第62話 暗い沼の中で

 おれは、息をしていた。あいつの、ミチルの中で。どうしてもっと早く気づかなかったんだろう?


 やさしくできなかったんだろう?


 深い拒絶が痛くて、苦しくて、でもおれを呼んでいるのがわかって、だから、ユイナに会いに行かなくちゃいけない。ユイナを守らなければ。


 おれが、守護天使だから。


 ユイナの羽根はむしり取られてしまった。でも、今さら自分の羽根と付け替えてもおそいよ、ミチル。おまえはもう、天使ではなくなってしまった。試練にたえられなかったのだから。


 おれにかせられる役目だったのに、おまえが持ち去った試練に、打ち負かされたから。


 守護天使は、おまえの役目だったのに。試練はおれが受ければよかったのに。


 でももうおそい。すべてが取り返しがつかなくて、闇にほうむりさられてしまった。


 だからせめてユイナだけはたすけなければ。そう思っただけで、おまえはひどくやきもちを焼くだろう? だれよりもユイナになりたかったのだから。


 でもな、もうおわりにしないか? おれは何回でもおまえにあやまるし、おまえが望むのならおれの羽根もくれてやる。井川の気持ちは今はおまえにある。


 それでもまだ望むのか? ほしいものすべてを手に入れたのに。


 本当にほしいものはなにひとつ手に入っていないことに気づいたからか?


 だったらなおさら、これでおわりにしよう。そうしてすべての罪を告白して、天界に帰ろうじゃないか。もちろん、おまえの罪はおれの罪でもある。だから、おまえの罰はおれも受けよう。おまえの倍、受けよう。それでもまだ不満か?


 心が痛いか?


 体が痛いか?


 その痛みも全部受け入れても、まだ光に気づけないか?


 目の前にある光に。


 おまえはもう、ひとりじゃないのに。


 すべてを持っているというのに。


 つづく


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