第51話 まずはひとつ、解決

 あたしはおもわずイスから立ち上がっていた。あたしは悪いことなんてしていない。


「この十字架は、パパ――、いえ父と祖母の二人分のたましいが宿っている大切なお守りなんです。あたしはキリスト教じゃないけれど、これを持っていることで、遠くにいる父のことを感じ取れるのです。とってもとっても大切なもので。だからっ」


 悪いことなんてしていない。多少のうそはあるかもしれないけれど、この十字架を通じて、パパの気配を感じているのは事実なんだもん。だけど、どうしてかな? あたしの目からは、涙が次々とあふれてくるんだ。泣き虫なの、直したいんだけど。


「娘のふでばこをふみつけて壊してくれたそうですね?」

「そ、それは不可抗力ですよ」

「そうですわ。子供たちがそんな悪意のあることをするわけありませんわ」

「だって、あたくしたちの子供ですもの」


 おほほと笑う三人の母親の顔は、どこか引きつっていた。アイビーの、三人を見つめる目が、氷点下かってくらいに冷たくなった。


「お母さん、もういいの」

「あたしたちが壊しました」

「ごめんなさいっ!!」


 本気のアイビーにおそれをなして、突然あやまりだした三人に対して、そんな、どうしてとすがりつく母親たち。


「ごめんなさい。こんなに話が大きくなるとは思わなくて、あたしたち、天羽さんにやきもちをやいたの」

「だって、天羽さん、ずっと山田くんといっしょにいるから、ずるいっ」

「十字架なんて、どうでもよかった。ちょっと痛い目見れば、山田くんから離れてくれると思っただけなのっ」


 三人は口々に後悔の言葉を吐き出した。あたしとおなじように、泣きじゃくっている。


「そう。あなたたちがアイビーを好きなのはよくわかったわ」


 ママは冷静に三人に言葉をかけた。


「ふでばこを壊したり、いやがらせをした理由もわかった。ふでばこはあたらしいものを買ったからもういいわ。でも心っていうのはね、一度くだかれてしまったら治らないものなの。それは、わかってもらえるかしら?」


 はい、と素直にうなずく三人。母親たちも事情を察してぺこぺこと頭を下げてくる。


「娘の十字架がお守りだというのも、理解してもらえたのかしら?」

「もちろんですっ」

「もうなにも言いませんっ」

「本当ですっ」


 だったら、とママがにっこり笑う。


「これからは好きな相手がどうすればしあわせなのかを考えて行動するようにするといいわね。そういうことは、あなたたちのお母さんによく聞くといいわ」


 もちろん、この言葉には強烈な皮肉がかくされていたけれど、三人は気づかない。


「アイビーはこの通り、色男だけれど、中身はふつうの男の子よ? 問題は外見より、大雑把な性格だと思わない?」


 あっははっと笑うママにつられて、場が一気になごんだ。


「なんだよ、おれのことを持ち出すなよ。いいか? もうつきまとったり、ともだちにいやがらせしたりするなよ?」


 はいっと、三人が返事をして、和解することができた。とりあえずこれで、無事解散になった。


 よかったぁー。


 つづく


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