織田信奈の学園 松平元康と狸調伏編

春日みかげ(在野)

第一話 休校日の相良幼稚園

「ふわ~あ。今日も退屈ね~良晴。子供たちはかわいいけれどぉ、園児の相手をするのもマンネリ気味だわ~」

「なんにもない平穏な日々こそが幸せなんだよ信奈。戦乱の世と比べて、平和な世界のなんと尊いことか――南無阿弥陀猫、南無阿弥陀猫」

「なんで野良猫を拝んでるのよ。あんたほんとに健康優良男子高校生? なんだか戦争帰りの歴戦の軍人が涸れ果ててるキャラみたいなんだけど」

「まあ、多少はね?」

「なにが多少なんだか。風林火山学園の攻撃に備えて体力をつけておくのよ、いいわね?」

「はいはい。いやー平和っていいもんだなー」

「わたしと小早川の関係はちっとも平和じゃないんですけどっ!?」

 大阪梅田に人の流れを吸われているけれど、山と海に挟まれて猪と人間が共存している平和な町、神戸。

 われらが相良良晴は、戦国世界の記憶を保持しつつも、ここ神戸で母親が経営する「相良幼稚園」のお手伝いをこなしながら、稲葉山学園に通う高校生として静かな日々を過ごしていた。

 今日は休校日なので、良晴が所属する天下布部永久名誉部長の織田信奈が開園中の相良幼稚園に遊びに来ている。学園世界での二人は中学以来の腐れ縁なのだ。

 ちなみに天下布部とは信奈が好き放題に遊ぶためにデッチあげた謎の部活で、登録上は野球部だが、実態は裏神戸の山岳地帯・有馬から表神戸海浜地帯への進出を目論む風林火山学園の武田信玄から稲葉山学園を防衛する自警団と化していた。

 そんな信玄と信奈のわちゃわちゃした抗争イベントも、かつて戦国世界を生きてきた良晴にとっては平和の象徴そのものであった。

 だが、この日は違った――。


「兄さま! 信奈姫! 今日はねねのごっこ遊びに付き合ってもらいますぞ!」


 良晴の妹で相良幼稚園を仕切っているねねが、両手に吉備団子を握りしめながら二人の前にやってきたことから、事件は動きだした。

「なんだよねね、そのだんごは?」

「それにヘンな羽織を羽織ってるわねー? かわいいけど」

「今、全国の幼稚園児はアニメ『安泰じゃ! 桃太郎卿』に夢中なのですぞ! この羽織とだんごは、圧倒的な身体能力と無双の剣技を駆使して鬼を退治する日ノ本無敵・桃太郎卿のコスプレアンド必須アイテムなのですぞ! 鬼に哀しき過去があってもそれはそれ、玉刀にて首を落とせば安泰じゃ! おろがむがよいですぞ!」

「へえー桃太郎? そんな古典アニメがお子さまの間で流行っているのか……知らなかった……なんか俺が知ってる桃太郎と違う気がするけど」

「ま、桃太郎モチーフのライダーものもあったしねー」

「兄さまにはきびだんごをあげるので、サル役をお願いするですぞ!」

「良晴にはサル役がぴったりじゃん。やってあげなさいよ」

「鬼役は、なまはげ役に定評のある信奈姫ですぞ! 成敗! これにて安泰じゃ!」

「斬ってくるなーっ! いやよー、どうしてわたしが鬼役なのよー! なまはげと鬼は違うのーっ! わたしは主人公しか引き受けないから、やられ役は断固拒否だからっ!」

「おいおい信奈、おとなげないぞ。子供の相手をしてやれよ。負けブックを飲め」

「やーだー! 絶対に主役以外やーだー!」

「鬼役がいないと、ごっこ遊びがはじまりませんぞ! びえええええ!」

 ねねが泣きだすと、凄まじい超音波を発する。良晴と信奈は慌てて耳を塞いだ。

「それじゃこうしよう。いきなりラスボスを倒したらごっこ遊びはそこで終了だろう? 今回は、信奈が演じる鬼のラスボスが活躍するエピソードを演じるということで。いいエピソードはないか、ねね?」

「それもいいですな! ありますぞ、兄さま! さっそくパワハラ会議開催ですぞ!」

「パワハラ会議ってなによーっ!? わたし、そのアニメ知らないから! わかんない!」

「……いつもの天下布部の部室でのやりとりのノリでやればいいんじゃないかな?」


 配役――信奈が最強のラスボス鬼「信奈様」。良晴がしがない手下の猿鬼。

 ねねは、主題歌『安泰じゃ! 日ノ本無敵桃太郎卿』を歌う係。

 ちなみにキャラ名及び台本はキャストに合わせてねねが一部修正しました。

「なんだ、この女の子は? 誰だ?」

「頭を垂れてつくばいなさいよ!」

「ははっ! 信奈様だ。信奈様の声。私服姿だからわからなかった――申し訳ございません、お姿がいつもと異なっていらしたので……」

「誰が喋っていいって言ったあ? 聞かれたことだけに答えなさい! わたしが問いたいことはひとつのみ! 甲子園予選の一回戦で敗退。なぜに天下布部はこれほどまでに弱いのしら? そりゃ勝家は頑張ってるわよ。この前の試合でも全打席三振だったけれど、勝ち負けじゃないのよ。要はやる気よやる気。うん。勝家は頑張ってるわ、頑張ってるってば……でも、負けたらそこで試合終了でしょ!」

(そんなことを俺に言われても)

「そんなことを言われてもなによ、言ってみなさい?」

(思考が読めるのか? まずい!)

「なにがまずいの? 言ってみなさいよ!」

「ヒエッ。おっ、お許しくださいませ信奈様~!」

「そもそもあんた、わたしと小早川の修羅場に遭遇した時、いつも逃げてんでしょ」

「ちょ、アドリブきつすぎだろ! いえいえいえ! 俺は信奈様一筋です!」

「ほーん、サル~? あんたはわたしが言うことを否定するの?」

(……ダメだ、おしまいだ。思考は読まれ、肯定しても否定してもケツバット! って、いつもの天下布部とまんま同じじゃねーか!)

 この超絶パワハラ会議がほんとに幼稚園児に大人気なのか? なんて世知辛い世の中なんだ。良晴は、絶妙に自分と信奈の境遇に合わせて台本を書き換えたねねに「恐ろしい子!」と震えあがった。

 まだまだ社会人にとってはPTSDモノのパワハラ会議シナリオは続くのだが、憑依型の信奈がすっかりその気になって「演じているうちにガチのマジで腹が立ってきたわ! そうよ、わたしの言うことは正しいわたしのなすことは正しいのよー! ねえ良晴、天下布部は別名相良ハーレム部って呼ばれてるのよ! 部長のわたしと学級委員長の小早川、どっちを恋人に選ぶわけえ? 八方美人のあんたが全部悪いっ! 今日という今日は……」と台本無視で興奮しはじめたため、良晴は「ののの信奈、今日はこれくらいで! 続きはまたこんど!」と慌てて芝居を打ち切った。

「むー。ねねはまだ主題歌を歌ってないですぞー!」

「えんえんと信奈様パワハラ会議が続く中、どこで歌うんだよどこで?」

「やっとキャラが掴めてきたところなのに、今演じずにいつ演じろって言うのっ?」

「信奈はいつも通りじゃねーか! 演じてねえよ!」

 見物していた園児たちが「もっと絶望のパワハラ会議みちぇてー!」「信奈ちゃまのパワハラ上司ぶりさいこー!」と盛り上がる中。

 意外な人物が、相良幼稚園に黒塗りのリムジンで押しかけてきたのだった。

 そう。稲葉山学園上級クラスのリーダー格にして、芦屋の超超超お嬢さま、今川義元。

 いつもは一般クラスの爛れた面々がダベっている天下布部を「お下品ですわ」と上から目線で煙たがっている義元だが、この日ばかりは違っていた。

「織田信奈、相良良晴! どうかお助けくださいまし~! 今川邸を狸の妖怪に乗っ取られてしまいましたの! 今川家自慢のSPも妖怪には無力でしたわ! 天下布部の理不尽な下町パワーで妖怪を調伏してくださいまし!」

「はあ? 妖怪? なに言ってんの義元。アホくさ。そんなもの二十一世紀のリアル世界にいるわけが……」

「わらわも今朝まではそう思っていたのですわ。ところが――ほんものの狸妖怪が、

元康さんに憑依して今川邸を占拠してしまったのですわーっ! 今や元康さんは、

狸妖怪と一体化してみそを奪っては暴れておりますの! おお、おお、なんと恐ろしい!」

「あんたの家、大金持ちなんでしょ。みそくらいあげればいーじゃん」

「みそを手に入れたらぶっかけてくるのですわ! わらわの十二単もみそ塗れに……あの狸妖怪、城塞レベルの防御力を誇る今川邸を足がかりに芦屋を狸の手に取り戻すと勝手に建国宣言を! このことがマスコミに知れたら今川家最大の恥辱! 捨て置けませんわ!」

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