第46話 黒い感情がもたらすもの

 その時ふと、背中に違和感を感じた。悪寒のようなそれに気づいて、次の瞬間には倒れてしまっていた。


『バカヤロウ』


 だれ? 黒田くんなの?


『また分裂しかけてるっての』


 なんだ、アイビーか。そうだよね、こんなところ、黒田くんにだけは見られたくない。もうひとりのあたしがまた分裂しようとしているところになんて。


『そろそろ目を開けろよ、ユイナ』


 アイビーにうながされて、しぶしぶ目を開ける。


「あれ? ここ、どこ?」


 教室ではなかった。ベッドの上に寝かされている。その時、さっとカーテンが開いて、保健の先生があらわれた。


「あら、天羽さん。目がさめたのね。もう少し横になっていたら?」

「いえ、あのっ」


 アイビーの姿が見えない。さっきまで、声がしていたのに。どうして?


「ああ、彼氏ね。こんなところで二人っきりになるのはリスクがあるから、廊下で待ってる、ですってよ」

「か、彼氏じゃありませんっ!!」


 だけど、ここまで運んでくれたのはきっと、ぜったいにアイビーだから。感謝の気持ちがこみ上げてきて、あたしはベッドから起き上がった。


『来なくていい。少し寝ていろ』


 頭の中でアイビーの声が響いて、あたしは唇をかみしめた。


『ごめん、アイビー。またたすけてもらっちゃった』

『それがおれの役目だから、気にしなくていい』

『でも、あたし、ミチルちゃんの恋をかなえるどころか、怒らせちゃったよ』

『うん、それよりも、問題が発生しつつある』

『え? なに?』


 嫌な予感がする。さっきの悪寒、風邪じゃないよね?


 あたしは保健の先生にことわって布団に横になると、あってはならない予感にふるえていた。


『ユイナ、おまえの羽根も、黒く染まり始めている』

『っ!?』


 やっぱり。どこかでそんな気がしていた。ここ数日でストレスは倍増。しかも精神が不安定なせいでもうひとりのあたしがあらわれたり。


 もう、かくせない。あたしの羽根も黒く染まるんだ。


『あきらめるな』

『でもっ!! こんなんじゃ、ミチルちゃんの恋をかなえられないし、パパをたすけられないよっ!! それなら天使である意味なんてないじゃんっ!!』

『だからぁ、落ち着けって言ってるだろ?』


 ふわり、と白い羽根がひとつ、あたしの顔に落ちた。アイビーの羽根だ。


『アイビー? そばにいるの?』

『ああ。だが、おまえにも姿は見せない。いいか? その羽根はおれの羽根だ。黒い部分の羽根をおれの羽根に付け替えれば、まだどうにかなる。それに』


 不安でいっぱいのあたしは、白い羽根をただだきしめている。


『もし、清野の恋をかなえることができれば、黒い羽根は元に戻るかもしれない。おまえにはまだ希望がある。そのことをわすれないでくれ』

『アイビー』


 やさしいんだね。なんかずるいよ。いつもやさしくしてくれればいいのに、こんな風に弱った時だけやさしいなんて。


『ふだんからやさしくしていたら、ほれるだろ?』


 たしかに。そうかもしれない。あたしはそれまでずっとかかえ込んでいた不安や、恐怖から解き放たれたように息を吐き出した。


 大丈夫。きっと、なんとかしてみせる。ミチルちゃんの恋をかなえて、パパを解放するんだ。そして、あたしは人間にもどる。アイビーのことは見えなくなっちゃうかもしれないけれど、しかたがないもん。あたしは、人間でいたいんだ。


 そのためなら、放課後の面談なんて、らくらくクリアしちゃえる気がする。


 うん、がんばる。


 つづく

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