思っているかもしれないが、他人と協調できなかった時点で問題児はキミの方なのだよ。
普通の人間は多少の不都合を感じたからと言って、それをいちいち騒ぎ立てたりはしない。誰もがそれを我慢して生きている。それが社会であり社会人というものだ。
物事は単純じゃない。正しいことだと四角四面にやっていたら、何も動かない。組織は柔軟に、何事にも寛容でなければ機能しないのが現実だよ。
大事なのは何が正しいか間違っているか、ではない。現実的かどうか
だ。
だから、キミひとりの為に4人を罰し問題を大きくするのは、学校全体の為に現実的とは言えない。全く言えない。
学校という社会の秩序を維持していく上では、キミのような問題を取り除く方が合理的だし現実的だと考える。
そして、それを決めるのはキミではない、我々だよ」
お前ひとりが理不尽な仕打ちを受け入れれば済む事。
要約すれば、そういうことらしい。
陰キャ少年の頭の中は怒りで真っ赤になっていたが、同時にどこまでも冷たく沈んでいくような感覚も覚えていた。
ありがたくさえ思えてくる。
どいつもこいつも、遠慮や配慮すべき対象から外れていってくれるのだから。
「実はキミにだって分かっているだろう? 本当はどうして彼らを処罰できないか。複雑な大人の事情だよ。これが現実というものだ。
高校生ならもう子供じゃないんだから、ね? キミも大人になりたまえよ」
一転して、
結局本音としては、イジメ加害者の中に元総理の孫がいるから処分できないしその気も無い、という意味でしかなかった。
その辺は理人も分かってはいたが。
なるほど権力者には逆らわないのが社会の現実。大人の判断というヤツらしい。
「退学というなら、オレももう学校での居心地とか考えなくていいですね。
気兼ねなく警察と県の教育委員会に訴えることができそうです」
そういった理屈を全て無視した上で、理人は自分のやるべき事を言い放って見せる。
友好的な外面は早々に剥がれ、校長は再び不機嫌なツラに戻った。
しかるべき所に訴え出る、という度し難い陰キャ生徒に、学年主任はヒステリーを爆発させ、担任教師も威圧的に屈服を迫る。
学生が学校に逆らうとは何事だ、警察沙汰になれば困るのはお前、誰もお前の話なんか聞かない、と喚き立てるが、もはや聞く価値など一ミリも無いので理人は無視した。
「もういい、出て行きたまえ」
何を言っても無駄だと判断した校長は、煩わしそうに手を振り退出を命じる。
理人の方も、校長や教師に何か許可を取るべきことなど、もう何ひとつ無いと思っていた。
◇
アンダーワールドとは何か。
それは、この世界の陰に、落とし穴の如く潜む異空間だという。
異世界、とはまた違うらしい。
その言い方だと異世界が存在するみたいですね、と陰キャの教え子が聞いてみると、先生はその辺を否定しなかった。
世界はまだまだ未知なるモノに溢れているようである。
「アンダーワールドは遥か昔からこの世界の隣にエアポケットのように存在した。妖精郷、ユグドラシルの世界、影の国、日本でもマヨヒガや竜宮城が有名だろう。
これら多くの寓話、伝承の中には、恐らく誰かが見た一摘みの事実も混ざっているのだろうね」
と仰いながら、冷房の利いたカフェでココアに塩を一摘みするダンディなおじさま。ココアは甘いものと信じて疑わなかった陰キャ少年、ちょっとカルチャーショック。
あと『マヨヒガ』なるモノはよく知らない。
日本人より日本に詳しい英国紳士の
「リヒター、キミは
アンダーワールドの存在を知る者は、人類の中でも一握りだ。大統領でさえ、任期中に知るべき問題が起こらなければ知らないままホワイトハウスを出ることになる。
一方で、アンダーワールドに
彼らはアンダーワールドの専門家、アンダーワールド内の探索、行方不明者の捜索、資源の調達、調査、危険な存在の排除、そういった依頼を請け負うことから、『
アンダーワールドとアンダーテイカーについては、先日も少し説明を受けていた理人である。未だに半信半疑ではあるが。
政府や国家の上部にいる人間だけが知る、というのも納得できる話ではあった。
年間の失踪者の中には、このアンダーワールドに迷い込んでしまった者というのが、結構な割合でいるらしい。
かと言って入口を厳重に封鎖などすれば、世間の人間にそこに何かがあると言うようなもの。
よって、人目に触れやすい場所や都市部に存在する入り口は物理的に閉鎖するのが難しく、工事や事故現場、または私有地を装い立ち入り禁止にするのが、精々の措置だという。
当然ながら、完璧な封鎖とは言い難い。
その一方で、アンダーワールドへ潜る専門職の人間が必要とされる場合もある。
「ここでキミの金策の話になる。アンダーテイカーという者は危険な仕事を請け負う特殊職だ。報酬も非常に大きい。
具体的な話をすると、アンダーワールドの近くには依頼を斡旋するオフィスが置かれている。資源の採集などは、常に出されている依頼だな。
アンダーワールドには、そこにしかない資源も多い。この世界には存在しない物資だ。当然希少となる。
向こうの物体を形作る『
こういった物は、ひとつ見つければ低く見積もっても100万、同業者には命より価値があるとされるオレイカルコスなら数億、不死の薬の材料となるアスフォデルスにもなれば、欲する者同士で戦争になるだろうね」
とんでもない次元の話を聞かされ、湯呑を持ったままフリーズする陰キャ少年。梅昆布茶である。
自分の金銭問題から比較しても、あまりにケタが違い過ぎるのだが。
それに、アンダーワールドにゲームや神話で聞くようなアイテムが埋もれている、という話にも驚きだ。
その実在にも、それらが
とはいえ、理人にはもう金銭問題は無かったりする。もはやカツアゲなど恐れるに値しない問題だ。
しかし、こうして良い先生に巡り合い超能力を生きる糧にしていく道が開けた現在、生活費の為に稼ぐ手段への興味が無いワケでもない。
「
正直、理人はもう学校への未練は無くしていた。今の学校で、校長や担任に睨まれながら授業を受けるのも億劫だ。
かと言って、他校への転校も難しいだろう。甥っ子をお荷物としか見てにない叔父が、退学した後にまた次の学校への入学を許してくれるとは思わない。
だが、とりあえず金があれば生きていける。
一生遊んで生きていける大金とは言わないから、平均的なサラリーマンの生涯年収くらいは稼ぎたいと思っていた。
「うん…………」
ところが、そんな生徒の質問に、ダンディー先生は小さく唸り考え込んでしまう。
いきなり学校を辞めるとか、やはり無謀というか後先考えない愚かな行動と思われたか。
ドキドキビクビクしていた教え子だったが、ダンディーな先生の方は珍しく長考の末に、迷いながら口を開いていた。
「……リヒター、キミのスキルは非常に多彩で強力だ。アンダーテイカーとして生きて行くのは……難しくないだろう。
だが……人生には何が立ちはだかるか分からない。自分の道を曲げなければならない時もあるだろう。その時の為に、選択肢は必要だと思うよ」
いつもの自信を滲ませる滑らかな語り口とは違う、言葉を選びながら喋っているのが分かるセリフ。
このような姿を見せるのは、以前に理人の超能力『
エリオット・ドレイヴン。
人品良く物腰穏やかなイケメン英国紳士にして、今の理人より遥かに高レベルな超能力者。
命を助けたのが理由だとは言うが、
失う物が無い理人は、いまさら
だからこれは、単なるちょっとした疑問だった。
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