分裂した自分との対面

第36話 便利な魔法

 気持ちを整えて、お腹いっぱいになったところで歯を磨いて、それからお風呂に入った。うっかりねむっちゃいそうになるのをこらえてお風呂を出ると、食器洗いのお手伝いをしているアイビーと目があった。


「ありがとう、アイビー。ママ、あたしが洗い物やるから、お風呂入ってきて」

「あら、いいの? アイビーは入らないのかしら?」

「おれは、浄化魔法があるから平気だ」


 アイビーは得意げに胸をそらせたけれど、そんな理由はママには通用しない。


「あら? 天使たるもの、身だしなみはきちんとしていなくちゃダメよ? あたしは後でいいから、アイビーが先に入りなさい」

「げえっ!? 人間界のお風呂って、入ったことがないんだよな。たしか、頭と体を泡だてて洗うんだっけか?」


 さすがの守護天使でも、あたしがトイレやお風呂に入っている時はいっしょじゃないことが、この言葉から立派に証明された。


「そうよ。でもね、アイビー」


 ママは思わせぶりに笑うと、アイビーをお風呂場まで連れて行った。


「頭と体を洗ったら、シャワーで流すのよ? こうやって、蛇口をひねるの」


 ファーっとシャワーが出ると、アイビーは、おおと感動の声をあげた。


「これが人間界最大の魔法、シャワーか。わかった。おもしれぇ。おれ、風呂に入る」

「着替えはこっちに置いておくから、きちんと洗って、湯船につかるのよ?」

「わかった」


 あたしたちは、アイビーを残して台所にもどった。


「たのしそうだったね、アイビー」


 あたしが言うと、ママもそうねーと答えた。


「それにしてもママったら、アイビーの着替え、いつの間に準備していたの?」

「ああ、それね。仕事の帰りに見つくろってきたの。ユイナの服もあるのよ」


 えー、なんかついでみたい。なんてちょっぴりすねていたら、ママにやさしく抱きしめられていた。


「もちろんアイビーは大事な守護天使よ。でも、ユイナはあたしにとってもマサハルさんにとっても大事なの。一日遅れちゃったけど、誕生日プレゼントとして受け取ってくれないかしら?」


 そうだった。ママは自分のことより、あたしを優先してくれるのだった。きっとこのワンピースだって、たくさん悩んで買ってくれたのにちがいない。あたしは素直にありがとうと言った。


「このワンピースなら、ユイナの初デートでも着れるんじゃないかと思って」

「は、初デート!? ってまだあたし、黒田くんに気持ち伝えてないよぉ」

「そうね、そのうちきっと、自然とそうなる時が来ると思うわ。だって、あたしの娘だもの」


 ママって、本当は魔法使いなんじゃないかって思うことがある。今、この瞬間がまさにそれで、ママにそう予言されちゃうと、黒田くんともっと仲良くなれそうな気持ちになるから不思議だ。


「ひょっとして、ママって魔法使いだったりする?」

「まさか。あたし、あんなおばあちゃんじゃないわ」


 論点をずらすあたりがさすがだなと感心してしまう。さすがはママ。


 ああ、でも黒田くんとデートか。いつかそんな日が来るといいんだけど。


 この時のあたしは、黒田くんとの妄想デートにいそがしくて、ねむればまた夢を見ることなんて、おかまいなしだった。


 つづく





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