第47話 はげましてくれるから
「どうもありがとうございました。もう大丈夫です」
保健の先生にお礼を言うと、廊下に出た。てっきりアイビーがいるかと思っていたのに、どういうわけか、黒田くんがいた。
「天羽、もう平気なのか?」
「うん。心配かけて、ごめんなさい」
「そっか」
そう言うと、黒田くんはノートを差し出してくれた。
「天羽がいなかった分のノート、よかったら」
「あっ、ありがとうっ!! すごくたすかるよ」
「清野と、なんかあった?」
黒田くんの少し重い前髪がふわりとゆれた。ああ、気づかれちゃったな。あたしって、トラブルメーカーみたい。
「女同士って、大変だよな。ぼくはそういうのめんどうで、ともだち作らないんだけどさ」
「そうなんだ?」
ふだんはあまり自分のことを語らない黒田くんから意外な言葉が聞けて、うれしくなる。
「でも、天羽はなんかちがう」
「ちがう?」
目を上げれば、黒田くんがやさしく微笑みかけてくれている。
「天羽はなんか、応援したくなる」
それは、想像していた言葉とは大きくちがっていたけれど、まっすぐな言葉がうれしくて、ふいにありがとうと言っていた。
「だから、がんばれよな」
「うん、ありがとう」
うれしいな。こんな風に黒田くんと笑いあえる時が来るなんて、思ってもいなかったよ。
だけど、こんな時にかぎって見たくない人があらわれるものだ。そう、例の三人組だ。
「あーら、天羽さん。今度は黒田くんとなかよくしているのかしら?」
「井川くんがかわいそー」
「それを言うのなら、清野さんがかわいそうじゃなくって?」
あっはははっと豪快に笑う彼女たち。あたしって、そんな風に見られているの?
「やめろよ」
不安が増してきたところで、黒田くんがわって入ってきた。
「そういうねたみって、みっともないんじゃないか? そもそも、きみたちの狙いは山田だろう? 清野のことまで持ち出すのはフェアーじゃない」
「フェアーとか、アンフェアーとか、そういうのはどうでもいいの」
「あたしたちは、天羽さんがじゃまなだけだわ」
「そうよ、消えてよっ!!」
正面からぶつけられた黒い感情が、あたしを不安定にさせる。消えろって、どういうこと!? そこまであたしが嫌いなのっ!? どうしよう。どうしてそこまであたしを目の敵にするんだろう?
「まったく。山田もとんだ親衛隊がいるよな。自分で管理できないようなら、親衛隊なんか作るなよ」
「ちょっと、黒田くん。山田くんの悪口はゆるさないわよ?」
「そうよ。それに、親衛隊はあたしたちが勝手にやっていることだわ」
「山田くんにあやまりなさいよ」
ああー、どうしたらいいのーっ!?
「本当だ。とんだ親衛隊だな」
アイビーだっ。でも、昨日とちがってやさしく微笑んでいる。
「わかったよ。おれ公認の親衛隊にしてやるから、ちょっとついてきな」
あ、アイビー? どうしたの? 急に。
「三人とも、おれのことが好きなんだろう?」
その言葉に、三人は急にうろたえ始めた。え? これって、どういうこと?
「あ、あたしたちはべつに、見返りを求めてないっていうか」
「そうそう。影からこそこそ見守っていたいだけなので」
「公式とか、本当におこがましいわ」
うん? これって、アイビーの作戦?
「じゃあ、これ以上ユイナに因縁つけるのはやめるんだな?」
「もちろんでございます」
「その笑顔を近距離で見られただけで、もう十分です」
「今日の面談ではきちんとあやまりますから、もうゆるしてください」
緊張していた空気が一気にほぐれる。
「そうか? じゃあ、四人で教室まで行こうか?」
「「「山田くぅーん」」」
そうしてアイビーは、めろめろになった三人をしたがえて教室の方に去って行った。なんだったんだろう、一体。
「本当に自分勝手なやつらだな。天羽、大丈夫? また具合悪くなってない?」
黒田くんは、やさしい。だけど、どうしてかなぁ? あの三人を見ていたら、なんだか胸がしめつけられてる。アイビーはあたしの守護天使なのに。
「天羽? どこか痛い?」
「え?」
聞かれて初めて、胸の痛みの理由に気づいた。あたし、アイビーのこと、気になってる。あの笑顔は自分だけに向けられているとばかり思っていたから。だから。
「ごめんね、黒田くん。なんでもないの」
ただ、黒田くんに対しての想いもまだ捨てきれてなくて。あたし、どっちが好きなんだろう?
つづく
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