今日からおっさんボディーガードつきで学校に住みます。

粋田 椿 monger171

第1話 雷蔵と私

彼、土方雷蔵に出会ったのは5年前。それは彼が25歳、私が10歳のときであった。

 真夜中、けたましい音で目が覚めてふすまを1センチほど開けた。

 父ともう一人、うずくまった状態で獣のような雄たけびをあげながら号泣しているのが彼だった。

 そこから全く状況が把握できなかったが、面倒なので閉めてもう一度布団にもぐろうとした。が、父と目があってしまった。

 父はふすまをあけて私の肩を押し、彼の横まで連れて行った。

「このうるささじゃ、さすがにお前でも寝れないもんな。」

 父は苦笑しながら台所へ向かった。ホットミルクでも作る気なのだろう。

 私は父からゆっくりと恐る恐る彼に目を向けた。

 体格や慎重はけして大きなわけではないが、着ているロングTシャツやジーンズが所々張っていることから筋肉質な体系が窺えた。

「あの…」

 話しかけたことに気がついた彼は顔をぐわっとあげた。

 涙と鼻水とよだれでぐちゃぐちゃではっきり言

って汚い。最悪の第一印象だ。

 見るに耐えなくなった私と彼の元に父がミルクを2杯もって戻ってきた。私が1つ受け取りもう1つは彼に渡そうとしたが、彼はその前にまたうずくまって泣き始めていたので、仕方なく父はそれをお膳に置いた。

 別に話などはしていない。ただ聞こえる青年の泣き声。私はこの状況に耐え切れなくなってテレビのほうへ向かいスイッチを押した。

 どうせ泣き声でテレビの音が聞こえなくなるだろうと思い音量を上げてチャンネルをまわし始めた。

 その時は気づいていなかったが彼はその間に泣き止み始めていたのだ。

 私はそのまわしていった番組の中に気になる映像を見つけ、そのニュースに耳を傾けた。泣き声がフェードアウトしていくと共に聞こえる内容と不思議な映像。

 それは隣にいる彼がサッカーをしている映像だった。

「やはり、復帰は絶望的ということですね。」

「退院はしたとの情報も入っているのですが、今までの怪我の積み重ねが原因と」


 ワイシャツを着ているのでよくわからないが趣味は体を鍛えること、特に筋トレ。体格が大きいわけではないが鋼のような肉体で覆われている。異常なまでの体力と身体能力がある。もう年は二十台半ばを越えているが、精神年齢が自分より下なのは明確だといつも感じていた。

彼は悲しいことがあればしょっちゅう浴びるように酒を飲み泥酔状態で泣きながらやってくるのが常だった。父はそんな彼を一度も邪険に扱ったことはなかった。

そして、毎度めんどくさがって関わらない私も今回ばかりは彼のそばにいた。

「坂元先生…僕どうしたらいいんでしょうか?」

 やっと、落ち着いて最初に出た言葉はそれだった。

 涙でぐしょぐしょの顔に、私はあきれて物も言えなくなっていたが、そんな彼に父はにっこり笑って見せた。

「また、始めたらいい。」

 父は親の顔から教師の顔になった。

「なんでもいい、また初めから、どんな道でもいいからやり直したらいい。お前ならできる」

 父はそういって、年のわりに艶やかな髪の彼の頭をゆっくり撫でた。

 すると、雷蔵はほっとしたようににこりと笑ってその場にコテンと倒れ、そのまま眠りだしてしまった。

 私は押入れから出しておいた布団を雷蔵にかけながら、父に質問した。

「父さん、『お前ならできる』って雷蔵くんにいったよね?」

 父はお膳の上のものを黙々と片付けながらうなずいた。

「じゃあ、できない奴もいるってこと?」

「お前はいつもそうだな。」

 父は少し苦笑していた。この質問の形は癖だった。いつも人の言っていた言葉の節々からきつい質問を投げかける。

「答えてよ。」

 父は困った顔をしながら頭を掻き、そして言った。

「世の中にはできないこともある、それは確かなことなんだ。だが、俺はお前たちなら何でもできる気がするんだよ。」

 私はそれを聞いて一言言おうとしたが、瞬時にそれを飲み込んだ。

 父はだいぶ疲れた顔をしていた。


 ―――じゃあ、父さんにはできないことがあるんだ。

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